パニック!アット・ザ・ディスコのブレンドン・ユーリー、バンドの解散を発表

パニック!アット・ザ・ディスコのブレンドン・ユーリー、バンドの解散を発表

  • Billboard JAPAN
  • 更新日:2023/01/25
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現地時間2023年1月24日、パニック!アット・ザ・ディスコの創設者で唯一のオリジナル・メンバーであるブレンドン・ユーリーが、妻との間に第一子が誕生するにあたり、20年間にわたるバンド活動に終止符を打つと発表した。

35歳のブレンドンは、20年間熱心に応援してくれた誠実なファンに感謝を込めて、「ものすごい旅でした……」とSNSに綴り、「ラスベガスで育って、この人生が自分をどこに連れて行くかなんて想像もつきませんでした。世界中の多くの場所、そしてその過程でできた全ての友人たち。ですが新しい旅を始めるために、旅を終えなければならない時もあります」と続けた。

彼は、内緒にしておくつもりだったが、妻のサラとの間にもうすぐ子供が生まれることを一部のファンが知っているかもしれないと綴り、「父親になり、妻が母親になるのを見るのは謙虚になると同時にワクワクします。次の冒険が楽しみです」と説明した。

2004年にボーカルのブレンドン、幼なじみのギターのライアン・ロス、ベースのブレント・ウィルソン、ドラマーのスペンサー・スミスによってラスベガスで結成されたバンドだが、現在はほぼブレンドンのソロ・プロジェクトとなっている。ブレンドンがデモ・テープをフォール・アウト・ボーイのベーシスト兼ソングライターのピート・ウェンツに送ったことがきっかけで、ブリンク182のカバー・バンドだった彼らは、フュエルド・バイ・ラーメン傘下のピート・ウェンツのディケイダンス・レコードと契約することになった。

2005年9月、パニック!アット・ザ・ディスコは大躍進のきっかけとなったヒット曲「アイ・ライト・シンズ・ノット・トラジェディーズ~いつわりのウェディング」を収録したデビュー・アルバム『フィーバーは止まらない』をリリースした。バンドの未来の兆候として、ベースのブレント・ウィルソンが2006年に脱退し(後任としてジョン・ウォーカーが加入)、サイケデリック・ポップ・アルバム『プリティ。オッド。』を2008年4月にリリースした。続く2011年のアルバム『悪徳と美徳』は、ライアン・ロスとジョン・ウォーカーの脱退に伴い、ブレンドンとドラマーのスペンサー・スミスのみでレコーディングされた作品となった。2013年10月にリリースした4thアルバム『生かしておくには型破り過ぎるが、殺すにはレアすぎる!』には、スペンサー・スミスと短期間在籍していたベースのダロン・ウィークスが参加し、2015年4月に脱退したスペンサーとの最後のコラボレーションとなった。

2016年のアルバム『ある独身男の死』は実質的にブレンドンのソロ・アルバムで、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で初登場1位を獲得し、パニック!アット・ザ・ディスコに初の全米1位をもたらした。ブレンドンは、米ブロードウェイ・ミュージカル『キンキー・ブーツ』に出演するために休みを取った後、アルバム『プレイ・フォー・ザ・ウィキッド』で2018年に復活し、昨年バンドとして最後となるスタジオ・アルバム『ヴィヴァ・ラス・ヴェンジャンス』をリリースした。

近い将来父親になることを考え、ブレンドンは声明の中で、「人生のこの章に終止符を打ち、家庭に集中し、自分のエネルギーを注ぐつもりです。そのため、パニック!アット・ザ・ディスコはこれで終わりになります」と述べた。

彼は、長年にわたるファンの“計り知れないサポート”に感謝し、別れを告げる完璧な方法を見つけることに苦労したことを認め、バンドにとってファンがどれほどの意味を持っていたかを説明した。「あなたが(バンドの)最初から応援していたとしても、最近私たちを知ったばかりだとしても、たくさんの才能ある人たちとステージを共有できただけでなく、みなさんと時間を共有できたことは喜びでした」と綴った。「ヨーロッパとイギリスでみなさんと一緒に最後のツアーをするのを楽しみにしています。愛しています。感謝しています。存在してくれてありがとう」と締めくくった。

パニック!アット・ザ・ディスコは、2月20日にオーストリア・ウィーンで【ヴィヴァ・ラス・ヴェンジャンス・ツアー】のヨーロッパ日程をキックオフし、3月10日に英マンチェスターのAOアリーナでファイナル公演を迎える。

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