「安室奈美恵と歩んだ日々」台湾J-POPライターが綴るラブレター

「安室奈美恵と歩んだ日々」台湾J-POPライターが綴るラブレター

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/12/07
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初めて見たのは<Don’t wanna cry>

「わたくし安室奈美恵は、2018年9月16日をもって引退することを決意致しましたので、この場を借りてファンの皆様にご報告させていただきます」

それは2017年9月20日のことだった。

9月16日に沖縄で開催された25周年のライブから帰ってきたばかりで、安室奈美恵の素晴らしいパフォーマンスにまだ酔いしれていた僕は、その日、退社前にファンクラブからの告知を受け取った。

僕は、フェイスブックのファンページに、安室奈美恵への誕生祝いを書き込んだばかりだった。衝撃のあまり、言葉も出なかった。

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安室奈美恵25周年ツアーにて。この4日後に引退の報を聞くとは、夢にも思わなかった 写真提供:dato

突如、安室奈美恵に関するたくさんの思い出が、自分の中で奔流のように押し寄せてきた。この20年間の出来事が、あたかも昨日のことのように思い出された。

僕が初めて安室奈美恵のパフォーマンスを見たのは、1996年のNHK「紅白歌合戦」だった。衛星中継によって、安室奈美恵の唯一無二の魅力を、日本人の観客と同じように感じることができた。彼女が<Don’t wanna cry>を歌っている間、一瞬たりとも目が離せなかった。まだ彼女が歌い終わっていないうちに、僕はすでに口ずさみやすいサビの旋律を覚えてしまい、彼女のファンになった。

安室奈美恵崇拝への道が、ここから始まった。

90年代前後、J-POPは台湾で爆発的な人気を得た。ちょうど小室ファミリーの全盛期であり、僕も他の多くの音楽好きの同級生と同様、彼らを、ひとつひとつ数えられる自分の宝物のように思っていた。globe、華原朋美、TRF……。

だけど僕たちが一番好きだったのは、歌えて踊れる、安室奈美恵だった。当時の台湾には、安室奈美恵のような歌手はいなかった。人々をとりこにするルックス、瞳の中には少女の純粋さと独特の個性が光り、小室哲哉によってプロデュースされた斬新な旋律にあわせて、パワフルで美しいダンスのステップを踏んだ。体の底から沸き立つように女王のような気概を立ち上らせ、場を圧倒した。

僕の日本音楽への認識は、安室奈美恵を中心に広がり、深まっていった。

この時のJ-POPは、僕たち30代の台湾人にとって、共通の思い出であるだけでなく、日本への憧れを募らせるきっかけとなった。そして僕の人生の中の、もっとも大事な部分の一つだ。

当時中学生だった僕が、お小遣いのほとんどすべてをCD購入のために使ったことを覚えている。日本語は分からなくても、僕の青春は彼女の軽妙なメロディと共にあった。

1998年の年末に、結婚後復帰した安室奈美恵が、紅白歌合戦で<CAN YOU CELEBRATE ?>を歌ったことを覚えている。彼女が感極まって涙した時、海の向こうでテレビの前に座っていた僕も目が赤くなった。

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写真提供:dato 本人が98年から集めた安室コレクションの中のクラシック盤

2004年の「SO CRAZY in Taipei」で初めて台湾で生の安室奈美恵のパフォーマンスを見た時も、僕は彼女がステージの上で熱唱し踊るのを見ながら、興奮して叫び、<RESPECT the POWER OF LOVE>では、うれしさのあまり涙を流した。家で数え切れないほど聞いてきた曲は、生で聞くとよりいっそう、愛の強大さというものを感じさせてくれた。

僕にとって安室奈美恵は、日本音楽シーンの代表人物だ。同時に彼女は、時代の象徴でもある。小室ファミリーを離れたあと、彼女の歌手人生には浮き沈みがあるが、作品はずっと、他にはない品質を保ってきた。彼女が新しい作品を発表するたびに、僕は購入に走ることによって彼女を支持し続けた。

そして彼女が、ついに2012年、アルバム<BEST FICTION>でベストセラーの女王の座に返り咲いたのを見届けたのだ。

もしかしたら当時、このアルバムが6週間連続ランキング1位になったことを、意外に思った人がいたかもしれない。安室奈美恵が頂点に返り咲くとは思わなかった人たちも多かっただろう。だけど彼女は着実に自分の行きたい道を進み、歌で自分を証明してみせた。

10年以上前に一世を風靡した安室奈美恵は、十数年後にも、再び唯一無二のトップとなれる力を持っていたのである。

興味深いことに、日本人の友人と好きな日本人歌手の話になった時、僕が、一番好きなのは安室奈美恵だと言うと、みんなの顔に納得の色が浮かぶ。台湾にしろ、日本にしろ、「安室奈美恵」が「他者の否定できない選択肢」であることに変わりはないのだ。

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2004年、台湾での初ライブのとき。熱狂的に迎えられた Photo by iStock

引退のニュースを知ったあと、僕も他のファンと同じように、理由をあれこれ考えた。彼女はファンの中に、自分のベストの姿を残したかったのだろうか? 彼女はすでに、やりたいと思っていたことをやりつくしたのだろうか?

僕たちは、衝撃を受けながらも同時に「これが安室奈美恵のスタイル」であるとも思っていた。彼女の決意があったからこそ、このような完璧なエンディングを作れたのだと。

2017年11月23日、NHKの特集番組として放送された「告白」では、彼女は初めて悠然と、息子とのこと、息子のためにお弁当を作っていたというような、自身の生活のことを語った。同時に彼女は引退した後、新しいことをみつけたり、新しい興味を持ったり、とにかく何か新しく始めることができたらいい、という希望を語り、引退後も情熱を持ち、楽しい人生を送れたらいいと思っているという展望を語っていた。

彼女がこのように言っているのを見て、彼女のファンである僕も、彼女の決断をようやく理解し、さらに応援したいと思うようになった。

新曲<Finally>で「今ここに立つステージで 新しいストーリーがはじまる」と歌っているように、安室奈美恵は、最後の作品の中で自分の心情を訴えているのだろう。そしてファンである僕は、この機会を逃さず、来年のドームツアーに参加するつもりだ。

彼女の引退後、僕はもしかしたら魂が抜け落ちたようになるかもしれない。でも、安室奈美恵が創り出したこの20年間あまりの輝きに参加できたことは、幸せなことだったのだと思っている。

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引退を知った時のdatoさんのインスタグラム。「謝謝(ありがとう)」と書いてある dato instagramより

安室奈美恵 あむろ・なみえ 1977年9月20日 沖縄県那覇市生まれ。1992年9月 SUPER MONKEY'Sのメンバーとしてメジャーデビュー。1994年、安室奈美恵with SUPER MONKEY'Sと改名 1995年4月 「太陽のSEASON」でソロデビュー。2017年9月 デビュー25周年を迎える。オールタイムベストアルバム「Finally」発売中。「FRaU」2017年12月号では、小室哲哉、中野明海、Nao'ymt、宇野維正、佐々木将、早川加奈子といった、安室奈美恵と深いかかわりをもった人たちのインタビューや執筆を通して、安室奈美恵の魅力を伝える20Pの総力特集が作られている。

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dato J-POPライター、旅行作家。instagramでは台湾人の仲間と3人で作っている「男子休日委員会」の著作『台湾男子がこっそり教える! 秘密の京都スポットガイド―左京区男子休日』(エスクナレッジ)は、独立系の書店やカフェ、大学などが集まる京都・左京区の街をこよなく愛した3人による、普段着の京都案内だ。スーパーや深夜のラーメン、そして銭湯。住んで、体験して厳選した案内書により、台湾に「左京区ブーム」を巻き起こした話題の書だ。

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(台湾語訳/王伶舒)

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