林家たい平「約束の日」10年ぶりに石巻で「笑点」の収録が行われた理由

林家たい平「約束の日」10年ぶりに石巻で「笑点」の収録が行われた理由

  • スポーツ報知
  • 更新日:2022/01/14
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落語家・林家たい平の「石巻ぶらり旅」がBS日テレ「笑点 特大号」で5日、放送された。昨年11月に10年ぶりに宮城県石巻市で行われた笑点の公開収録(2021年12月放送)時に撮影されたものだ。

明日は夢の日なの―。

10年ぶりに石巻で行われる笑点の収録前夜。たい平と石巻グランドホテルの常務取締役・小野寺夢津子さんは同じ言葉を口にしていた。2人だけでない。石巻の人々が口にする「夢の日」という言葉には、それぞれの10年が込められながら、どこか重なった記憶がのっているように私は感じた。それはさながら、震災直後から石巻に通い続けているたい平と石巻の人々の合い言葉だった。

2011年3月11日に発生した東日本大震災の津波で「石巻文化センター」が全壊し、石巻から1000席規模のホールが失われた。震災直後には大街道小学校に笑点メンバーが来訪する形での収録は行われたが、大規模なホールを必要とする大喜利の公開収録は難しい状況が続いた。だから、たい平は石巻の人々と約束した。「復興したらまた笑点を石巻でやる」。

昨年4月に1200人超が収容できる複合文化施設「まきあーとテラス」がオープン。約束実現の舞台は整った。

公開収録の日の朝。きらきらとした空気が町全体を包んでいた。同市内にある靴店「リーガル石巻店」の店長・新柵ひろ子さんは「うれしいねえ。これまでは施設もなくて、復興のために来てくれるアーティストもみんな仙台でやらざるを得なかった。今回はやっと笑点が来る。ありがとうだよ」と言った。

石巻の人々が「たい平桜」と命名した同市内にある桜の木が描かれたふすま。積み上がった座布団。待ちに待った笑点だった。

客席には10年前の大街道小学校での収録に参加していた木村ひな子さんの姿もあった。当時小学6年生だった少女は大学4年生となっていた。木村さんは「10年前、何かが足りない生活をしていた中で笑点の収録はとても楽しみにしていた。笑点があったから、今までがんばれた」と振り返る。

石巻での公開収録を終えた、たい平は「本番中に感極まって泣きそうでした。これからも笑顔の花を咲かせられるようにがんばる」と笑顔を見せた一方、人々へきちんと思いが伝わったのか少し不安ものぞかせた。

だが、笑点後の石巻に残されたのは笑顔だった。木村さんは「震災後、たい平さんと会ってから、人のために温かい気持ちで何かをできるたい平さんのような人になりたいなと思って生活してきました。またお会いできてうれしかった」とまっすぐに語り、リーガルの新柵さんは「笑点最高だったよね。よかったよね」とほほえんだ。

満開の桜が描かれたふすまの前で果たされた約束は、分け合った思い出としてこれからも人々の心に残り続ける。(瀬戸 花音)

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