津波に呑まれた女の子の霊を、古刹の住職はどう導いたか

津波に呑まれた女の子の霊を、古刹の住職はどう導いたか

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/10/20
No image

宮城県の古刹・通大寺では、人間に「憑依」した死者を成仏させる「除霊」の儀式が今も行われている。30人以上の霊に「憑依」されたことのある高村英さんと、その霊を成仏させた通大寺の金田諦應住職。二人に取材を続けてきたノンフィクション作家の奥野修司氏が、今回も高村さんに体験を聞いた。

関連記事>「宮城県「通大寺」金田諦應住職に聞く」第1回第2回「津波が生んだ霊体験」前編中編後編第4回第5回

小学生の女の子の溺死体験

2012年6月23日、除霊の儀式は夜だけではないらしく、この日の高村さんは昼下がりの明るい時間帯に通大寺へやってきた。当時、金田住職は「カフェ・デ・モンク」という“移動傾聴喫茶”で定期的に被災地の集会所などを巡っていて、そのボランティア仲間の僧侶や、通大寺で結婚式をあげたという外国人たちと一緒に、高村さんの到着を待っていた。

No image

カフェ・デ・モンク

この日は土曜日ということもあり、何か打ち合わせでもした後なのだろうか。それとも、金田住職にとっても高村さんのような除霊は初めての体験だったから、親しい仲間にこの事実を伝えたいと思ったのだろうか。いずれにしろ、この日の除霊の儀式には、通大寺に集まった人たちも立ち会うことになった。

通大寺の居間で金田住職と向き合った高村さんは、「今度は小学生で、9歳か10歳くらいの女の子です」と、分かっている限りの情報を伝えた。高村さんの様子がいつもと違うのを感じたのだろうか、金田住職は彼女にやさしく声をかけた。彼女に憑いていたのは、まだ10歳くらいの女の子だったのだ。

「子供はかわいそうだなぁ……。英ちゃん、泣いてるのか?」

なんとか泣かないでいようと必死に堪えていた高村さんは、「ギャン泣き(赤ちゃんが泣き叫ぶ様子)ですね」と無理に笑顔を作って涙を見せまいとした。

住職が高村さんからひと通り聴き終わると、ボランティアの僧侶たちも一緒に本堂へと向かった。いつものことだが、本堂に入るときは緊張するという。高村さんには別次元の世界に入っていく感覚なのだそうだ。

「英ちゃん、やれっか?」

「はい、やれます」

それは高村さんの体に憑依させる合図にもなる。そのひと言で、高村さんの魂が体の外に放り出され、そこへ入れ替わるようにして女の子の魂が入ってきた。そして、今回も溺死体験から始まったのである。

溺死体験は、高村さん自身が実際に溺死するようにのたうち回りながら苦しむのだから、それを見ている金田住職らにすれば気が気でなかった。何とかしようと思わず手を差し伸べるのだが、高村さんに憑依した女の子はぴしゃりとその手をはねのけるのだ。

なすすべもなく見守るしかなかったが、やがて高村さんの体は落ち着き始めた。見守る人たちもほっとした瞬間、今度はいきなり大声で泣きだした。それも、少女の甲高い声で本堂の外にまで響くような音量だった。

泣き声が次第におさまってきたかと思うと、今度は「お母さ~ん!」と、迷子になった子が母親を探すような涙声で叫び始める。住職が慌てて少女(高村さん)の手を取ったが、「お母さんじゃなきゃ嫌だ!」と、拒絶するように振り切り、再び「お母さ~ん! お母さ~ん!」と泣き叫んだ。

「お母さんとはぐれちゃったの?」

住職が声をかけるが、泣きじゃくるばかりだった。

「お母さんじゃなきゃ嫌だ、嫌だ! お母さんは、私を迎えに来るって言ってたもん。お母さ~ん!」

住職の奥さんが手を差し出した

住職らの目には高村さんが泣いている姿が映るが、高村さんが見る映像はそうではなかった。泣いている少女の服は破れ、両足は血にまみれ、靴が片方だけなかった。足の裏は泥と血で赤黒くなって痛々しく、何かに引っ搔かれたのか、少女の顔にはざっくりとした深い傷があった。高村さんは思わず涙があふれてきたという。それでも手を差し伸べられず、ただ少女を見ているしかなかった。

声が出せない高村さんは、「この女の子の周りにはたくさんの大人がいるのに、誰も手を差し伸べてくれない。どうして? お願いだから、この子に手を差し伸べてあげてよ」と叫びそうになった。そんな願いが通じたのか、金田住職といっしょに見守っていた奥さんがたまらず彼女のそばにやってきて、「どうしたの? お母さんだよ」と両手でやさしく手を撫でていた。しかし――。

「実際はすぐに奥さんが駆けつけてくれたんですが、あのときの私には時間の感覚とか概念とかがないものですから、永遠のように感じました。あのときの時間の長かったこと。待っても待っても来てくれなくて、なんで大人はこんなに情けないんだろうと思うと、もう私の体をあげちゃおうかなと思いました」

これまで金田住職がメインで夫人はサポート役だったが、場合によっては夫人もメインで向き合う必要があることが明らかになってきた。これ以降、子供の霊が憑依したときは、住職夫人がお母さん役を果たすことになるのだが、これはその最初のケースだった。

No image

photo by iStock

ぼくは、「ワカナの父」が憑依したときにも、彼女が同じように「私の体をあげたい」と言っていたのを思い出した。

「高村さんが体をあげたら、憑依した霊はずっとそこにいられるんですか?」

「う~ん、たぶん無理でしょうね。魂が私の体に定着するかどうかは、昔の心臓移植みたいなもので運次第なんです」

「では、うまく定着する人もいるわけですね?」

「います」

「そうなったらどうなるんですか?」

「元の肉体の魂はそばにいますから、二重人格と診断される方もいます。もちろん二重人格はそういう方ばかりではないのですが、たまにそういう方とすれ違うとドキッとします。私も病院に行けば、きっと何らかの診断名がついて入院でしょうね」

津波にのまれた小学生の悲劇

女の子がその手にしがみつくのを見て、高村さんは胸をなで下ろした。

「わぁぁぁ~、お母さん~!」

「怖かったね。どうしたの」とお母さん役の住職夫人がやさしく声をかける。

「お母さん、どうして、どうしてこなかったの?」

女の子の目からは涙が溢れ、しゃくるように言った。

「ごめんね、ごめんね。お母さん、迎えに行けなくてごめんね」

「わぁ~、怖かったのに! 怖かったのに、待ってたのに」

「ごめんね、お母さんが悪かったね。もう怖くないからね」

住職夫人がそう言うと、女の子はいきなり「ヨッちゃんの、ヨッちゃんの手を……、わぁ、ごめんなさい!」と母に取りすがって何度も何度も謝った。

いきなり女の子が謝罪を始め、そのうえ「ヨッちゃん」という名が飛び出してきて、事情を知らない住職たちは怪訝そうにしていたが、とにかく様子を見ながら女の子の話に合わせるようにした。

「ヨッちゃんの手、離したの! ごめんなさい、わぁ~~」と、女の子は取り乱したように言った。「お母さんに手を離すなって言われてたのに、ヨッちゃんの手を離しちゃった! ごめんなさい。お母さん、怒ってるよね、怒ってるよね!」

住職夫人が「怒ってないよ。手を離しちゃったんだね。でも、怒ってないよ」とやさしく声をかけたが、女の子はただひたすら「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り続けた。そしていきなり「怖い、水が来る~!」と叫んだのだ。

そのとき、女の子の記憶が弟の手を離した瞬間に戻ったのだろう。その映像をシンクロするように高村さんも見ることになった。

場所は不明だが、学校のようだったと言う。弟は小学校1年生で、その年の春には2年生になる予定だった。姉の女の子は3つか4つ上だから、小学校4、5年生だろう。女の子はキッズ携帯を持っていたようだという。

このあたりは高村さんの記憶がはっきりしないのだが、3月11日の午後2時45分に大きく揺れた後、心配した母親から女の子の携帯に連絡が入ったのかもしれない。「弟の手を離しちゃだめよ。迎えに行くから待ってて」と言われたような気がするという。もともと普段から弟と手をつないで登下校していたから、女の子もそうすることは当然と思ったに違いない。

生徒たちは、大きな揺れが収まると、避難のために教室を出て、おそらく運動場に集まったはずだ。そこで弟を見つけた女の子は、弟の手をつないで母が迎えに来るのを待つつもりだったのだろう。ところが母親は来なかった。同じことは東日本大震災ではよくあった。

例えば、わが子に迎えに行くと伝えたのに、行こうとしたら途中の橋が崩落して通れず、あるいは道路が陥没していて行けなかったといったことがたくさんあった。おそらくこの女の子の母親も、何らかの理由で行けなかったのだろう。やがて津波が来るという情報が入って、子供たちは急いで逃げたに違いない。高村さんは言う。

「手を離しちゃダメだよと言われていたから、女の子は逃げるときに、弟の手を引いて一緒に逃げたんです。見えたのは林の中でした。2人は斜面のようなところを駆け上がって逃げたのですが、ハッと気がつくと後ろから黒い塊のようなものが追っかけてきました。女の子にはまだそれが何か分かりません。

逃げる背中から、恐ろしい声が聞こえてくるのです。津波に飲み込まれるときの断末魔、バリバリバリと津波で樹木が倒される音……。誰かが叫ぶ声も聞こえてきます。阿鼻叫喚の地獄でした。気になって後ろを振り向こうとするのですが、『後ろを振り返るな! 前だけ見て走れ』という声が聞こえました。でもすぐさま、『うわぁぁ!』と叫ぶ声。次々と津波に飲み込まれたのでしょう。女の子は歯を食いしばって後ろを振り返らないように、弟の手をつないだままひたすら前を向いて走っていました」

まだ小学1年生では、姉と一緒に走るだけでも大変なのに、津波に追われながら坂を駆け上がるのは体力的にも限界だったに違いない。弟は「もう走れない」と言った。疲労困憊で足がもつれて走れなくなったのだ。息も上がってふらついていたから、何かにつまずいたのだろう。転んだ拍子に弟は姉の手を離してしまった。

女の子はそのまま走り抜けて一旦立ち止まったが、後ろを振り返ると、弟が津波に呑み込まれる直前だった。思わず「あっ!」と声を上げたが、恐怖心で足が反射的に前に向かっていた。

弟は「チエちゃん! 助けて、行かないで!」と叫んだが、姉は、自分も黒い水に呑まれる恐ろしさで、弟を置いたままひたすら逃げ続けた。弟を見殺しにしたことが、女の子にはあまりにも辛すぎたのだろう。無言で泣きながら走っていたという。

「女の子には恐怖がいっぱいで何が起きてるか分かりません。だから、とにかく無我夢中で走りました。でも、とうとう黒い水に追いつかれたのです。その瞬間、『怖い、水が来る!』と叫び、津波に呑まれていきました。女の子は、黒い何かに追いかけられていると思って逃げていましたが、呑み込まれる瞬間に黒いものの正体が海水だと分かったようです。助けを求めた弟を見殺しにした罪悪感と、それでも逃げきれなくて黒い水に呑まれる恐怖で、小さな女の子の心が潰されていくのを感じました。女の子は溺死し、シンクロしている私も同じように溺死体験をしたのです」

女の子の霊は、納得して成仏した

「ごめんなさい、ごめんなさい」

過去から現在に戻ったのだろう。お母さんと思っている住職夫人に、女の子は何度も何度も謝っていた。住職夫人が両手で女の子をつつむようにすると、

「お母さん、怒ってないよ。一緒に行こう、光のあるところに行こう? お花がたくさんあるよ」と言うと、ようやく安堵したようだ。

「本当? 怒ってない? 本当に?」と、なおも確かめるように言った。

この後、女の子と金田住職、そして住職夫人の3者のやりとりがしばらく続いた。

「奥さんが、怒ってないよ、大丈夫だから一緒に行こう、と何度も言ってくれたので、女の子も最後は納得したのだと思いますね。ワカナちゃんのお父さんのように諦めたのではなく、彼女の場合は納得でした」と高村さんは言った。

それにしても女の子がいるのに、手を離して亡くなった弟はどうしてこの場にいないのだろうか。ぼくは高村さんに尋ねた。

「弟は映像としてしかあらわれなくて、女の子と一緒じゃなかったですね。私といたのは女の子だけでした。だから、弟がどうなっているかはちょっと……」

納得したとはいえ、女の子は相変わらず「怒っていない?」と確認していた。不安なのか、しくしく泣きながら、いつまでも母親役の住職夫人の手を離さなかった。

「お母さん、絶対に離さないでね」

「離さないから大丈夫だよ」

そんなやりとりをしながら、死者が行くべき光の世界の入口までやってきたという。いつもなら目印となる光を見つけるのに難儀するのだが、この日はやすやすと見つかったのにはちょっと驚いたと高村さんは言う。その入口で、高村さんは光の世界に向けてそっと女の子の背中を押すと、急いで自分の体に戻った。

意識が戻ると、憑依されていた間の体験を金田住職らに説明したが、それを聞いた人たちは、きっと石巻の大川小学校の子供ではないかと口々に言った。が、高村さんにはそこまで断定できるだけの情報はなく、ただ「分かりません」とだけ言った。

No image

震災後の大川小学校(photo by Wikimedia Commons)

高村さんは、除霊の儀式に同席していたお坊さんたちを見渡しながら、いつもなら金田住職に「光を探せ」と言われても、その光がなかなか見つからないのに、今回は意外にあっさりと探せた理由が分かったような気がした。この日は金田住職だけでなく、付き添っていたお坊さんたちも一緒に読経してくれていたのだ。読経するお坊さんの数が多いほど、そして光の世界へ送ってあげたいという思いが多いほど、光が見えやすいのではないだろうか、と思ったそうである。

ふと気がつくと、住職夫人の手は真っ赤に腫れあがり、高村さんの手は血まみれになっていた。爪が皮膚に食い込んだ痕が、儀式のすさまじさを語っていた。

実はこのとき、高村さんに憑いていたのは女の子だけではなかった。他に、家族を津波で喪ったショックで自殺した50代の男性、お腹に赤ちゃんがいて、走ったら流産するかもしれないと思い逃げ遅れて亡くなった女性、そして犬が1匹憑いていたのだ。まとめて出そうという計画だったが、女の子の除霊があまりにも衝撃的だったのか、その場にいたお坊さんたちはそんな余力がないほど疲れきっていた。

「英ちゃん、頼むから今日はここまでにしてくれないか」

金田住職にそう言われ、この日の儀式はここで終了する。

〈次回はこちら

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加