日本人サッカー選手歴代移籍金ランキング61~65位。才能は本物だったのに... 期待に応えられなかった天才とは?

日本人サッカー選手歴代移籍金ランキング61~65位。才能は本物だったのに... 期待に応えられなかった天才とは?

  • フットボールチャンネル
  • 更新日:2021/11/25
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【写真:Getty Images】

65位:わずか5ヵ月で…

100億円を超える移籍金(契約解除金)も珍しくなくなった今日のサッカー界で移籍金の高い歴代日本人は誰なのか。今回フットボールチャンネル編集部は、データサイト『transfermarkt』が算出した市場価値ランキングの最新版を紹介する。※移籍金は11月2日時点、価格が並んだ場合の順位はサイトに準拠

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FW:大久保嘉人(元日本代表)
生年月日:1982年6月9日(39歳)
クラブ:ヴォルフスブルグ→ヴィッセル神戸
移籍日:2009年6月16日
移籍金:150万ユーロ(約1.8億円)

高校卒業後、セレッソ大阪に加入した大久保嘉人は、3年目の2003シーズンに日本人最多の16得点を記録した。同年に日本代表デビューも果たすと、年末にはアジア年間最優秀ユース選手賞を受賞。翌年開催されたアテネオリンピックでは、グループリーグ敗退となったが、3試合2得点の活躍を見せ、2005年にマジョルカに移籍を果たした。

マジョルカでは主力となるも、なかなか結果を残すことが出来ず、2006年にセレッソ大阪に復帰した。しかし、低迷するチームは救うことは出来ず、チームはJ2に降格。翌年にヴィッセル神戸に移籍すると、2年後の2009年には当時、長谷部誠の所属するヴォルフスブルクに移籍。再び欧州リーグ挑戦を決断した。

在籍期間は約5ヵ月と短かったが、クラブ史上初のリーグ優勝に貢献した。しかし、当時のヴォルフスブルクにはエディン・ジェコやグラフィッチがいたことや、シーズン終了後に大久保を評価していたフェリックス・マガト監督が退任したことで移籍を決意。2009年6月に150万ユーロ(約1.8億円)でヴィッセル神戸に復帰した。

64位: 優勝請負人

MF:三都主アレサンドロ(元日本代表)
生年月日:1977年7月20日(44歳)
クラブ:浦和レッズ→名古屋グランパス
移籍日:2009年8月1日
移籍金:150万ユーロ(約1.8億円)

無名だった三都主アレサンドロは、プロキャリアをスタートした清水エスパルスで頭角を現す。1年目からスタメンの座を勝ち取り、翌年にJリーグ年間最優秀選手賞を獲得した三都主は、同クラブに数々のタイトルをもたらすと、2002年に日本代表に初招集。日韓W杯にも出場したこのMFは、2003年に浦和レッズに移籍した。

浦和レッズでもJリーグや天皇杯優勝を経験。ドイツW杯にも出場した三都主は、2007年にオーストリアのレッドブル・ザルツブルクに1年間のレンタル移籍している。シーズン途中の加入ながら主力に定着すると、06/07シーズンのリーグ優勝に貢献。翌年も主力として活躍したが、同クラブが契約延長オプションを行使しなかったため、2007年12月に浦和レッズに復帰した。

しかし、復帰後は怪我に悩まされ、出場機会が減少。2シーズンでリーグ戦出場は7試合に止まり、2009年に150万ユーロ(約1.8億円)で名古屋グランパスに移籍した。すると、ドラガン・ストイコビッチ監督の下で復活。左サイドバックやボランチなど様々なポジションをこなし、2010シーズンにはクラブ史上初のリーグ優勝に貢献した。

63位:主力になりつつあったが…

MF:小野裕二(日本/ガンバ大阪)
生年月日:1992年12月22日(28歳)
クラブ:横浜F・マリノス→スタンダール・リエージュ
移籍日:2013年1月20日
移籍金:150万ユーロ(約1.8億円)

横浜F・マリノスの下部組織在籍時から傑出した才能を発揮した小野裕二は、2010年のユース在籍時にトップチームに登録された。すると、同シーズン第13節のサンフレッチェ広島戦でJ1デビュー。次節ではスタメンに抜擢されると、決勝点をアシストして勝利に貢献。17歳にして主力に定着し、17試合3得点6アシストを記録した。

華麗なテクニックと鋭いドリブルを武器に、大柄な相手にも臆さず果敢に挑む小野は、翌年トップチームに昇格。プロ1年目からいきなり10番を託された。3シーズンに渡りチームを牽引し、Jリーグに旋風を巻き起こすと、2013年1月に150万ユーロ(約1.8億円)でベルギーのスタンダール・リエージュに移籍。プロデビュー後、わずか2年で欧州移籍を果たした。

スタンダール・リエージュに加入後、主力に定着しつつあった小野だが、2013年7月に左膝靭帯断裂。6ヵ月の長期離脱となり、13/14シーズンは公式戦に出場できずに終わった。2014年8月に行われたチャンピオンズリーグ(CL)予選プレーオフ2ndレグ、ゼニト戦で約1年ぶりの復帰を果たした小野は、同シーズンのリーグ戦16試合に出場。出場機会を得たが結果を残すことが出来ず、2015年にシント=トロイデンVVに移籍している。

62位:日本最高のストライカー

FW:岡崎慎司(元日本代表/FCカルタヘナ)
生年月日:1986年4月16日(35歳)
クラブ:シュトゥットガルト→マインツ
移籍日:2013年7月1日
移籍金:150万ユーロ(約1.8億円)

高校卒業後、清水エスパルスに加入した岡崎慎司は、プロ3年目の2007シーズンから主力に定着。翌シーズン、日本代表デビューを果たし、J1でもシーズン10得点を決めた岡崎は、2009年にはエースとしてクラブと代表を牽引するまでに成長した。日本を代表するストライカーに成長を遂げたこのFWは、2010年に行われたドイツW杯でベスト16進出に貢献している。

すると、2011年にドイツの古豪、シュトゥットガルトに加入。欧州5大リーグに移籍を果たした。加入後すぐにスタメンに定着した岡崎は、豊富な運動量と献身的な守備でチームに貢献。第33節のハノーファー戦でブンデスリーガ初ゴールを記録すると、最終節のバイエルン・ミュンヘン戦では先制ゴールを決め、チームを1部残留に導いた。

軽度の怪我による離脱はあったが、加入後すぐに必要不可欠な存在となった岡崎は、約3シーズンに渡りチームを牽引。欧州主要リーグで実力を証明すると、2013年に150万ユーロ(約1.8億円)でマインツに移籍した。ここでもすぐにスタメンの座を勝ち取ったこの男は、リーグ戦33試合で15得点を記録。翌年もシーズン13得点と、マインツで得点を量産した岡崎は、日本最高のストライカーへと変貌を遂げた。

61位: 将来を大きく期待されたが…

FW:柿谷曜一朗(元日本代表/名古屋グランパス)
生年月日:1990年1月3日(31歳)
クラブ:セレッソ大阪→FCバーゼル
移籍日:2014年7月7日
移籍金:150万ユーロ(約1.8億円)

幼少期からセレッソ大阪で非凡な才能を見せた柿谷曜一朗は、2006年に行われたAFC U-17アジア選手権に出場すると、優勝に貢献。自身は大会MVPに選出された。さらに、同年11月にはクラブ史上最年少でトップチームデビューを果たした。その才能は本物であり、将来を大きく期待されたが、同時期にトップチームに加入した香川真司の頭角や乾貴士の加入もあり、出場機会は徐々に減少。 2009年に徳島ヴォルティスへレンタル移籍となった。

ここでプロとしての経験を積み、着実に成長した柿谷は、2012年にセレッソ大阪に復帰。復帰後はチームの主力となり得点を量産すると、 EAFF東アジアカップ2013で日本代表に初招集された。本大会では2試合3得点を記録。得点王となるの活躍で優勝に貢献すると、2014年に行われたブラジルW杯メンバーにも選出された。

しかし、ブラジルW杯では期待されるも結果を残せず、日本代表もグループリーグ敗退となったが、大会後に150万ユーロ(約1.8億円)でスイスのバーゼルに移籍。国内カップ準々決勝ではハットトリックの活躍を見せたが、スタメンに定着することは出来ず、わずか1年半でセレッソ大阪に復帰している。

編集部

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