退職前のサラリーマンを襲う「役職定年」実はこんなに怖い

退職前のサラリーマンを襲う「役職定年」実はこんなに怖い

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/09/13
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こんなはずじゃなかった――。ゴールを目前に控えて訪れる「屈辱の日」。権力と権威を奪われ、年下の上司の顔色を窺う生活。今から準備しなければ、会社員人生の最後の数年が「針のむしろ」になる。

もっと出世するはずだった

自分は大企業の管理職だったのだ。役職定年になって管理職を退いても、社内、社外問わず、有益な人材として引く手あまたのはずだ――。

そう思うのは多くの場合、勘違いだ。パナソニックOBが言う。

「うちは55歳前後で役職定年となり、役職定年者にはネクストステージパートナー制度という再就職先を斡旋する制度が用意されています。これは人材派遣会社を経由して、再就職先を探すというもの。

しかし、4社も5社も再就職試験を受けては落ち、1年が過ぎることも少なくない。その場合は、会社に頼み込んでどこかに配属して残してもらうんですが、これはみじめですよ。

周りの部員は経緯を知っていますからね。元管理職であろうとも、ダメ社員のレッテルを貼られ、まったく相手にしてもらえません。結局、パナソニックの課長をしてきただけでは、世間ではまったく通用しないと思い知らされるんです」

一定の年齢になると、能力にかかわらず、自動的に管理職の職務を解かれる――これが役職定年だ。各社によって制度は様々だが、一般に「53歳までに課長以上にならない場合」、その次は「57歳までに部長以上にならない場合」に管理職から降格されることが多い。

会社側は「これまでのキャリアを活かして、今後も頑張ってくれ」と耳触りのいい言葉を言うが、実際は部下もおらず、満足な仕事ができないケースがほとんどだ。

これまでのキャリアと畑違いの部署に飛ばされることもよくある話。役職定年は、大企業の約5割で導入されているが、多くのサラリーマンがその現実に向き合っていない。

自分はもっと出世するに違いない。部課長で終わるはずがない。そんな思い込みが、不都合な現実から目を背けさせる。

富士通グループでは彼らの処遇に頭を悩ませている。現在はグループ会社に転籍している本社の元部長がこう話す。

「一昔前ならば、役職離任(富士通では役職定年をこう呼ぶ)した社員が、とくに何の仕事もせずに同じ部署にそのまま残っても大して気にもしていませんでした。

しかし、現在は役職離任者の人数が増えて、部署の仕事の邪魔になっています。元管理職の年上社員に現場の社員は遠慮する。一方で、役職離任者は何かと現場に口を出してくる。お互いが部署内でギクシャクする環境ができてしまっているのです。

そこで数年前から富士通では役職離任者ばかりを集める子会社を設立しました。役職離任者を、まずは別会社に移すんです。要するに口減らしですね。役職離任者の仕事はこの子会社から提供されますが、これまでのキャリアを活かせる仕事はそう多くない。

ひどいケースでは、富士通のグループ会社が手がける工事現場の交通整理の仕事が斡旋されてきたこともあるそうです」

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役職定年の目的は、限りあるポストを社内でスムーズに回していくことにある。中高年専門ライフデザインアドバイザーの木村勝氏が言う。

「大企業は、毎年大量の新入社員を採用するところが多く、どんどんポストを回していかないと、組織がうまく機能しません。

また、役職定年によって世代交代を行うことで、組織や人材の硬直化を防ぐ目的もあります。ポストの数は限られており、同じ人がずっとその地位に居続けると、下の人が昇進できなくなってしまいますから」

現在、企業は人手不足で、役職定年を見直して、シニア人材の積極的な活用に舵を切っている会社もある。しかし、これで中年管理職が安泰かと言うと、そうではない。

誰も言うことを聞かない

今後、役職定年はさらなる問題になると、木村氏は指摘する。

「今年、バブル世代が48~52歳になり、まさに管理職世代になっています。そして、その下には人口の多い団塊ジュニア世代(43~46歳)が控えている。団塊ジュニアが上がってくると、かつてのようにポスト不足になることが予想されます。

以前は役職定年の前後で、関連会社に出向、あるいは転籍するケースが多かった。ところが、現在は関連会社にも余裕がなくなっています。本社から『天下り』のような人材を受け入れることを敬遠しがちです。

そうなると、役職定年を迎えてモチベーションが低くなっているシニア社員が社内で目につくようになり、若手社員に不満が溜まりやすくなる。今後、バブル世代が役職定年を迎えると、その傾向はさらに加速するでしょう」

ある電子機器メーカーの元販売部長(60歳)はこう嘆く。

「入社以来、営業一筋で、52歳で販売部長に出世しました。自分で言うのもなんですが、同期では出世頭と自負していました。取締役は間違いないと思っていましたし、周囲もそう見ていたはずです。

その歯車が狂い出したのが、3年前。以前からかわいがってくれていた役員が派閥争いに敗れてからです。

私自身、仕事上のミスをしたわけではないし、求められる目標もクリアしてきた。しかし、現主流派としては、私も目障りな存在だったのでしょう。57歳で部長以上に上がれなければ、役職を解く『役職定年』の制度を建て前に、上層部から排除されました」

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元販売部長は、お客様相談センターの次長に異動になった。しかし――、

「次長といっても、部下がいるわけでもないし、コールセンターのオペレーターがお客様とトラブルになったときにアドバイスをする程度で、これといった仕事もない。

日がな一日、新聞や雑誌を眺めて過ごしているだけです。困るのは昔の癖が抜けないこと。気になる記事があったら、つい『誰かこれのコピーを取ってくれないか』と言ってしまう。

部長だった時なら、すぐに誰かが飛んできてくれたのですが、今は誰も立ち上がりません。『このジジイ、役職定年で飛ばされたくせに、何様のつもりだ』などと思われているのでしょう」

もうゴルフにも行けない

また、大手化学メーカーの元営業部長(60歳)は、役職定年の制度自体に納得していない。

「役職定年の壁を突破できるのは、同期の中で1割にも満たないことはわかってはいました。とはいえ、昨日まで部長と呼ばれていたのが、◯◯さん、と名前で呼ばれる。

それもかつての部下からそう呼ばれるのは屈辱です。出世競争に敗れて左遷されるとか、成績を出せずに降格されるのなら、納得はできます。しかし、役職定年は、年齢だけで役職を奪い取る制度。これが釈然としない。

役職定年になって年収は35%ほど下がりました。小遣いも半分に減らされた。これまでは昼食を近所のレストランで取っていたのですが、女房と相談して、弁当を持って行くことにしました。それを見た女子社員がクスクスと笑っていたときの屈辱は忘れられません」

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まさに今年、役職定年を迎える、バブル世代の大手電機メーカーの現役担当部長(53歳)にも話を聞いた。

「課長から担当部長は53歳、統括部長は55歳、部門長は57歳で役職定年を迎えます。なので、私は来年度の4月から別の役職になるでしょう。

私が部長だった時、役職定年になった50代の元課長2名が部署に入ってきたことがありました。この人たちが使いにくかったんですよ。モチベーションが続かないし、プライドも高いので、部署内で軋轢も起きていた。年下の上司である新任課長に対して、自分のほうが能力があるとマウンティングをしたり、公然と課長を批判したり。

そりゃ、年下の上司より、自分のほうが仕事ができるという気持ちはわかります。役職定年は年齢に沿った仕組みで、若いから優秀とも限りませんから。一方で役職定年は若い人が役職に就くチャンスでもある。それを支えてあげるのが、先輩の役割でしょう」

結局、この担当部長は二人を呼び出し、「あなた方はこの部署に合わない」と言い渡したという。結局、一人は異動し、もう一人は転職をした。

「立場上、私は役職定年者の気持ちも、新任課長の気持ちも両方ともわかるんです。

ただ、それが自分自身の身に起こるとどうなるのか、それがわからない。いざ、私も年下の上司に仕えたら、私がかつて追い出した役職定年者と同じような振る舞いをしてしまうかもしれません。達観して年下の部下を支えられるか、不安な部分があります」

かつて部下にした仕打ちがそのまま自分に返ってくる。これもまた役職定年者を待ち構える試練である。中堅電機メーカーの元営業所長(59歳)は、かつて「鬼所長」と呼ばれていた。

「私はこれまで、一貫して営業畑でしたが、部下に対してはかなり厳しく接していました。私が若い頃の上司もそうでしたし、それが当たり前と思っていた。

本社での会議を終えて支店に戻り、部下に会議の内容を説明する際、気に食わない部下に対して『君は参加しなくていい。それより契約を取ってこい』と追い返したこともありました。

今回、役職定年を迎え、同じ支店の次長になりました。次長と言っても部下はいません。それだけでも屈辱なのですが、なんと今の支店長が、当時、私が厳しくあたった部下なのです。

当然のように、かつて私がやったことを、そのままやり返されました。支店の営業方針を決定する会議の時、私も会議室に行ったら、『いや、◯◯さんは結構です。自分の仕事をしてください』と締め出された。

ドアの向こうではどっと笑い声が上がりました。自業自得といえばそれまでですが、娘が結婚するまではなんとか会社にしがみつこうと思います」

会社で居場所がなくなったことを、家族に説明するのも辛い。大手食品メーカーの元部長(62歳)がこんな経験を明かす。

「私が以前、役職定年を言い渡されて困ったのが、家族への説明です。私自身、役職定年を理解していなかったのは、自分が対象になるとは夢にも思っていなかったから。最初、部長を外されることになったと妻に告げたときは、『会社のおカネでも使い込んだの?』と心配されたほどです。

私の趣味はゴルフでしたが、給料が減ったため、妻からは小遣いを半分にされ、そんな余裕はなくなりました。さすがにプライドがあり、外部に部長を外されたからとはいえなかったので、毎週、断る言い訳を考えるのに疲れましたね」

プライドを捨てられるか

もちろん、役職定年になったすべての人が不幸になるわけではない。むしろ、そこで無駄なプライドを捨てて、新たなモチベーションを発見することで、人生を再出発できるいい機会と考えることもできる。

人材育成支援会社、人財プロマッシー代表の増島和彦氏は、日産自動車でキャリアを積んだ後、人材育成のプロとして独立した。増島氏が語る。

「私は'74年に入社し、海外畑を中心に働いてきましたが、'99年にカルロス・ゴーンが登場し、仕事や組織も抜本的に見直されました。51歳の時に当時のフランス人役員から『日産の外でキャリア開発をしたほうがいい』と引導を渡されました。

ラッキーだったのは、人事担当役員が私に興味を持ってくれ、社内異動できたことです。日産の部長の役職定年は55歳で、私もその時点でラインを外れましたが、新たに人材開発部シニアインストラクターとして再スタートを切りました。

もちろん、普通の管理職と比べると収入は低くなります。でも、せっかく人事部門に席を移した以上、人材育成のプロになりたいとコーチング関係の資格も取得しました。結局、62歳まで日産に勤め、現在はノウハウを活かして独立・起業しています」

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Photo by GettyImages カルロス・ゴーン

そして、増島氏はこう続ける。

「組織の新陳代謝を促すために、役職定年自体は悪い制度ではないと思います。ただ、制度の運用の仕方に問題がある。

私のように役職定年をポジティブな転換点として捉える人は少ないと思うんです。だから、会社側が役職定年者に対して、もっと積極的に働きかけていかないといけない。

企業は原則的に65歳まで雇用する義務があります。そうなると、役職定年してから会社人生は約10年もある。

その間、愚痴をこぼしながらネガティブに生きていくより、自分の強みを見つけてそれを活かしたほうがいい。長い間働いてきたのですから、絶対に何らかの強みはあるはずです」

役職定年の日を漫然と待つか、それとも動き出すか。それが人生の終盤戦を大きく左右する。

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