中澤卓也 のど自慢出場で開けた歌の道/プロに聞く

中澤卓也 のど自慢出場で開けた歌の道/プロに聞く

  • 日刊スポーツ
  • 更新日:2020/11/21
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今年9月と10月に有観客とネット配信のライブを行った中澤卓也

デビュー4年目の演歌・歌謡曲の中澤卓也(25)はプロの歌手になる前は、プロのカーレーサーを目指していた。15歳の時に、夢をあきらめざるをえない状況となり挫折を味わったが、祖母の心遣いをきっかけに、歌の道が開けた。今年、松尾芸能賞新人賞を受賞するなど注目を集める「歌人」の分岐点を紹介する。【久我悟】

高校1年の秋、中澤は故郷の新潟県長岡市のスーパーマーケットの鮮魚売り場で、アルバイトをしていた。全国でも珍しい開志学園高のモータースポーツ科に通っていたが、数カ月前にプロレーサーになることを諦めた。16歳の目前にして挫折を味わっていた。

小3の時から「スポーツランド長岡」でカートに乗っていた。中学進学後ものめりこみ、週末はコースを走った。中3の時、同校にモータースポーツ科が新設されることを知り、すでに決まっていた進路先を変更してまで入学した。

1期生としてレーサーの夢へ一直線のはずだったが、同科が目指すところは本格的だった。マシンの運営費やチームの参戦費は学校が負担してくれたが、遠征費や宿泊費はプロと同じように、個人スポンサーを自分でみつけるのが授業の一環だった。企画書を作り、地元の企業を回ったが、反応は乏しく、自然にレースの道は閉ざされた。同校では専門科目以外の共通科目は週2日通えばよかった。残りの5日間はバイトした。

中澤 平日の朝から勤務できるので、お店は重宝したと思います。一緒に仕事をしているパートさんが気を使って、話しかけてくれるけど、なかなか話は合いません。息子さんの愚痴を聞いたりして…。すごく落ちてましたね。

そんな生活は約1年続き、見かねた担任教師から「ボーカル科に行ってみたら」と勧められた。

中澤 僕としても、プロの歌手になりたかったわけじゃなく、自分の居場所を作りたかったから、ボーカル科への編入を決めました。そんなタイミングで、おばあちゃんが『何かのきっかけになればいいから、出てみたら』と新聞を見せてくれた。『NHKのど自慢長岡大会』の出場者募集でした。家族みんなが、僕のことを心配してましたから、とりあえず、1通のはがきで応募しました。

予選会を通過して、高2の3月末に地元長岡から生放送された番組に出演した。歌ったのは森山直太朗の「さくら」。人見知りだった小学生の時、学校行事で初めて歌い、教師や友達を驚かせた歌だった。以来、性格まで一変させた運命の歌声は、今週のチャンピオンを獲得させた。

中澤 放送後、たくさんの友達から連絡をもらいました。レーサーの夢を諦めて、自分の居場所を作るためにボーカル科に編入した直後でした。どん底も経験したから、みんなの祝福に「ああ、オレのこと覚えてくれていたんだ。1人じゃないんだ」って、すごく気が晴れました。

一気に前向きになり、レーサーは諦めても、車関係の就職先を探すことを考えた。そこへ、実家にレコード会社の日本クラウンから「のど自慢見ました」と電話がかかってきた。

中澤 本当に怪しい電話だと思ったんです。NHKの方から、チャンピオンには、「デビューしないか」などと、電話がかかってくることがあるそうなんです。多くが偽の芸能関係者で「気をつけてくださいね」って言われていたんです。

不安はあったが、両親を交え、長岡駅の喫茶店でスタッフと会うことになった。そこで「演歌、歌謡曲を歌いませんか」と告げられた。それまでカラオケで歌っていたのはコブクロや平井堅らのバラードやポップスばかり。なじみのないジャンルに、戸惑った。

中澤 両親ともいろんな話をしました。歌のジャンルの前に、レースをやめてどん底になっている1年後に、歌手になりたくてもなれない人が多い中、レコード会社の人が、たまたま「のど自慢」を見ていて、歌手になりませんかって話がくるのは、すごい話だし。いろいろ不安だと思うけど、これも意味のあるご縁だから、やるだけやってみたらいいんじゃないのって言葉で決めました。

そこから4年、作曲家の田尾将実氏に弟子入りして、レッスンを繰り返した。当初は新潟から東京に通ったが、19歳の3月に上京して、100円均一ショップでアルバイトしながら修業を続けた。21歳の1月に「青いダイヤモンド」でデビュー。年末に日本レコード大賞新人賞を受賞した。以来、オリジナル曲は演歌、歌謡曲だが、ステージでは昭和、平成のヒット曲や、ポップス、ニューミュージックも歌う。ジャンルを超えた活動は「名曲を歌い継ぐ若手」と評価され、今年は松尾芸能賞新人賞を受賞。4月には五木ひろし、布施明が務めてきたBS朝日「人生、歌がある」(土曜午後7時)の司会者に大抜てきされた。5年目を迎える来年は、さらに飛躍が期待される。それでも、レーサーを夢見た日を忘れたことはない。

中澤 レースの世界は1つのマシンを造るのに、監督がいて、チーフメカがいて、部下のメカニックがいて、いろんなスタッフがいる。そこにドライバーが乗り込んで、スタートしたら、たった1人のバトルです。歌の世界もいろんなスタッフさんがステージを作り上げる。僕はステージに出て、1人でお客さんの心に物を置いていく。その作業が、すごくレースに似ている。レースの経験があったから、今につながっている。歌って優勝、トップになるには、まずはレコード大賞や紅白をつかむのが、自分に課せられたテーマだと思っています。

◆中澤卓也(なかざわ・たくや)1995年(平7)10月3日、長岡市生まれ。17年1月18日「青いダイヤモンド」でデビュー。「長岡のマダムキラー」「ミラクルボイス」などの異名で、幅広い女性層の人気を集める。今年は「北のたずね人」でオリコン週間チャートの演歌、歌謡曲部門で1位を獲得。来年1月6日「約束」を発売する。YouTubeで名曲カバーなどを配信する他、カートに再挑戦する動画シリーズも配信している。身長178センチ。血液型A。

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