吉田茂、ベ平連...週プレは1960年代の「政治の季節」をどのように描いていたのか?

吉田茂、ベ平連...週プレは1960年代の「政治の季節」をどのように描いていたのか?

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  • 更新日:2016/10/27
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「偉大なワンマン 吉田茂の八十九年」と題する追悼記事【クリックして拡大】

『週刊プレイボーイ』50周年を記念して、創刊当時の喧騒を振り返る連続「タイムスリップ・ノンフィクション」ーー。

1966年10月28日に産声を上げた『週プレ』は「国際感覚あふれる週刊誌」を目指して始まった。

世界中の最新ニュースに加え、知識人たちのインタビューや連載、そしてエロ。仕事にも遊びにも精通している男を「プレイボーイ」として位置づけ、当時の若者たちに新時代の教養を伝授しようとしていたのだ。

それこそが、世界各地で若者が政治に目覚め、さまざまな運動を起こしていた時代だったからこそ求められた、古い世代に代わる新しい価値観だった。

一体、当時の『週プレ』がどのような記事を掲載していたか? 振り返ってみよう。

* * *

『週プレ』創刊から1年がたとうとしていた1967年10月20日、戦後日本の骨格を築いた吉田茂元首相が神奈川・大磯の自宅で静かに息をひきとった。享年89歳。時の首相・佐藤栄作の政界での恩師にあたる吉田の死をメディアは大々的に報じた。『週プレ』も例外ではない。

ちょうど「創刊1周年特大号」を企画していたときに、元首相の訃報が飛び込んできたのである。結果として創刊1周年特大号は時代の区切りを活版に焼きつけた、文字どおり画期的な仕上がりとなった。

巻頭記事は「ヒッピー族になったマッカーサー元帥の令息アーサー君の抵抗」で、続いて「偉大なワンマン 吉田茂の八十九年」と題する追悼記事が並ぶ。敗戦後の日本を徹底的につくり直した日米の両巨頭が並び立つ、絶妙なコンポジションだ。『週プレ』は創刊1周年の節目を、図らずも両雄との訣別の記事で迎えたのだ。

翌週号では巻頭記事に「吉田茂氏 国葬演出者の汗と涙」を置き、佐藤首相の号令一下、戦後初の国葬を大急ぎで準備せねばならなくなった関係者の苦労を追った。淡々と書かれてはいるものの、これはもう立派なコメディに仕上がっている。

2年目に入ってまだ間もない島地勝彦は、この事件の取材に奔走していた。有名人が亡くなると仕事が増える。相手が誰であれ、いちいち感傷的になっていたら週刊誌記者は務まらない。

こうしてにわかに鍛えられた『週プレ』の心臓は、大事件が怒濤のように起こる1968年を生き抜くのに必要なタフさを備えるに至った。『週プレ』は若者を相手にする雑誌だ。若者の味方と言ってよかろう。では、その若者が主役の事件が相次いだとき、どう対応したらよいのか?

ひとつ目は、横須賀に停泊中の米空母イントレピッドから4人の海軍兵が脱走し、見ず知らずの若者と「ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)」の助けを借り、20日間の国内潜伏の後にソ連へ亡命した事件だ(最終的にはスウェーデンへ)。

事件そのものは1967年の10~11月に起きたが、その性質上、すぐに全貌が明らかになるものでもない。『週プレ』は多方面に取材を重ね、年が明けて間もなく、1968年の3号「新春特大号」誌上で「スパイ小説そのまま」の脱走劇を特集記事にした。

4人の米兵――もちろん若者である以上、本誌では「君づけ」で呼ばれる――、下宿に泊めた学生たち、ベ平連、そして捜査当局にソ連大使館……と複数の視点がリレーされてひとつの事件の全貌を描く、良質の読み物になっている。特に、アンダーソンとバリラ、ふたりの脱走兵と彼らをかくまった学生の奇妙な同居のくだりは、読者に訴えるところが大きかったであろう。

「すこぶる気楽な2人である。日本は完全中立で、日本に永住できると思いこんでいたのある」(『週刊プレイボーイ』1968 年3号)と、これでは常識がなさすぎるが、かえって日本を支えるある種の欺瞞を看破する無邪気な鋭さがある。

記事はそこから、とりうる6つの選択肢をめぐって知恵をしぼり合う学生たちを通じて、日米地位協定に伴う「刑特法」の解説に進む、という具合に知識の供給源としての目配りも効いている。

亡命を手助けした人々を称賛するか批判するかで、書き手の――ひいては雑誌の――政治的な傾向を明かすことになるが、『週プレ』はあえて評価を見送っている。ただ、「右翼には殴りこまれる」し、「こんなに、いじめられるなら八方破れでやってみようという気にもなりますよ」という吉川勇二事務局長のコメントをはじめ、「ベ平連、やるなあ」と感心させられる材料に満ちていることは確かだ。

また、脱走兵のひとり、リチャード・ベイリーと恋人シャーロットの未来についてわずかに強調して書かれているが、若者を登場させたらとりあえず女性関係にも触れておくのも、『週プレ』の不文律である。

このとき取材相手として登場したベ平連の小中陽太郎は、後に書き手として『週プレ』に参加するようになる。思想信条や活動歴にこだわらず、おもしろい人材はひっぱりこむ、貪欲な『週プレ』であった。

そんな創刊当時のタイムスリップ・ノンフィクションを発売中の『週刊プレイボーイ』44号で連載中! 是非ご覧いただきたい。

(取材・文/前川仁之)

■週刊プレイボーイ44号「創刊50周年記念タイムスリップ・ノンフィクション 第3話プレイボ~イ政治の季節 1968」より

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