「ビットコインバブルだ!」と大騒ぎする人に言っておきたいこと

「ビットコインバブルだ!」と大騒ぎする人に言っておきたいこと

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/12/06
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ビットコインの価格がついに1万ドルを超えた。世の中では「ただの投機だ!」「いや、まだまだ上がる」など侃々諤々の議論となっている。実際のところビットコインにはどの程度の価値があるのだろうか。また、投資対象としてふさわしい存在なのだろうか。マネーシフト6回目は、今話題のビットコインについて取り上げてみたい。

(前回までのマネーシフト連載はこちらから)

通貨の歴史を見てみると…

よく知られているようにビットコインはインターネット上で流通する仮想通貨である。最大の特徴は、既存通貨のように発行元になる国家や中央銀行が存在しないことである。

仮想通貨に関して、いわゆる電子マネーと混同している人も多いのだが、仮想通貨と電子マネーは根本的に異なる存在である。電子マネーはあくまで既存通貨がベースであり、これを電子的に置き換えたものに過ぎないが、仮想通貨であるビットコインはそれ自体が通貨であり、単独で価値を持っている。

国家の信用を背景にしないものは通貨とは呼べないとの見解もよく耳にするが、こうした概念も実は一種の幻想に過ぎない。多くの人がその価値を認めれば政府の信用がなくても通貨が成立することは歴史が証明している。

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日本史の教科書を読むと、明治政府は日清戦争の勝利で得た賠償金を元に金本位制を開始したと書いてある。だが、厳密に言うとこの記述は正しくない。

当初、賠償金は銀で支払われる予定だったが、清は銀での支払いができず、当時の覇権国である英国に対して外債を発行。英国の投資家から英ポンドを借り入れ、それを日本に支払っている。つまり日本が受け取ったのは銀ではなくポンド紙幣だった。

ポンドは英国が保有する金を裏付けとして発行されたものだが、金そのものではない。だが、当時のポンドは現在の米ドルと同様、グローバルに見てもっとも信用度の高い基軸通貨だった。日本政府はこれを金とみなし、ポンド紙幣を担保に日本円を発行したのである。

しかもそのポンド紙幣は日本国内には送金されず、何とロンドンの銀行に預金されたままだった。現代に当てはめれば、日本政府はたくさんドル紙幣を持っていて、それを米国の銀行に預けているので、このドル預金を担保に日本円を発行したことと同じになる。

この事実は、その通貨に裏付けがあると多くの人が認識すれば、政府の信用がなくても通貨は流通することを示している。日本の通貨制度は、自国政府に対する信用ではなく、英国の銀行預金に対する信用でスタートしたわけだが、日本の通貨制度は何の問題もなく立ち上がった。

かなり強引な手法ではあったが、明治政府の指導者たちはグローバルな金融システムの本質をよく理解しており、現実的かつ合理的な判断を下した。こうしたリアリズムや柔軟性について、今の日本人は大いに学ぶべきだろう。

ビットコインを支える「信用」

話を戻すと、ビットコインが「まともな」通貨だと仮定して、一体、何に対する信用に支えられているのだろうか。ビットコインは、電子的に管理されるという点では目新しいが、通貨としての基本的な概念は金本位制に近い。コインの発行総量について構造的な上限が決められており、一定量以上の発行が不可能な仕組みになっている。

しかも、新しくコインを生み出すには、ビットコインの取引を管理するシステムに対してコンピュータの計算という「労働力」を提供しなければならず、この作業によって新しい価値が生み出される。

希少性をベースにした金本位制の考え方に、経済学でいうところの投下労働価値説をうまくミックスさせた仕組みであり、通貨としてなかなか良くデザインされている。

つまり、ビットコインに対する信用というのは、洗練された仕組みそのものと、通貨の新規発行に必要なコンピュータ上の労働力に対して付与されているとみなすことができる。少なくとも、まったく根拠のないものではないと考えてよいだろう。

問題は、こうしたビットコインの価値を実際にどれだけの人が認めるかという点である。最終的に通貨として成立するのかは、人々がその価値を信用するのかどうかにかかっている。

より多くの人がビットコインの存在を認めれば通貨として成立するし、その逆であれば、いくら価格が高騰したとしても、いずれビットコインは無価値に転落してしまうかもしれない。

別の言い方をすれば、ビットコインにどのような利用価値を見いだせるのかについて考えれば、ビットコインの今後についてもある程度の見通しを立てられるはずだ。

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バブル論争はナンセンス

このところ、ビットコインの価格が急騰したことで、世の中では「バルブだ!」「いやそうではない」と感情的な議論になっている。だが筆者に言わせればこうした論争はナンセンスである。

バブルというのは、その商品が持っている理論的な価値を大幅に超えて取引が行われる状態のことを指している。だがビットコインの本質的な価値がいくらなのかについて正確な知見を持つ人は、現時点では誰もいない。したがって今の価格がバブルかどうかを判断する手段は存在しないことになる。

しかしながら「分からない」と言ってしまえばそれまでなので、少し頭を働かせてビットコインの価値についてもう少し突っ込んで考えてみたい。

先ほど、国家の管理がなくても通貨は成立すると述べたが、ビットコインのような無国籍通貨が、ドルや日本円などに代わってメジャーな通貨になるというのは少々考えにくい。したがってビットコインは、仮に本格的に流通したとしてもマイナーな通貨であり続けるだろう。

ではマイナーな通貨としてのビットコインの利用価値はどこにあるのだろうか。おそらくは、国際的な少額決済手段として使われるか、危機が発生した時の資産逃避手段のどちらか、あるいはその両方ということになるだろう。

日本でもビックカメラなど、ビットコイン決済に対応した小売店が出てきており、中国人観光客の中には買い物をビットコインで済ませる人もいる。また海外から母国に仕送りする人にとっては、送金の手数料が破格に安いビットコインは魅力的だ。

中国人がビットコインを好んで使う理由は、中国の政治体制とも深く関係している。中国人の一部は、自国の制度を信用しておらず、チャンスがあれば資産を海外に逃がそうとしている。こうした人たちにとって、資金の逃避先としてビットコインは最適である。

キプロスが金融危機を起こした時や、ベネズエラが経済危機を起こした時も、ビットコインに資産を移すという現象が見られた。今後も非常時における資金の逃避先として一定のニーズを保ち続ける可能性が高い。

もしそうだとすると、全世界のマネーの0.1%程度というレベルであれば、ビットコインのような仮想通貨が存在できる余地があると判断するのは、それほど非現実的なことではないと思われる(人によっては1%程度でもおかしくないと考えるだろう)。

時価総額で見てみると

もし主要国の金融資産の0.1%がビットコインに置き換わった場合、どうなるだろうか。

日本の金融資産は約1800兆円、米国は8600兆円、ユーロ圏は2600兆円、中国は推定で2200兆円なので、各国を合わせると約1.5京円(京は兆の1万倍)になる。さらにこれ以外の地域も加える必要があるので、全世界では2京円程度の金融資産があると推定される。

2京円の0.1%は20兆円なので、ビットコインの時価総額は20兆円まで増えてもおかしくないとの解釈が成立する。現在のビットコインの時価総額は約20兆円なので、ちょうど今の価格と一致する。

歴史を振り返ると、1600年代にオランダで発生したチューリップ・バブルを皮切りに、数多くのバブルが発生し、そして崩壊してきた。

だが一方で「バブルだ!」「説明不能」と批判されながらも、結局はその価格が正当化されたケースもたくさんある(バブルの崩壊は大きな被害をもたらすので長きにわたって語り継がれることになるが、バブルがバブルでなくなったケースは損した人がいないので、ほとんど語り継がれないという特徴がある)。

1920年代、自動車の普及が始まったことで米国の自動車メーカーであるGM(ゼネラル・モーターズ)の株価は200倍に高騰した。当時はまったく説明不能な株価であり、投機的な株価の動きに対してかなりの批判が寄せられたが、今のGMをバブルだと指摘する人は誰もいない。

トヨタも国内で自動車が急速に普及した1960年代には、株価が約70倍に高騰している。その後、トヨタの株価はさらに上昇して現在に至っているが、トヨタ株がバブルなのかは考えるまでもないだろう。

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今は未知数だが…

つい最近も同じような現象が観察されている。パソコン向け半導体では圧倒的なシェアを持つインテルの株価は約100倍に高騰した。ITバブルと言われた2000年前後、インテルの株価は説明不能とされたが、その後インテルの株価はそれほど下落していない。

つまり、価格上昇時点においてバブル的であっても、その技術や製品が本格的に普及すれば、その価値は正当化される。ビットコインがバブルかどうかは、ビットコインが普及するかどうかで決まるものであり、現在の価格水準とは直接関係しないのだ。

ビットコインに関する先ほどの試算は、あくまで金融資産をベースにした「頭の体操」であり、筆者はビットコインへの投資を推奨しているわけではない。

だが筆者がもっとも主張したいのは「猛烈なスピードで値上がりしている」「得体が知れない」といった情緒的な理由だけでビットコインをヒステリックに批判し、また投資の対象として完全に除外することは、あまりよい結果をもたらさないということである。

確かに、現時点においてビットコインは未知数の通貨である。結局は普及せず、無価値に転落するという可能性も十分にあるだろう。だが、こうした仮想通貨に対して大きな期待が寄せられたということは、既存の通貨制度の不備が浮き彫りになったということでもある。

新しい技術や概念の登場は、現在の制度をどう改善すべきなのかについて示した、一種の「啓示」であると考えた方が社会にとってよほど有益だろう。むしろ人生100年時代を想定した資産運用を考える上では、こうした社会の大きな変化を意識することが、重要になる。

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