対馬のカワウソが、どうやらニホンカワウソではなさそうな「事情」

対馬のカワウソが、どうやらニホンカワウソではなさそうな「事情」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/09/17
No image

「日本固有種」なら、うれしいけど…

長崎県の対馬で、1970年代に目撃されたのを最後に絶滅したとされる、「ニホンカワウソ」が38年ぶりに発見されたかもしれないーーこんなニュースが8月中旬に飛び込んできました。

これが、本当に「日本固有種」であるニホンカワウソなのか? それとも、ユーラシア大陸全域に広く分布しているユーラシアカワウソなのか? という点が大きな関心を呼んでいます。

もっと言えば、「ニホンカワウソならうれしい」「ユーラシアカワウソだったら、ちょっとがっかり」というのが、多くの日本人の本音ではないでしょうか。その背景には、対馬そのものが古くから「日本の領土か、それとも韓国の領土か」という議論の対象になっていることも、多少関係があるのかもしれません。

しかし、外交上の領土問題に負けず劣らず、生物界の「領土問題」も複雑です。突き詰めて考えてゆくと、「生物の『種』とは何か?」「『日本固有種』とは何か?」、ひいては「『日本』とは何か?」という大きな問いにぶち当たります。

このような問題を扱うのが、筆者が専門とする「生物地理学」です。今回は、この生物地理学の観点から、「対馬のカワウソ」問題を考えてみたいと思います。

No image

Photo by iStock

実は前提があいまい

まず、そもそも「種」とは何でしょうか。

地球上のさまざまな地域に棲んでいる生物たちが、おおむね現在のような種に分かれたのは、数十万年から数百万年以上前のことと考えられています(もっとも諸説あり、研究者ごとにかなり幅があります)。

生物には、種の成立時とほとんど同じ姿を保ち、同じ地域に今なお棲み続けているものもあれば、移動・衰退・拡散・適応を繰り返し、現在のような生活体系や分布域を獲得した種もあります。ヒト(ホモ・サピエンス)は、もちろん後者にあたります。

種としての「ヒト」が成立したのは、時期=数十万年前、地域=アフリカ大陸のどこか、とされています。とはいえ、よく誤解されているように、1人の女性(=イブ)からすべての現存人類が発祥したというわけではありません。

というのも、「『イブ』はヒトだが、彼女の両親はヒトではない」と切り分けることは不可能です。たまたまミトコンドリアDNA解析によって辿り着くことのできた、「現代のヒトと共通する形質を全面的に備えた母系祖先」を仮に「イブ」と名付けているだけで、当然ながらそれ以前にも、連綿と血縁の系譜は続いているわけです。

近年では、DNA解析をはじめとする分子生物学的手法の発達で、生物の分類研究が格段に進歩しました。しかし、生命は深遠で複雑であり、DNA解析だけで全体を捉えられるわけではありません。ですから、「種」をどのようにして区切るかについては、多くの部分が未だ「研究者の裁量にかかっている」と言っても過言ではないのです。

日本は「統一国家」なのか?

さて、「種」の定義そのものに曖昧な部分があるということを踏まえて、次は東アジアの生物地理学における「日本の位置づけ」について考えてみましょう。

前述の通り、生物には海を越えて分布する種がたくさんあります。日本にも、中国や朝鮮半島と共通する生物種が少なくありません。このような観点からは、日本を「日本海周縁地域の南岸」である、というふうに考えることもできます。日本海を、大陸と日本列島に囲まれた「内海」として見るわけです。

No image

日本海を「内海」として見ると、日本列島はその南岸にあたる(Photo by gettyimages)

このような観点から言うと、ある生物が日本海南岸=日本列島のみに分布していればそれは「日本固有種」であり、周辺を覆うように分布しているならば「周日本海固有種」となります。むろんこれらの比率は、後者の方が圧倒的に大きいことは言うまでもありません。

ロシア沿海地方、朝鮮半島や中国大陸北部は、日本海周縁地域の「北岸」に相当します。実際に、中国大陸でも北京周辺の生物には、分類上は日本と共通する種が少なくありません。

さらに、そもそも日本は、歴史的・文化的にはともかく、生物地理学的には決して「統一国家」ではありません。

例えば本州に棲む生物種でさえ、複数の異なる要素が組み合わさって構成されています。例えば、東日本と西日本ではわれわれヒトの血液型の分布が微妙に異なりますし(東日本・東北にB型が多く、西日本にA型が多い)、近年ではDNAの解析によって、これまで一括して「ニホンジカ」だと考えられていたシカが、兵庫県付近を境に異なる分類群となる可能性が示唆されています。私たちが考えるよりも、日本は生物学的には「バラバラ」なのです。

日本を7つの地域に分けてみる

そのうえで筆者は、日本を生物地理学的な視点から、7つの地域に切り分けて考えています。

(1)北海道(2)本州・四国・九州(3)対馬(4)北琉球(屋久島をはじめとする大隅諸島)(5)中琉球(奄美諸島・沖縄本島周辺)(6)南琉球(西表島をはじめとする先島諸島)(7)小笠原

この中で、生物学的に著しく特殊な地域が中琉球(先島諸島を除く沖縄県+奄美諸島)です。詳しくは後述しますが、日本各地はもちろん、アジアの他地域とも大きく異なる、世界に類を見ない独自の生物相を構成しています。

もうひとつ独自性の強い地域としては、小笠原が挙げられます。小笠原は他の地域と同列に扱うことができない大洋島(大陸棚から切り離された島)であるうえに、かつては大陸島(=大陸と地続きだったことがある島)だったと考えられており、これまた興味深い地史・生物相を有しています。

中琉球と小笠原に次いで特殊な生物相をもつ地域は、意外なことに日本本土(本州・四国・九州)です。といっても、高山などに棲むいわゆる「希少生物」が多いという意味ではありません。日本列島において、より固有性の強い生物は、むしろ人里に普遍的に見られる生物の中に見出すことができます。

北海道の生物は、本州をはじめ日本のスタンダードな生物相から見れば特殊な(ゴキブリがほとんどいないなど)もののように感じられますが、ユーラシア大陸全体に視点を広げると、ロシアやシベリアなどの他地域と共通する部分が多くあります。日本とロシアの中間的な地域と言えるでしょう。

さて、今回のテーマである対馬はどうでしょうか。生物地理学上は、対馬は北海道と似た位置づけになります。対馬の生物相は朝鮮半島の生物相との共通点がきわめて多いのですが、その一方で日本本土とも密接な繋がりを有しています。日本と朝鮮の中間的地域、それが対馬というわけです。

以上のような見取り図を整理すると、

○アジアの東端に、他地域から隔絶した特殊な生物相を示す2つの地域がある。つまり、日本本土(本州・四国・九州)と中琉球(沖縄本島周辺+奄美諸島)である。

○大陸からこれらの特殊な地域への「移行地帯」にあたるのが、北から順に北海道、対馬、北琉球(屋久島など)、南琉球(西表島など)の島々である。

というふうに俯瞰することができます。

「ヤマネコ」という先例がいる

対馬が日本と朝鮮半島の「移行地帯」であるという証拠には、どのようなものがあるでしょうか。

おそらく対馬に棲む生物でもっとも有名なのが、「ツシマヤマネコ」ではないかと思います。

ツシマヤマネコは、西表島に棲む特別天然記念物のイリオモテヤマネコよりずっと以前から存在が知られています。同種は大陸に棲むベンガルヤマネコの一亜種であると古くから考えられており、さらに近年ではDNA解析によって、大陸産ヤマネコと亜種のレベルでも区別されなくなっています。要するに、「ツシマヤマネコはベンガルヤマネコの一種である」という見解が確立している、ということです。

No image

ツシマヤマネコ(Photo by Pontafon, CC BY-SA 3.0)

他にも、対馬には朝鮮半島との結びつきが強い種が数多く棲んでいます。例えば植物ではモクセイ科のヒトツバタゴ(俗称は「ナンジャモンジャ」)が、台湾から中国大陸南部を経て朝鮮半島まで広く分布し、対馬にも生息していますが、本州には岐阜県と愛知県の一部でしか見ることができません。

日本では対馬にしか在来分布しない蝶のタイワンモンシロチョウ、ツシマウラボシシジミ、さらには「冬に鳴くセミ」として知られるチョウセンケナガニイニイも、ヒトツバタゴと同様、日本では「ほぼ対馬にしかいない」という不思議な分布様式を持っています。

もちろん、対馬に棲む生物なら何でも「日本本土にはいないが、朝鮮半島にはいる」というわけではありませんし、その逆のパターンも数多くあります。また、日本・対馬・朝鮮の各地域にまたがって分布する種も多数存在します。それらには、日本と朝鮮どちらかの地域と共通の特徴を持つ集団もあります(例えば、対馬のツクツクボウシの鳴き声は日本本土タイプ、ミンミンゼミの鳴き声は朝鮮半島タイプ)。

「フィーバー」とは裏腹に

かつて、1965年に南琉球の西表島でイリオモテヤマネコが発見された時には、社会現象といえるほどの大騒ぎになりました。日本には対馬にしか棲息しないと信じられてきた野生のヤマネコが、よりによって九州をはさんで反対側に位置する西表島で見つかったからです。

第一発見者が著名な作家の戸川幸夫氏であったこと、また本種が西表島の固有種であることはもちろん、世界のどこにも近縁種が存在しない原始的な種であると当時の哺乳類分類学の権威により認定されたことも、フィーバーに拍車をかけました。これをきっかけに、西表島や石垣島に棲む他の生物も、同地に固有分布する原始的な生物として図鑑に記述されるようになりました。

しかし、このような「新種発見」の喧騒に対する反論もありました。特に海外のヤマネコ研究者からは、「イリオモテヤマネコが特殊に見えるのは、単に外観の2次的な変化によるものであり、本質的には近隣地域の台湾や中国南部に棲むベンガルヤマネコと同種なのではないか」という意見が複数出されました。しかし、そうした意見は時代の空気の中で無視されてしまいました。

イリオモテヤマネコやツシマヤマネコは、(専門家でない)日本人の目からすれば、あたかも「西表島や対馬に特有のヤマネコ」のようなイメージがあります。しかし、これらは縷々ご説明したように、東アジアに棲む生物と「同じ種の一地域集団」にすぎません。

日本の他の地域には、イリオモテヤマネコやツシマヤマネコよりも「固有」の度合いが大きい生き物もいます。中琉球に棲むアマミノクロウサギ(奄美大島、徳之島に生息)やノグチゲラ(沖縄本島北部に生息)は、数百万〜数千万年前に種として分化しており、世界のほかのどの地域の種とも関連性がほとんどない「究極の固有種」といえる生き物たちです。しかし、知名度となるとそれほどではありません。

No image

国立科学博物館所蔵のアマミノクロウサギの剥製(Photo by Momotarou2012, CC BY-SA 3.0)

ここまで取り上げてきた生物は、中には絶滅に瀕しているものもありますし、いずれも「希少」であるという点では変わりません。ですが、大陸に棲む生物の「地域個体群」に過ぎないイリオモテヤマネコやツシマヤマネコが必要以上に注目され、「究極の固有種」といえるアマミノクロウサギやノグチゲラが見過ごされがちというのは、人間の勝手さを思わずにはいられません。

「状況証拠」から考えると…

さて、ここまで長々と解説してきましたが、結局のところ、対馬にいたカワウソはニホンカワウソなのでしょうか?

留意しなければならないのは、これまで分布パターンの実例として取り上げてきたツシマヤマネコやタイワンモンシロチョウ、ヒトツバタゴなどはすべて東アジア周辺に生息域が限られている生物である一方、カワウソは東アジアだけではなくユーラシア大陸に広く分布している点です。

このような分布パターンを示す生物の分類を考える場合、例えば東アジア産とヨーロッパ産が同一の分類群か否か? という議論はほとんど行われていません。日本の研究者は日本産の生物を、ヨーロッパの研究者はヨーロッパ産の生物をそれぞれ事細かに調べ上げはするものの、どちらも海外の状況まではあまり手が回らないのが実情です。そんなわけで、全体を包括した俯瞰的な取りまとめがなされていないのです。

日本本土産のカワウソに関しては、「北海道産から対馬を含む九州産まで全て遺伝的に多くの共通点があり」、かつ「大陸産とは明確に異なる」という報告があります。しかし一方で、ミトコンドリアDNAの分析によれば、「ニホンカワウソ」とされる集団のなかにも、地域によって(例えば神奈川県産の個体標本を使った研究で)どちらかというとユーラシアカワウソに近縁な個体も見つかっています。

そうなると、「ニホンカワウソ」がひとつの独立した種か否か、という根本的な部分からして曖昧になりますから、「ニホンカワウソかユーラシアカワウソか」という命題自体が成り立たなくなってしまいます。

そのうえ、「ユーラシアカワウソ」に関しても、複数の地域集団(亜種)の複合体である可能性があります。対馬産カワウソの比較対象とされる朝鮮半島産カワウソは、現時点では事務的に原名亜種「ユーラシアカワウソ」に含められているとしても、実際にはヨーロッパに分布する原名亜種とはDNAも異なる部分が多いので、全く別の分類群に置かれるべきでしょう。和名をつけるとすれば「タイリクカワウソ」あるいは「チョウセンカワウソ」としておくのが妥当なように思われます。

対馬産の生物には日本本土系よりも大陸(朝鮮半島)系の生物が多いこと、また残されたフンの分析結果はユーラシアカワウソに準じるという報告があること、さらにニホンカワウソが(おそらく一旦は)絶滅した生物であること、それに対して広義のユーラシアカワウソは今も各地で繁栄を続けているらしいことなど、これまでに判明している数々の状況証拠を総合して考えれば、対馬産カワウソは「ニホンカワウソ」ではなく、「ユーラシアカワウソ」系である可能性が、限りなく強いと思われます。

「カワウソがいる」だけで素晴らしい

とはいえ、広範囲に分布する近縁種間や同一種内の亜種レベルの関係は、きわめて複雑に入り組んでいますし、また種や亜種の定義は、前述したように研究者の胸三寸に委ねられる部分もあります。「ニホンカワウソなのか、ユーラシアカワウソなのか」「在来分布種なのか、移入種なのか」といった議論がなされたからといって、その生物の「価値」が上がったり下がったりするわけではありません。

No image

Photo by iStock

佐渡からトキが姿を消した際には、中国の秦嶺から日本に個体を移入して「復活」を遂げました。鳥の場合は他の多くの生物と異なり、飛んで移動することを含めて「分布」の概念が成り立っているので、「在来種」という定義をあまり厳密に考える必要はないと思うのですが、わざわざ他から移入するというのは、個人的にはあまり望ましいこととは思えません。トキが姿を消したのは人間の責任なのですから。

しかし、移入によるトキの復活自体には(生物学的に)特に大きな意味がないとしても、日本でトキが棲めるような自然環境を取り戻すことには、非常に大きな意義があるでしょう。

対馬の河川も、訪れたことのある人なら分かると思いますが、素晴らしい環境が保たれています。「対馬にカワウソが棲息している」という事実だけでも素晴らしいことだと思います。それがニホンカワウソであろうがユーラシアカワウソであろうが、よしんば朝鮮半島からのごく最近の移入個体であろうが、「カワウソが棲める環境が対馬にはある」ということだけでも、誇るべきことだと思うのです。

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

コラム総合カテゴリの人気記事

グノシーで話題の記事を読もう!
【悲報】9月23日の人類滅亡がほぼ確定! 惑星の配置が黙示録の記述を完全再現していることが判明!
名医たちが実名で明かす「私が患者なら受けたくない手術」
漫画喫茶でセックスした時に起きた珍事件6つ 使用済みゴムを...!
知ってた!?「九九の9の段」に隠された驚くべき秘密
  • このエントリーをはてなブックマークに追加