「アルバニア教」の神髄語った大統領

「アルバニア教」の神髄語った大統領

  • アゴラ
  • 更新日:2021/05/04

アルバニアで先月25日、議会(下院、定数140議席)選挙が実施され、ラマ首相が率いる与党社会党が過半数を超える74議席を獲得して、ラマ政権の続投が決まったばかりだ。3期目のラマ政権の最大の課題はやはり欧州連合(EU)加盟だろう。同国は2009年4月、北大西洋条約機構(NATO)に正式に加盟している。

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筆者のインタビューに応じるアルバニアのモイシウ大統領(2003年5月、ウィーンで)

当方がバルカンの小国アルバニアに関心を持ち出した契機はコソボ自治州の独立運動だったが、それ以上に、同国が1967年、世界最初の「無神論国家宣言」を発表したことだった。冷戦時代、旧ソ連・東欧共産党政権はいずれも無神論的唯物思想に基づいた国体を誇っていたが、「無神論国家宣言」をしたのはアルバニアだけだったからだ。

アルバニアが1990年に入り、民主化に乗り出し、宗教の自由を公認した直後、当方はティラナに飛び、同国の宗教事情などを取材した。最初の取材先は、エンヴェル・ホッジャ労働党政権(共産党政権)時代、25年間収容所に監禁されたローマ・カトリック教会のゼフ・プルミー神父との会見だ。

同神父のティラナの自宅で会見した。小柄な神父は抑えた声でアルバニアの民主化について語ってくれた。神父は、「わが国の民主化は宗教の自由を求めることから始まった。シュコダルで初めて正式に礼拝が行われた時、警察当局はもはや武力で礼拝を中止できなくなっていた。ティラナで学生たちの民主化運動が本格的に開始する前に、神について自由に語る権利を要求する運動が始まっていたのだ。当時の共産政権指導者は恐れを感じていた」と説明してくれた。

当方はその後、アルバニア初代民主選出のサリ・べリシャ大統領(1995年5月)やイリル・メタ首相(2000年9月)、パスカル・ミロ外相(2001年3月))らアルバニアの要人たちとインタビューし、アルバニアの民主化、特に宗教の動向について追ってきた。

バルカン半島は「民族の火薬庫」と呼ばれ、民族紛争の絶えない地域として恐れられてきた。その半島の南に位置するアルバニアでは、イスラム教を中心にアルバニア正教、キリスト旧教、新教、伝統的民族宗教などが存在する。注目すべき点はこれらの宗派が対立するのではなく、共存していることだ。ボスニア・へルツェゴビナ紛争を思い出すまでもなく、バルカン半島では宗派間の対立が原因で民族衝突を繰り返してきた歴史がある。その意味で、アルバニアの宗教事情は特殊なケースだ。

ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇は2014年9月21日、イタリア国内以外では初の欧州訪問地としてアルバニアの首都ティラナを選び、訪問したが、これは決して偶然ではない。フランシスコ教皇は、「アルバニアは多数の宗派が対立せず、共存している」と評価し、アルバニアは超教派和合のモデルと高く評価したほどだ(「アルバニアは21世紀の『モデル国』」2014年11月12日参考)。

アルバニア人は、「われわれは宗派の違いは問題としない。われわれは同じアルバニア民族だからだ」という。“アルバニア教”と呼ばれている内容だ。バルカンでは大セルビア主義が一時期、席巻したように、アルバニアの歴史では大アルバニア主義が標榜された時代があった。そして大アルバニア主義を支えてきたのがアルバニア教という民族のアイデンティティだったわけだ。

アルバニア教にについて当方に分かりやすく説明してくれたのは当時第4代大統領だったアルフレド・モイシウ大統領だった。当方は2003年5月、ウィーン公式訪問中のアルフレド・モイシウ大統領(在任2002年7月~2007年7月)と単独会見したが、その時、大統領は、「オスマン・トルコ支配時代から、わが国では宗教は共存してきた。通称アルバニア教と言われるものだ。例えば、私の妹はイスラム教徒であり、私は正教徒だ。そして私の二女はイスラム教徒だ。私の孫がどの宗派に属するのか知らない。これがアルバニアの宗教事情だ」と笑顔を見せながら説明した。宗教間の対立など考えられない、といったふうに語るバルカンの大統領の笑顔に驚かされた。

イスラム教はシーア派とスン二派が対立し、キリスト教はカトリック教会、プロテスタント教会、そして正教会などに分かれ、互いに真理の独占を主張することで対立を繰り返してきた。しかし、アルバニアでは宗派間の対立はなく、共存しているということは奇跡に近いことだ。1967年「無神論国家」宣言、1990年の民主化後の「宗教の自由」公認、そして「宗教の共存」へとつながるアルバニアの宗教事情はユニークだ。

アルバニアはEU加盟を実現するためには政治家の腐敗対策、司法改革などをクリアしなければならないが、宗派間の共存は大きな武器だ。バルカンで宗派間の調和、共存を実現するためにアルバニアが積極的に貢献できる余地があるからだ。あえて問題点を挙げるならば、宗派に拘らないアルバニア人には強い民族愛が潜んでいることだ。大アルバニア主義の復活は現時点では非現実的なシナリオだが、コソボ問題でもその一端が垣間見られたからだ。

ちなみに、モイシウ氏が2018年、元大統領という立場でウィーンを再訪した時、当方は同氏と15年ぶりに再会した。偶然だが、初めて会った時と同じ「5月」の月だった。

編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年5月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

長谷川 良

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