人の心にすーっと入ってくる不思議なファンタジー 芸人・漫画家・矢部太郎

人の心にすーっと入ってくる不思議なファンタジー 芸人・漫画家・矢部太郎

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  • 更新日:2022/11/25
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映画「探偵マリコの生涯で一番悲惨な日」(2023年公開予定)の撮影現場で(撮影/篠塚ようこ)

芸人・漫画家、矢部太郎。佐藤さんや鈴木さんには理解していただけないかもしれないが、同じ苗字の筆者は矢部という名字の人と会うと、こそばゆい。あまり多い名字じゃない者同士だからだと思う。クラスに矢部さんがいたこともないし。という話を、初対面の矢部太郎にしたところ、「僕は、あります」と小さい声で返ってきた。そんな感じの全編だ。(文・矢部万紀子)

【写真】「探偵マリコの生涯で一番悲惨な日」には矢部太郎役で出演*  *  *

10月21日に発売された矢部太郎(やべたろう)(45)の最新刊『楽屋のトナくん』は、動物たちが主人公。サルのアーコ、スカンクのポール、ラッコのらっ子師匠……。動物園に所属する彼らの、楽屋の日々が描かれる。

『大家さんと僕』『ぼくのお父さん』を描いてきた矢部にとって、初めての「僕」も「ぼく」も登場しない漫画。とはいえ主人公トナくんはトナたろうだからトナカイの太郎で、優しくまじめで内省的な性格とくれば、どうしても矢部と重なる。

「そう読んでいただいてもありがたいのですが、もうちょっと何か、僕の中で何年もかけて沈殿して、抽象化されたというか、普遍化されたというか、そういうものを描いています」

誰もが持つ悩みのようなものを入り口に描いている、と矢部。だからだろう、女優・江口のりこは帯に、こんな感想を寄せている。

<中年の私に響く、笑えて、寂しい、変な漫画>

らっ子師匠と、その弟子らこ助&小らこのお話を紹介する。兄弟子・らこ助は完璧に師匠をサポートするが、笑いをとるのは弟弟子・小らこ。結局、らこ助は引退を選ぶ。引き留めるトナたろうに、らこ助は「才能」について語り、去る。トナたろうの心の声。<らこ助さんは もう戻ってこない たしかなものなんてなくて いつまでも変わらないものもない でも… だから… 前をむいていくしかないんだと思います きっとどこにもないから いつもの楽屋なんて>

生々流転(しょうじょうるてん)。週刊誌「モーニング」の連載時、ここを読んでこの言葉が浮かんだ。すると8月末、『楽屋のトナくん』発売を告知する矢部のツイッターが。

<誰にでもきっとある大切な場所で続いていく日々のお話です。はじめて終わらないマンガを描いています。第一巻ですが、最終巻でもいい! そんな気持ちです。日々とはそういうものだと思うからです>

■入江君に誘われて入った お笑いの世界に迷い込む

矢部に会い、我が意を得たりと「生々流転」を語った。返ってきたのは、「1巻だけど最終巻くらい(の作品)だと言いたくて、それだけだと宣伝っぽいので、いろいろ文章を足したんです」。

肯定され過ぎと感じると、冷めた反応をする。それが矢部だという話は後述する。こう続けた。

「年齢もあって、いろいろな別れもありました。変化は続いていくし、そう思えば結局は今しかない。生々流転、しっくりくるかもしれないです」

トナたろうは、よく屋上に行く。楽屋に自分の居場所がないと感じると、行く。

<今日の失敗もちっぽけに思えてくるなあ… 大きな空が僕の楽屋だ>

油断すると、泣かされる。罪深きトナくん。モーニング編集部の担当である加藤大(44)は、「ほんわかしたタッチで、エンターテインメントの厳しさを描いている。そのギャップが心をつかむのだと思う」と言った。そしてこんな分析も。

「お笑いの世界にちょっと迷い込んでしまった人が観察している。そんな感じのする作品だと勝手に思っています」

「迷い込んだ」が腑(ふ)に落ちるのは、しのぎを削るお笑いの世界で矢部がすごく珍しいタイプだから。例えば矢部は毎週水曜日、UTY(テレビ山梨)の「スゴろく」に出演している。2016年、「ウッティタウン6丁目」でレギュラーになって以来の出演だ。なのに、こんなふうに言う。

「東京から通わせてもらっていいのだろうかというような気持ちは、あります。疑いなく全ての場面で自分が中心になってフィットする人もいると思うけど、僕はそうじゃないなって。そんなことずっと感じているかもしれない」

高校の同級生・入江君に誘われて、この世界に入った──。矢部はいつもこう説明する。都立保谷高校の文化祭で「コントをしよう」と誘われた、と。なぜ、矢部をお笑いの世界に誘ったのか、入江慎也(45、ハウスクリーニング会社「ピカピカ」社長)に聞いた。

入江の語りは明るかった。ひばりが丘パルコが高1の時にできて、そこに集まっていたら矢部も来て、保谷高校の“ギャル四天王”の一人と矢部はつきあっていて、矢部は時事ネタで笑いを取っていたけど、自分の方が面白いと思っていて……。青春グラフィティーに苦さが加わったのは、「天才たけしの元気が出るテレビ」のオーディションから。合格し収録に行ったら、ビートたけしがいじったのは矢部。「僕が応募したのに何で、って」

■「滑稽は悲しみと表裏」 生きるリアルさがある

卒業し、大学と専門学校と進路は分かれたが、お笑いは続けた。「いいとも言われなかったけど、嫌とも言われなかったから」と入江。渋谷公園通りの劇場にネタを見せに行ったことがきっかけで、在学中に吉本興業へ。「入ってから、矢部って面白いんだと気づきました。テレビに出てからは、もう嫉妬ですよね」

テレビとは、「進ぬ!電波少年」。01年、「○○人を笑わしに行こう」という、矢部が外国語を覚える企画が始まった。マンションの一室に“軟禁”されてのスワヒリ語学習から始まり、モンゴル語、韓国語、コイサンマン語と11カ月で4カ国語を身につけた。有吉弘行ら人気者をたくさん生んだ番組だが、ブームは過ぎていた。矢部の企画も視聴率はさほど上がらなかったが、出演後、カラテカの仕事は増えた。それまでただ楽しいだけだったお笑いが、この番組で変わったと、矢部。

「お笑いは仕事で、一生続くんだと思うようになりました。責任感も芽生えたんでしょうね」

一方、そんな生活を続けたことの影響も出た。

「入江君にもマネージャーにも性格が変わったと言われました。もともとあったかもしれないですけど、内省的になったということかと思います」

マネージャーとは、現・興行会社スラッシュパイル社長の片山勝三(48)。吉本興業入社2年目の1998年に、カラテカのマネージメントを買って出た。面白いことを考え出す矢部の力は卓越していたから「電波少年」で上昇気流に乗れると思っていた。だが1年近いブランクで「矢部の(笑いの)触覚が鈍ってしまった」と片山。そこからカラテカには遠回りさせたと後悔を口にする。

間もなく片山は、矢部に気象予報士の受験をすすめる。07年、3回目で合格すると、すぐにお天気キャスター・矢部をテレビ局に売り込んだが、うまくいかなかった。「お天気は、女子に教えてもらいたいんでしょうね」と片山。

一方で矢部に俳優の仕事が増えていく。04年・三谷幸喜作の大河ドラマ「新選組!」、06年・映画「晴れたらポップなボクの生活」、08年・つかこうへい作・演出「幕末純情伝」で土方歳三役に抜擢(ばってき)される。

つかは「さんまのスーパーからくりTV」に出ている矢部を見てオファーした。カラテカで5年以上、「前説」の仕事をした後につかんだ出演だった。公演の記者会見でつかは「矢部さんは、悲しいのがいい」と言った。それがつかとの初対面。

「滑稽は悲しみと表裏というか、僕の中にあるそういう部分を見つけてくださった。滑稽であればあるほど、フリになってペーソス(悲哀)につながる。出演して、その構造を体感しました。芸人としての僕の表現があったから広がるんだ。そういう気持ちになりました」

『大家さんと僕』もこういう体験があったから描けた、なかったら面白さを追求したギャグ漫画にしたかもしれないし、そもそも大家さんの良さが見えなかったかもしれない。そうも語った。

役者としても活躍する吉本興業の板尾創路(59)は、映画も撮る。監督作品「月光ノ仮面」(12年)、「火花」(17年)に矢部を起用、個人的にも親しい。「板尾さんと親しいのが、矢部の笑いのセンスの証し」と言ったのは片山だが、板尾は「矢部に面白さは当然あります。でも僕は笑いより被写体、役者としての期待の方が強い」と言う。そして、矢部の魅力を「ファンタジー」と表現した。

「男なのか女なのか、一瞬わからなくなるんですよ。おじいちゃんでもおばあちゃんでもあり、おっさんでもおばはんでもあり。そうかと思うと子どもみたいで。現実は40を越したおっさんで、その上、すーっと人の心に入ってくる。そういう不思議なファンタジー」

カメラ越しの矢部は違和感を放ち、それが生きるリアルさと感じられ、目が追ってしまうと板尾。その存在感はどこから来たのかと問うと、「頭の良さ、そして体形ではないか」と返ってきた。

「体力も腕力もないからいじられて、強いやつに押さえつけられて、そんな青春やったと思うんです。その積み重ねが彼の中に溜(た)まって、ちょっと歪(ゆが)みかけて、バネになっていると思います」

“いじられ芸人”として納得のいかない扱われ方も多かったはずで、言い返すかわりに人を観察してきただろう、と板尾。「だからあいつ、世間に対して、厳しいときは厳しいですよ」

重なったのが、片山が口にした「黒矢部」という表現。ダークな、野心的な側面もあって矢部なのだ、と。そして板尾と片山に共通していたのが、漫画家としての成功は必然だったということ。

■みんなが出るから出る 徒競走もM-1も違和感

「負けず嫌いの矢部がふつふつと、いつか、いてこましたる、と思っていたと思う」と片山。板尾は「芸人としては『いじられ笑われる』という関係性が固まっていて、俳優の仕事もオファーを待つしかなく、どちらも自分ではコントロールできない。そこに漫画という自分で勝負できるものが見つかった。方向を定め、あとは結果を出したということでしょう」

お笑い界で勝負といえば、M-1グランプリだ。入江によれば「(予選に)出たい入江」対「出たくない矢部」で、よくもめたという。「俺ら、芸人だろ」の入江に、矢部は「違うところで戦ってもいいんじゃない」。入江は一人芸のR-1に出ることにした。「芸人のふりをするのが、矢部は好きじゃないんで」

矢部に聞くと「出ましたよ、何回か。もともと芸歴が長いんで、そんなに出られないっていうか」

肯定され過ぎと感じるとクールになる、と最初の方にも書いた。質問の意図の単純さを警戒するのだろう。複雑ゆえに、矢部は用心深い。クールに反応してから、少しずつ答える。

「みんなが出るから出るというのは、すごく違和感があります。得意だったら出たかもしれないですが、得意じゃないですし」

ネタ作りは好きだと言っていたが、と食い下がると、「小学校の時に、徒競走っていうんですかね」と話を始めた。「途中で走るの、やめたんです」と。

何年生だったかは記憶がないが、親にも先生にも怒られた。「並ばされて走ってるけど、何をしてるんだろって思っちゃって。そういうことを感じる局面、今でもいっぱいありますね」

背が低い自分に徒競走は勝てない。M-1も見たら感動するが、自分向きでない。何より、同じルールで競い合う、そういうもの全般に馴染(なじ)めない。そんな話をポツリポツリと続けた。そして、

「自分のことは、ちょっと批評的に見たいなと思っているかもしれないですね」

こういう矢部を、板尾が適切に表現した。

「矢部太郎はある意味、矢部太郎のプロですよ」

(文中敬称略)

※記事の続きはAERA 2022年11月28日号でご覧いただけます。

矢部万紀子

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