トランプを敗北に導いた『すべてをかけて:民主主義を守る戦い』から学ぶ民主主義のための戦い方

トランプを敗北に導いた『すべてをかけて:民主主義を守る戦い』から学ぶ民主主義のための戦い方

  • ハーバービジネスオンライン
  • 更新日:2021/01/14
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ステーシー・エイブラムス (Photo by Melina Mara/The Washington Post via Getty Images)

1月5日、アメリカ合衆国ジョージア州で上院議員選挙の決選投票が行われ、2議席ともに民主党候補が獲得した。ジョージア州は大統領選挙の帰趨を占う接戦州の一つとされていたが、11月の投票では民主党のバイデン候補が勝利し、大統領の椅子をほぼ確実なものにした。ジョージア州で民主党の大統領候補が勝利するのは1992年のビル・クリントン以来であった。

この歴史的勝利の立役者と言われているのが、ステイシー・エイブラムスだ。エイブラムスは2018年のジョージア州知事選挙に立候補したが、共和党候補に惜敗した。エイブラムスはこの選挙において、あるキャンペーンを行っていた。投票権がない人々に、積極的に有権者登録をしてもらうというものだ。2020年、このエイブラムスの運動を取材したドキュメンタリーが公開された。それが、アマゾン・プライムで配信中の『すべてをかけて:民主主義を守る戦い』だ。

◆投票権法の成立と廃止

1964年の公民権法の成立以後も、アフリカ系アメリカ人の投票権は、様々な方法で妨害されていた。警察は公然と投票しようとするアフリカ系の人々を妨害。投票した人はリンチにあい、その実行犯は罪に問われることはなかった。

1965年、アラバマ州セルマで、投票権を求める人々の行進を、警察が妨害した(血の日曜日事件)。この出来事は映像に収められ、広くアメリカの人々の知るところとなり、同年の投票権法の成立につながった。投票権法は有権者登録に関する州の差別的な立法を抑制し、また後年の改正はアフリカ系だけでなく様々なエスニック・マイノリティに投票権を広げる成果をあげた。

ところが2013年、主に南部諸州による度重なる異議申し立ての末に、投票権法は最高裁で廃止されることになった。これをきっかけに、事実上アフリカ系などのエスニック・マイノリティの人々を排除する投票の仕組みが、全米各州で導入されることになった。出生証明書を持たないアフリカ系や住所を獲得するのが難しいネイティブ・アメリカン、アルファベットでのサインが安定しないアジア系に不利なID法が制定され、マイノリティが多く住む地域の投票所が閉鎖され、マジョリティに有利なゲリマンダーが行われた。2016年のトランプ対ヒラリーの大統領選挙は、こうした状況下で行われている。

◆ジョージア州知事選

ステイシー・エイブラムスは大学生だった1990年代から選挙人登録運動を行ってきた。彼女の両親は幼いころから彼女を投票の場に連れていき、そこで彼女は投票権の重要性を学んだ。

エイブラムスがジョージア州知事選で直面したのは、自身の対抗馬ブライアン・ケンプが、州の選挙管理責任者の立場のままで選挙を戦うという、圧倒的に不利な状況だった。彼女はその中で投票権を持つ者を増やす運動をすすめたが、僅差で敗れた。まだ集計されていない票が多数残っており、それらが数えられた場合は逆転もしくは再選挙の可能性もあった。しかし州は早々と彼女の対抗馬を次期州知事だと決めてしまった。このときの悔しさが、ジョージア州の11月の大統領選挙および1月の上院議員選挙へと繋がっている。ステイシー・エイブラムスは、知事選の敗北後も登録運動を続けてきたのだ。

ブライアン・ケンプはトランプ同様の移民等に対する過激な発言で知られ、2020年7月にはアトランタ市が新型コロナウイルス対策として公共の場でのマスク着用を義務付けたことに対して横槍を入れた。11月の大統領選挙ではジョージア州での選挙介入をトランプに要請されたが、それを実行に移すことは出来なかった。

このジョージア州知事選についても言えることだが、トランプを含む、エスニック・マイノリティの投票権を制限しようとしている人々の口実は「不正選挙」だ。トランプは2016年の大統領選挙で、総得票数ではヒラリーに劣っていた。ここでトランプは、「不正選挙」がなければ総得票数でも自分自身は勝っていたはずだと主張した。選挙の「公正」を口実に、マイノリティから投票権を奪うという構図はずっと続いている。

◆日本の選挙権問題

日本の選挙は有権者登録をする必要がなく。選挙が近くなると役所から投票用紙が自動的に送られてくる。従ってこうした投票権をめぐる問題は対岸の火事だと考えてしまう人も多いかもしれない。

しかし、日本にも投票から排除されている人々がある。この土地でともに暮らす市民でありながら、選挙権を与えられていない永住者あるいは特別永住者の人々だ。日本の旧植民地出身者については敗戦直後、一方的に参政権を含む市民権が剥奪されたという経緯がある。日本国憲法上の問題もあるが、参政権から排除され続けている人々は日本に確実に存在し、そうした人々が選挙に参加できるようになるかは政治に委ねられている。

◆選挙と民主主義

選挙は議会制民主主義の根幹とされるが、一方でそれは常に民主主義を形骸化させる可能性を孕んでいる。ルソーはイギリスの議会制を評して、イギリス人民は選挙のときだけ自由なのであり選挙が終わると奴隷になるのだと述べた。権力者は形骸化された選挙を自分自身の正統性の根拠として利用し、また政治的無関心層がアリバイとして用いることで市民の政治離れも進んでいく。現代日本では、選挙こそが唯一の意思表示手段なのだとして、デモや請願といった直接行動の価値を否定する人が多い。

ただし、選挙というシステムが、最先端の民主主義思想と結びつく瞬間もある。投票権の獲得のための運動もその一つだ。「本家」のイギリスでも、19世紀のチャーチスト運動や女性参政権獲得のためのサフラジェットは、ラディカルな運動を通して、民主主義それ自体の発展に寄与するところとなった。

◆受け取るべきメッセージ

『すべてをかけて:民主主義を守る戦い』を見て、我々が受け取るべき教訓は何だろうか。一般的には、次のようなものとなるだろう。日本では、投票率の低下が問題になっている。地方選挙となると5割を切るのがもはや当たり前だ。しかし権力者にやりたい放題させないためには、選挙にしっかり行って、投票権を行使することが重要なのだ、と。

確かに投票権の重要性というメッセージを読み取ることも必要だろう。しかし、より注目すべきなのは、アメリカの政治システムにおいて、有権者登録制度を利用した構造的な排除が行われていることを問題とした人々が、行動を起こしたということだ。民主主義制度のバグは、選挙制度だけではない。無謬な制度は存在しないのであって、権力者は常にその欠陥を利用する。権力者がやりたい放題し始めると、アンシュッツの言う通り「ここで法は終わる」。

2016年にトランプを勝利させたものは、このドキュメンタリーを見る限りでは、何のことはない。2013年以降、マイノリティの有権者を意図的に排除してきた選挙システムの問題ということになるだろう。今「不正選挙」とがなりたてているトランプは、この不公正な選挙システムの恩恵に預かってきた。ジョージア州での逆転は、不公正なシステムに対する地道な運動の勝利だったのだ。

同様のことは、民主主義制度についての他の問題にもいえる。制度の欠陥とそれを利用する権力者に対して、行動を起こすべきだということだ。エイブラムスの演説によれば、「沈黙することは、声をあげた人々を黙らせる者にとっての武器となる」し、「民主主義が侵食されていくことは不正義」だからだ。そしてその手段は、投票だけではなく、様々な可能性に開かれているのだ。

<文/藤崎剛人>

【藤崎剛人】

ふじさきまさと●非常勤講師&ブロガー。ドイツ思想史/公法学。ブログ:過ぎ去ろうとしない過去note:hokusyuTwitter ID:@hokusyu82

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