真夏の東京で出会った奇妙な「Tシャツ英語」の数々

真夏の東京で出会った奇妙な「Tシャツ英語」の数々

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/08/13
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日本の夏は英語であふれている

ロディアの5ミリ方眼のパッドで12番がもっとも適している、と僕は思った。このメモパッドは掌に収まる大きさだ。ミシン目が入っているから一ページずつ切り離すことが出来る。筆圧をかけなくても滑らかにくっきりと書けるボールペンが使いやすい。パッドの台紙は厚紙なので、ボールペンのクリップをそこにはさんでおくことが出来る。

用意はこうして整った。東京は折しも真夏ではないか。Tシャツの季節だ。人々が着ているTシャツの胸や背中には、英文字によるさまざまな言葉が印刷してある。どのような言葉に出会えるか、ロディアの方眼パッド12番とボールペンとをポケットに入れて、僕は東京の夏のなかを歩いてみることにした。

7月から8月にかけての、日数にして10日足らずだったが、80枚綴りのパッドは残り四分の一ほどになった。街をいく人たちの胸や背中に英文字の言葉を見ると、パッドの一ページにひとつずつ、僕は書きとめていった。

自宅へ帰って切り離したページが60枚ほどになった。これくらいあれば中間報告くらいは出来るだろう。夏のさなかの東京を行き交う人々の胸や背中に、どのような言葉を僕は英文字で見ることになったか。

駅のプラットフォームから降りて来る若い女性のTシャツを、上がっていくエスカレーターから僕は見た。見間違いではない。この一語を、くっきりと、彼女の胸に僕は見た。その一語はPleaseだった。文脈によって意味は異なるが、Tシャツの胸に文脈はない。彼女自身が文脈だよ、という意見は、しかし、あり得る。Pleaseは日本での英語の勉強だと、ほぼ自動的に、「どうぞ」ではないのか。

ConverseやBianchiは商標だ。AttackやDeadpoolというのも見た。豊富だ。こういうのを、多様性に富んでいる、と表現するのがいまの日本語だ。Deadpoolは映画の題名ではないか。TraditionalそしてAnniversaryそれからKGRMQFAというのを見た。すべて大文字で、文字ごとに色が違っていた。デザインの素材としてのアルファベットのなかから選んで、ただこのようにならべたものではないか。

Dorkという一語が若い男性のTシャツの胸にあるのを見たときには、かなり驚いた。「流行に遅れたままの田舎くさい間抜けにしか見えない人」というような意味がある。もっと端的な別の意味もある。多様性は、誰の想像をも、軽く越えている、と僕は思った。二語以上になると、多様性はいちだんと豊富になった。

向こうから歩いて来る中年女性のTシャツの胸に、Fresh Harmonyのひと言を見るのは、妙な気持ちだった。該当する日本語は見つからなかった。日本語でこれを、いったいなんと言えばいいのか。こうとしか言いようのない気持ちを、日本語は見つからないまま、この英語のふた言に託したのではなかったか。あるいは、Tシャツの胸に英文字をデザイン的に印刷する必要を前にして、当たり障りのない言葉を選んだらこうなったのか。

冗談なのか本気なのか…

The Premium Waltzと胸に印刷されたTシャツの女性が、商店街を向こうから歩いて来るのを僕は見た。WaltzはMalt’sのもじりではないか。あのビールの。書体がよく似ていた。もじりとは、つまり、冗談だ。Best Conditionというのも見た。これもひょっとしたら冗談か。Locals Onlyを見たし、Hatagaya Cityは男性が着ていた。男性が着ていた背中に横一列の英文字で、The end of Fordismとあるのも見た。

大きな駅の改札のゲートを、僕は入る彼女は出るというすれ違いの一瞬、彼女が着ていたTシャツの胸に、Earnest About Myselfとあるのを見たときには、該当する日本語がとっさに閃いた。だから僕はうれしかった。「自分に夢中」を英訳すると、彼女のTシャツの胸にあったような英文になるのではないか。

To The Poles! というのを見た。「極点を目ざせ!」だろうか。This Is Itもあった。「これですよ、これ」か。Surf Clubはいまやきわめて平凡だ。My Favorite Place「私の好きな場所」のすぐあとから、Long Beach In Californiaが、おなじような表情と歩調で歩いて来る光景を、午後三時過ぎの雑踏のなかに見ることが出来るのは、真夏の東京だけではないか。

人々のTシャツの胸を飾る英文字を読む楽しみは充分に成立する。それは趣味にすらなるのではないか。こんな話を知人にしたら、Drink Party Flowerと胸に印刷されたTシャツの女性を自分は見たことがあります、とその知人は言った。日本語に直訳するなら、「飲み会の花」ではないか。ほんとかな、と僕は思った。僕を楽しませるために考案した冗談を言ってるのかな、とまで思った。しかしその知人は冗談は冗談としてよくわかる人だが、この方向で冗談を言う人ではない。

This Is My Happy Placeというのがあった。「ここで幸せ」というような日本語が対応するのではないか。Take Me To The Mountainsというのもあった。Feline Fitness Centerというのは、ハワイで売っている猫のTシャツに添えられた言葉だ。

Bite-Size Meを見たときには、かなり驚いた。ここまで来たか、と僕は思ったが、冗談としてはやや平凡な出来ばえかな、とでも思うべきだったか。「ちょうど食べやすいサイズの私」という意味だ。日本語で言う「ひと口サイズ」のことを英語ではBite-Sizeと言っている。

それから三十分とあいだを置かずに、Tastes Best At Room Temperatureというのを僕は見た。これも若い女性が着ていた。「室温で最高の味」という意味だから、まさにそのような意味の、したがってどこまでも冗談としてのみ通用する、冗談Tシャツなのだろうか。

WHAT DO YOU KNOWというのを見たのは電車のなかだった。首もとから裾までのスペースをいっぱいに使って、太く大きなキャピタル・レターで印刷してあった。「貴殿は何を御存じか」というような語調の、直訳の日本語がもっともふさわしい、と僕は思った。

喫茶店の奥の壁を背にした席の中年女性が、ボレロの下に着ていたTシャツには、Do What One Feelsとあった。「好きなことをしなさい」という意味だろうが、「感じるままに」とか「好きに夢中」といった日本語もあり得る。

What You See Isn’t Always What You getというのを真夏の陽ざしのなかで見たときには、すごいねえ、と僕は思った。「ご覧になったのとおなじものがいつも手に入るわけではありません」というような意味だ。言っていることは平凡だが、東京の真夏の陽ざしのなかを生きている人のTシャツの胸にこれだけの英文を読むと、足もとはよろけた。

Love And Peaceがまだあった。まだ、などと言ってはいけないか。これこそが普遍なのだから。そしてその普遍は健在であり、真夏のなかを足早にどこかへと向かっていた。おなじ陽ざしのなかで、The Force Awakensという文句を印刷した黒いTシャツが僕の目をとらえた。Star Warsの関連グッズのひとつだろう。関連グッズ、という言いかたも、もはや完全に日本語だ。

Good ’n’ Hotというのも見た。文脈によるが、「ぴりっと辛くて美味」というような意味にもなる。英語そのものでしかない言いかたにいきなり出会うと、とまどうことがある。このときもそうだった。

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片岡義男『言葉を生きる』英語と日本語という二つの「母語」の間で揺らぎながら続く、言葉と思考の実践の日々とは。

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