「フィリップ・トゥルシエ日本代表監督が初陣の会見を即、打ち切った理由」【「敗軍の将、兵を語る」コロナ禍で記者会見を考える】(4)

「フィリップ・トゥルシエ日本代表監督が初陣の会見を即、打ち切った理由」【「敗軍の将、兵を語る」コロナ禍で記者会見を考える】(4)

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  • 更新日:2022/01/15
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エキセントリックな言動もあったトルシエ監督(中央)だが、最初の会見は思いやりの表れだった 写真:渡辺航滋

サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。重箱の隅をつつくような、「超マニアックコラム」。今回は、「試合後のひと仕事」。90分間を過ぎても続く場外での「延長戦」の意義を、サッカージャーナリスト・大住良之が考える。

■原則は「1人1問」

私は、時間に限りがある記者会見では、「1人1問」が原則であると思っている。1つ質問して、たとえば他に質問者がいない場合、あるいは予定時間が過ぎていないのに質問者が絶えてしまった場合などには、「もう1問お願いします」と申し出るべきだ。

ある大会の決勝戦で、最初に手を上げた質問者が4つも5つも、次々と質問をしたことがあった。まるで私たちは、彼の独占インタビューを聞いているような気持ちがした。ようやく質問を許されたとき、私は「こうした場では、1人1問というのが原則であると思うので、私は1問だけ聞きたいと思います」と話してから質問をした。前の質問者は悪びれた様子もなく大きな声で「すみませ~ん!」と言ったが、私は、何より司会者が彼をコントロールすべきだと感じていた。

「すみませ~ん!」と言いながらも、彼は彼の仕事(どんな仕事か知らないが)をやり遂げたのである。他の迷惑など省みず、与えられた仕事に忠実なのは、見上げた「記者根性」というべきものかもしれない。しかし司会者は、この記者会見全体をコントロールする責任がある。少なくとも彼が3つ目の質問をしようとしたときに止めるべきだった。実際、このときには、私のほかにも5、6人が挙手していたのだ。

■日本代表監督の思いやり

最近のJリーグではあまり奇妙な記者会見はないが、外国人監督の場合、ときおり奇妙な会見や話もある。

1998年10月28日に大阪の長居競技場で日本とエジプトの親善試合は行われた。この試合は、フィリップ・トルシエの就任第1戦であり、当然のことながら大きな注目が集まった。しかし前半の中山雅史の1点で勝利した試合後、トルシエは会見場には姿を見せたが、「人の死の前では、サッカーなど無に等しい」と話しただけで、広報担当が止めるひまもなく、席を立ってしまったのである。当然、質疑応答も何もなかった。

実はこの日の朝、日本代表に選ばれていた伊東輝悦選手のご母堂が亡くなっていた。「家族」とも言うべきチームの一員の母親の死を、「プライベートなこと」と、彼は割り切ることができなかったのだ。トルシエが彼の初戦について話をしたのは、2日後、東京のホテルで開かれた記者会見のときだった。彼は1時間以上にわたり、たっぷり話をして、私たちを腹いっぱいにさせた。

■欧州選手権での武勇伝

私の友人のジャーナリストT氏は、さまざまな記者会見での「武勇伝」で知られている。1990年代には当時ヴェルディ川﨑の監督をしていたエメルソン・レオンの痛いところを突き、「おまえは馬鹿だ」と逆ギレされてしまった。通訳がそのまま訳してくれたので、記者会見場はどっと沸いた。

2004年にポルトガルで行われた欧州選手権では、彼はポルトガル代表監督のフェリペ・スコラリにいいように使われた。ポルトガルがスペインを1-0で下し、ようやくベスト8進出を決めたポルトガル。スコラリ監督の記者会見は延々と続き、試合終了から1時間半、午後11時を回っても終わりそうもない。会見室の前方の列にいたT氏も疲れ切ったのか、首を垂れ、こっくり、こっくりと始めた。

「日本人が寝てしまったから、もう終わりにしよう」

T氏を指さしながら、スコラリ監督はそう大声で言って、席を立った。短期間ながらジュビロ磐田の監督を務めたことがあるスコラリ監督は、T氏の顔を見知っていたのだ。ポルトガルの記者たちもT氏を振り返り、笑った。周囲の騒ぎに驚いて目覚めたT氏は、何ごとかわからないまま周囲を見渡していた。

■待ち遠しい「人間同士のコミュニケーション」の復活

クラブによっては、Zoomでの会見時に全員のビデオをオンにさせ、出席者の顔が見えるようにするが、最近では多くのクラブでそのときの質問者以外はビデオをオフにし、名前だけが表示されるようにしている。このような場合には、ラーメンをすすりながらでも、居眠りをしながらでも、記者会見を聞くことができる。私は、Wi-Fiの通信速度などテクニカルな問題さえなければ、全員が顔を出す形がいいと思っている。音声だけミュートにしておけば、じゃまにはならない。

記者会見は、監督や選手など、サッカーの当事者と、取材記者たちが直接話をして試合についての理解を深めようという大事な場だ。そこには、言葉以外にも、表情や口調、手や体の動きなど、さまざまな情報が隠されている。人間同士のコミュニケーションとは、そうしたものを総合的にとらえることで成り立つものだ。そうしたものをいくつも欠くZoomでの記者会見を嫌って、一昨年来、Jリーグでは試合後の会見に出ていないベテランジャーナリストが何人もいる。

早くコロナ禍が終息し、監督たちと目と目を見合って試合後の会話をやり合える日がくることを、「敗軍の将」たちの気高い態度に触れ、人生には勝利以上に価値のあるものがあるという事実を再認識させられることを、私は心待ちにしている。

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大住良之

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