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かつて女性の辛さは「女三界に家無し」と表現されました。しかし現代、「本当に住む家が買えない、借りられない」という危機的状況に直面するケースも増えています。そして男女雇用機会均等法で社会に出た女性たちが、会社勤めをしていればそろそろ一斉に定年を迎える時期に…。雇均法世代である筆者は57歳、夫なし、子なし。フリーの記者・編集者。個人事業主ではあるが、見方によっては「無職」。ずっと賃貸派だった彼女が、60歳を目前に「家を買おう」と思い立ち、右往左往するリアルタイムを、心情とともに綴ります。
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前回「ずっと賃貸で良いと思っていた私が真剣に老後の住まいを考え始めた訳」はこちら
礼金も仲介手数料もかからないのが公団の強み
2月のとある平日、予約をして、私はUR賃貸住宅の現地事務所を訪ねました。首都圏の、ある私鉄沿線からバス便で行くURです。昭和40年代に旧公団が作った団地で、一部は分譲され、一部がURの賃貸物件になっています。現地事務所はURの賃貸物件の建物内にあり、民間の不動産仲介業者が、URから委託を受けて募集業務を代行していました。そこで、一番聞きたかったことから、ずばり、聞いてみました。
「57歳、女性、独身、(保証人になってくれる)子なし、“勤め先”のないフリーランサー(個人事業主)です。むかし公団は、単身者は借りられなかったと記憶していますが、こんな悪条件の私でも、いまURで部屋を借りられますか?」
かつての公団ことURは、正式名称「独立行政法人都市再生機構(UR都市機構)」。都市基盤整備公団と地域振興整備公団の地方都市開発整備部門が、2004年に統合してできた組織です。春の転居シーズンを前に、いま、さかんに千葉雄大と吉岡里帆のテレビCMを流していますから、CMソングの「URであ~る」が耳に残っている人も多いのでは。あのCMは、よくよく聞くと、「礼金なし、なし、仲介手数料もなし、なし、だから初期費用が浮く」と歌っています。
その通り、礼金も仲介手数料もかからないのが公団の強みです。保証人も不要ですから、当然、保証人代わりの保証会社に払う保証料もかかりません。そのうえ、民間では2年ごとに求められる更新料もありません。賃貸派にとっては、敷金と家賃だけで済むので、大助かりです(民間の不動産は入居時に、前家賃のほかに、礼金、仲介手数料、保証料が余分にかかります)。
しかも、いま(2023年3月末まで)、URはちょうど、「お部屋探しキャンペーン中であーる。」と称して、最大2カ月の家賃無料(フリーレント)などの特典を一部物件で提供中です。ちなみにフリーレントとは、入居から最初の月末または特定の時期までの家賃をただにするサービスです。
お得感を出すことで、入居者を早めに決められて大家は安心ですし、入居者にとっては引っ越し代も含め入居時にかかる初期費用が抑えられます。民間では、空室が長くなった時などに、家賃を値引きする代わりに用いる消費喚起策です。
民間と遜色ない新しさ
そのURですが、私は今まで、30年以上も賃貸暮らしをしてきたにも関わらず、住んだことがありませんでした。本気でURの物件を探したこともありません。一つには、URのホームページで募集住戸を探すと、希望エリアで、希望の広さや家賃の物件を見つけられなかったからです。
春や秋など企業の転勤時期だけでなく、平時でもなかなか募集は出ていません。でも、実は、募集してないわけじゃなかったのです。今回、本気で住み替えを考えて、現地募集事務所に行ってみて初めて分かったこと、良い意味で裏切られたことが多々あります。今まで「食わず嫌い」「偏見」だったと反省しました。
部屋の内見で、玄関のドアを開けて、まず驚いたのが室内の匂いでした。URはお得な代わりに、狭い、古い、汚い、と思っていました。ところが、
「くさくない!」「リフォームの匂いだ!」
古びた家の、誰かが住んでいた、あの「生活臭」がしなかったのです。中古物件にありがちな、壁や床に染みついた、誰かの汗や食べ物などの生活の臭い。あの嫌な臭いの代わりに、いずれも、新しい建具の匂いがしました。
畳表を替え、クロスを張り替え、必要に応じて家具や設備を入れ替え、きちんとクリーニング(室内清掃)をした証拠です。壁のクロスは今っぽい模様つきカラークロスで、床のフローリングも最近流行りの明るめの色のものに張り替えられていました。たまたま内見できた3部屋だけが、偶然、特別にキレイだったとは思えない清潔さと新しさでした。
見たのは1LDKと2LDKでしたが、いずれも単身者でも借りられるそうです。1LDKのLDK部分約10畳は、かつてダイニングキッチン4畳+リビング和室6畳だったのをリフォームで合体させたようです。この間取りも、「狭い公団」という先入観を覆しました。(いっぽうで窓からの眺望は素晴らしかったです。さすが公団!)
住宅設備も、民間と遜色ない新しさでした。30年前には「公団の賃貸には浴槽を持って入居する」と言われましたが、時代は変わりました。風呂は追い炊き機能つきで、バス・トイレ別、洗面所も独立。洗面所と風呂のカランは、温水と冷水が一つの蛇口から出てくる混合栓です。室内に洗濯機置き場もありましたし、エアコンも1基は付いていました。
総じて新しくて清潔
オートロックはありませんが、その代わり、玄関インターホンはテレビモニター付きでした。URならではと感じたのは、下駄箱とガスレンジ、照明は自分で用意しなくちゃいけないことくらい。CATVやBS、インターネットも配線済みです。宅配ボックスはないものの、下手な古い民間賃貸よりよほど設備は充実しています。本当にびっくりでした。
大家業をしている私から見ても、なんてきちんとした大家だろうと思いました。さすがUR。実は、クリーニングと補修はけっこう大変なのです。キレイに住んでくれる賃借人ばかりじゃありません。掃除が適当だったり結露させたりすると、クロスはすぐに汚れます。退去の都度、壁のクロスを全面張り替えると、お金がかかってしょうがありません。補修もクリーニングも、つい、最低限にしがちです。ところが、URは、民間の大家よりよほど丁寧に補修・クリーニングしていました。
案内してくれた不動産業者は、「部屋によって当たり外れがある」と言ってましたが、全然「外れ」がありません。「ここは古いままですね」と言われたフローリングだって、最新じゃないだけで、日焼けもなく、ほとんど新品同様でした。確かに、部屋ごとにリフォーム部分が違い、キッチンを入れ替えたばかりの部屋も、風呂が真新しいところも、ありました。でも、総じて新しくて清潔でした。

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もう一つの誤解が、URだと、階段やゴミ出し場の掃除、草むしりなどの「当番」が義務づけられている、との思い込みです。かつて公団が分譲した古い団地で、今もそうした「当番」や「自治体活動」が残っているところはあります。でも、ことUR賃貸に関しては、「クリーニングは、清掃業者が入ってるんですよ」とのこと。確かに、いました。
内見のために棟から棟へ歩く際、制服の清掃業者が、階段の掃き掃除をしていたのを見ました。住民が当番制で階段掃除をやる必要はないのです! 広い敷地内の植栽は、高木も低木も生け垣も、みなきれいに剪定されていました。これも業者に依頼しているそうです。こうした環境整備も、大家であるURが管理してくれます。感動! へたな民間の分譲賃貸より、よっぽどグレードは上です。
3つの要件
更なる思い込みは、URにはちょうどいい物件がない、というものでした。URのホームページを見ても、空室情報はなかなかありません。掲載がないので募集はないと思って、探すことすら諦めていました。今回、たまたま民間の不動産サイトに「UR」と書かれていた物件が掲載されていて、業者に連絡し、内見までたどり着きました。結果、私のような単身者にちょうどいい広さ・間取りの物件もURにもあることを知りました。空室は出ても散発で、しかもすぐに申し込みが入ってしまい、内見ができないだけ、だったのです。
さて。冒頭に挙げた私の疑問に戻りましょう。「女性・単身・不安定収入・アラ還」でもURの部屋は貸してもらえるのか?の答えがどうだったかといえば、……対応してくれた60代とおぼしき、おばちゃん(失礼!)担当者は、即答しました。「借りられますよ」。単身者でも? ええ。個人事業主でも? はい。それが何か問題でも?という反応で、逆にこちらが驚いたほどでした。「え、借りられるんですか?」はい。「収入証明とか要るんですか?」
これも問題です。例えば、マンションを買おうと思ったら、まず銀行に確定申告を過去3年分出せと言われます。ですが、(個人事業主にはありがちですが)節税のために見せかけの収入を低くしていることがあります。それだと、「低収入」とみなされて、ローン審査が下りなくなってしまうのです。同じように、URでも確定申告を見られると、要件を満たさない恐れがありました。
ですが、この質問にもおばちゃん担当者は動じませんでした。「3つの“収入審査要件”のいずれかに相当すれば、借りられます」と言います。URの場合、保証人も必要ありませんし、単身だろうが家族持ちだろうが、年齢に関係なく、勤め先や勤務形態にもかかわらず、借りられます、と胸を張ります。ではその三つの要件とは――。
1、月給または固定収入が、入居する部屋の家賃の4倍以上ある。この場合は税務署で「納税証明書」をもらって、提出する(一番新しいもの1年分)。
2、貯蓄額が、入居する部屋の家賃の100倍以上ある。この場合、株や投資信託など金融商品に投資しているのでは「貯蓄」とみなされないのでダメで、あくまで預貯金の金額。定期預金や積立貯金など現金が必要で、その残高証明や通帳のコピーを提出して証明する。
3、家賃・共益費の12カ月分を、契約時にまとめて支払う。
良くも悪くも現金主義
この1~3のどれか一つに該当すれば大丈夫です、とのことでした。
たとえば月額6万、共益費2000円の部屋を借りるなら、
1、毎月24万以上の固定収入(給料や年金など)があるか、年間288万円以上の収入がある
2、銀行や郵便局などに預貯金が600万円ある
3、現金でいますぐ、家賃×12ヵ月分+敷金2ヵ月分+共益費×12ヵ月分=86万4000円を用意できる
のどれかで良いというのです。
さらに、1と2の合わせ技、1の平均月収が半分12万円だった場合は、2の預貯金額も半分の300万円あれば、OKとのことでした。3の場合、現地で仮申し込みをしてから1週間以内に、現金を持ってURの営業センターに行って契約をすれば、即OKだそうです(ちなみに、民間の家賃は「前払い」で、前月末に翌月家賃を振り込みますが、URの場合は当月末に当月家賃を払う「後払い」だそうです)。
上記の1~3でいくと、フリーランスで、毎月の収入が不安定かつ税引き後年収もさほど高くない私には1は無理です。余剰資金はほとんど株や投資信託、不動産などに投資して、現預金はわずかしか持っていないので2も該当しません。入居前審査用の「見せ金」のためだけに、わざわざ金融資産を売却して現金化して、利益確定させて税金を払う、なんてもったいないですから。でも、3の1年分の一括前払いならできそうです。
民間の賃貸物件を借りる時でも、初期費用として、礼金や保証料まで入れて家賃の約半年分が必要になります。その倍ほどを用意すればいい計算です。営業日に関係なく猶予は1週間なので、ややバタバタではありますが、事前に準備をしておけば何とかなりそうです(振込にすると、証明だなんだと面倒なので、契約に行くUR営業センターの近くで銀行から下ろして現金を窓口に持参したらいいと教えてくれました)。

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良くも悪くも現金主義です。一括前納の場合は、割引もあるとのこと。面倒な審査もなく、お金と住民票だけ持って行けば契約ができるとは、保証人のいない中高年にとっては頼もしい限りです。1年後からは普通に、毎月、家賃を払っていけばいいのです。そのまま何歳になっても、URなら住み続けられます。更新料も必要ありません。大家に追い出される心配もいりません。
最後の砦にはURがある
「でも、今は良いとしても、今後、年金暮らしになって、今よりさらに収入が少なくなって、家賃が払えなくなったら……」。なおも心配する私に、おばちゃん担当者は、得意そうに話しました。60歳以上の人向けには「高齢者向け優良賃貸住宅(高優賃)」という家賃の安い部屋が用意されています、と。
1階住戸で、階段が厳しくなった高齢者でも住みやすいように、室内の段差を無くすなど改装もしてあるそうです(孤独死予防のためか、緊急時アラームの契約は必須だそう)。団地内住み替えならば敷金は充当されるので、余計な一時金を用意せずに転居可能とのこと。「数が決まっていて、なかなか空きは出ないけれど、団地内で高優賃が出るのを待って住み替えるご年配の方もいます」とも言ってました。
なんだか安心しました。これなら私でも、要件的には借りられそうです。物件がありさえすれば、ですが。URの最大の問題は、なかなか空室が出ないことかもしれません。私が内見に行ったのは平日で、たまたま3部屋を内見させてもらえましたが、それらは3日後には全て仮申し込みが入り、内見も出来なくなっていました。運とタイミングです。いつ空室が出るか分かりません。しょっちゅうチェックし、内見可能になったらすぐ見て(もしくは見ずに)申し込みを入れないと、先着順で埋まってしまいます。仕事を持っている人が、忙しい合間に部屋を探すのには向かなさそうです。
逆に、完全に仕事を引退した後、年金暮らしになって、お金は使いたくないけれど時間に余裕ができたなら、URは、終の棲家を確保するために、真っ先に考えた方がいい住み替え先かもしれません。首都圏でも、郊外の古いURには安い部屋もありますから、空きが出るのを待って転入するのです。
国民年金だけでは難しいでしょうが、年金の二階建て部分、厚生年金の給付がある女性ならば、なんとか死ぬまで、家賃を払い続けられそうです。老後の住まいの最後の砦にはURがある、と思えれば、随分と気が楽です。そして、できれば、我々世代が70代を迎える頃までに、国ももう少し中低所得高齢者の公的住宅整備に力を入れて、URの「高優賃」の戸数をもっと増やしてほしいものです。
※次回は「民間賃貸で大丈夫?(上)~金額には訳がある、内見せずに決めてはいけない」をお届けします。
元沢賀南子