ポムの樹が「オムライス専門店で1人勝ち」を維持する強さのヒミツ

ポムの樹が「オムライス専門店で1人勝ち」を維持する強さのヒミツ

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2019/10/10
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乙女心を読んだ巧みな設定

オムライスと聞いて、あなたはどんな姿を思い浮かべるだろうか。紡錘形をした黄色い卵の上に、アクセントの赤いケチャップがたらり。そんな昔懐かしい喫茶店のオムライスを真っ先に思い浮かべた人にとって、オムライス専門店「ポムの樹」のメニューはもはや異世界かもしれない。

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ポムの樹「定番ケチャップオムライス」/写真は公式サイトより

ポムフードが展開する「ポムの樹」は、1994年に大阪で開業。この25年で全国約130店舗をかまえるまでに成長した“オムライス業界”のトップランナーである。そのウリはなんといっても種類の豊富さだ。グランドメニューは40種類以上。それに期間限定メニューが加わる。ライスもケチャップライス、バターライス、和風ライスが選べ、サイズもSS、S、M、Lと4段階にわかれている。

原稿を書くにあたって実際に食べに行ってみたが、メニューの複雑さに圧倒されて悩むことしきり。結局、一番シンプルなケチャップタイプのSサイズに落ち着いた。そして運ばれてきた皿にまたもや圧倒された。

むっちりとした嵩高いオムライスが皿の中央にどーん。喫茶店のものとくらべたら、ゆうに1.5倍はありそうなサイズである。Sサイズと言いながら、存在感は十分。それもそのはず、メニューを見返してみたら、Sサイズに使われているライスはお茶碗1.7杯分、卵は3個となかなかのボリュームだったのだ。

夕飯時には少し早い、夕方の日曜日の渋谷。女子に人気との評判だけあって、8割方埋まっている店内のほとんどが若い女性客、もしくはカップルで占められている。あとは男性おひとりさまが1、2人組が1といったところ。まわりを見渡すと、そのほとんどがSサイズを頼んでいるっぽい。

なるほど、これは「松竹梅」方式の応用だなと思った。お寿司など「松竹梅」の3段階が設定されていると、多くの人は中庸の「竹」を選ぶ。それと似たように、4サイズのうち2番目に小さいSサイズを選べば、それほどたくさん食べたという自覚は生まれない。罪悪感なしにがっつり食べられるという、まさに乙女心を読んだ巧みなサイズ設定なのである。業界首位の手腕を垣間見たり、だ。

では“オムライス業界”には、ほかにどんな店があるのだろうか。1963年に創業した「ラケル」、「洋麺屋五右衛門」なども展開する日本レストランシステムが1992年に起ちあげた「卵と私」は古株の部類といえる。一方、比較的新しいチェーンに、2002年から近畿地方を中心にフランチャイズ展開をスタートした「BABYFACE Planet's」、2007年創業の「神田たまごけん」などがある。昨今では、オムライス専門のデリバリーも出現している。

一過性のブームで消え去ることなく、断続的に新しい店が登場している“オムライス業界”。ただ、ひとくちに「オムライス」といえどもその中身は一様ではない。変化をみていく前に、まずは前提となるオムライスの歴史を辿ってみよう。

主従関係を変えたケチャップの誕生

オムライスの歴史は、卵とごはんの関係の歴史といってもいい。この二大要素の主従のバランスが、そのままオムライスの変容史でもあるのだ。それは、元祖の話からすでにはじまっている。

オムライスの発祥を語るとき、必ず名前が挙がる東西二つの店がある。

東は、東京・銀座にいまも営業を続ける老舗洋食屋「煉瓦亭」。創業の1895(明治28)年から5年ほど経った頃、元祖オムライスとされる「ライス入りオムレツ」が登場したといわれている。もとは従業員のまかない飯として、スプーン一つで食べられるようにと卵とごはんを混ぜてオムレツの形に焼いたもので、これを見た客から「自分もあれが食べたい」と頼まれ、メニューに載せるようになったという。

西は、1922(大正11)年に創業した大阪・汐見橋の「パンヤの食堂(のちの北極星)」。こちらは1925年頃、オムレツとごはんを必ず頼む常連客に、あるときケチャップライスを卵でくるんで出したところ、「これなんちゅう料理や」と尋ねられて、店主はとっさに「オムライスや」と答えたというもの。これが「オムライス」という言葉の初出とされている。

この二つの元祖をみると、最初に登場した東の「ライス入りオムレツ」は、ネギ入りオムレツなどと同様にライスは具の一つ、すなわちメインの卵に対してごはんはサブ的要素としてとらえられている。一方、西の「オムライス」になると、ごはんと卵は分離し、なおかつごはんがメインに据えられ、卵はそれを包むためのサブ扱いになっている。つまり卵とごはんの主従が入れ替わっているのである。

その主従逆転に貢献したのが、ケチャップだ。

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Photo by iStock

ケチャップが出回るようになったのは、明治の終わりから大正にかけてである。国産初のケチャップが、横浜のトマト加工業者・清水屋によって製造販売されたのは1903(明治36)年。さらにその5年後には明治屋で輸入された記録が残っており、カゴメの創業者・蟹江一太郎も発売にこぎつけている。したがって煉瓦亭が「ライス入りオムレツ」を出すようになった時代に、ケチャップライスは普及していなかったのだ。

その証拠に、1904(明治37)年に刊行された村井弦斎によるグルメ小説『食道楽』の「秋の巻」付録に掲載された「米のオムレツ」に、ケチャップの記述はない。さらに、卵とごはんを混ぜてから焼くライス入りオムレツタイプと、卵の間にごはんを挟んで「柏餅のように」あわせるオムライスタイプという両方のつくり方がすでに紹介されているが、ここでおすすめされているのは前者である。理由は、後者だと味がない、つまり白いごはんでは物足りないからとされているのだ。

だが、オムライスタイプのごはんにケチャップが加わり、ケチャップライスへと変化することでごはんは脇役から主役に躍り出る。ごはんを具としたライス入りオムレツから、薄焼き卵に包まれたケチャップライスを食べるオムライスへ。そしてその味が、昭和の喫茶店へと受け継がれていったのだ。

「薄焼き」か「ふわとろ」か

現在にいたるまでに、卵とごはんの関係はもう一度逆転が起きている。それは、とろりとした半熟卵のかかった「ふわとろオムライス」の登場である。

その半熟オムライスを一躍世に知らしめたのが、1985(昭和60)年に公開された伊丹十三監督の映画『タンポポ』である。

ホームレスの男が、子どもにオムライスをつくってあげようと、閉店後の厨房に忍び込む。プレーンオムレツを手早くこしらえ、先につくっておいたケチャップライスの上にのせる。オムレツの真ん中をナイフでさっと切ると、なかから半熟卵がとろとろと勢いよく流れ出す。あのシーンで思わず唾を飲み込んだ人は、私だけではないだろう。

撮影場所となった東京・日本橋の洋食屋「たいめいけん」は以後、このオムライスを「タンポポオムライス」として売り出して人気を博し、いまに続く看板メニューになっている。

そもそも半熟オムライス自体の歴史は、もっと前からある。考案者とされるのは、1913(大正2)年創業の東京・本所吾妻橋の「レストラン吾妻」の2代目・竹山正次。時期は定かではないが、戦前から戦後にかけ、すでに半熟のオムライスにデミグラスソースをかけたタイプが提供されていたという。それが映画によって一躍脚光を浴びたのだ。

一度はケチャップライスにメインの座を奪われた卵。しかし、「ふわとろ」という新たな見た目と食感という強力な武器を手に入れ、再び主役に返り咲いた。さらに「ふわとろオムライス」は90年代後半のカフェブームの主力メニューとなり、広く市民権を得ていく。その背景には、1993年に登場して話題になったパステルの「なめらかプリン」のようなとろとろ食感人気とも無関係ではないだろう。

自称「日本一オムライスを食べている男」として2019年に『きっしいのオムライス大好き!』(交通新聞社)を上梓した「きっしい」こと岸本好弘さんに昨今の傾向を聞いたところ、「女子は卵重視、おじさんはケチャップライス重視」で、ふわとろ派が薄焼き派を上回るという。

また最近ではオムライス好きで、自分が食べたオムライスの写真だけをインスタグラムにアップする「オムスタグラマー」なる人たちもいるとのこと。そのほとんどは10代後半~20代の女子で、その彼女たちが重視するのは「卵、見た目、お店のおしゃれ度」だと語る。

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Photo by iStock

ここで冒頭のオムライス専門店の話に戻ろう。

先に挙げたチェーンのうち、ごはんを卵でくるむタイプは「ラケル」と「ポムの樹」だけ。新しい店はすべてふわとろ系だ。考えてみれば、ふわとろ系のほうが、卵でごはんをうまく包む必要がないぶん、調理の難易度は低い。ふわとろ派優勢の背後には、そんな提供する側の腕前も影響しているに違いない。

その点、「ポムの樹」のオムライスは絶妙だ。食べてみるとわかるのだが、外側の卵は固まった状態だが、内側は半熟という絶妙な火の通り具合なのだ。薄焼き派とふわとろ派のいいとこどりをしたオムライスだからこそ、フードコートなど広く老若男女に受け入れられているのだろう。

明治から大正にかけて洋食屋で生まれ、昭和の喫茶店を経て、平成のカフェや専門店と、ひとくちにオムライスといっても、その姿は少しずつ変わっている。令和の時代に、ふたたびごはんにスポットが当たることはあるのか。糖質制限が定着したいま、それはもはやむずかしい気がしてならない。

令和の終わる頃には、ごはんではない何かの入ったオムライスが登場しているかもしれない。そんな夢想の一方で、あの懐かしい喫茶店のオムライスもどうか末永く生き残ってほしいと、昭和生まれの人間はひそかに願っている。

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