全国のストリップ劇場に影響力を持った男の光と影

全国のストリップ劇場に影響力を持った男の光と影

  • JBpress
  • 更新日:2018/01/13
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大学受験に落ちて、仙台にある予備校に通っていた頃のこと。もう20年以上も前の話だ。

地元にある予備校は評判がいまいちで、その年の不合格が確定した日の夜に、東北の主要都市である仙台の大手予備校に通いたいと両親の前で土下座した。部活にあけくれた高校時代には、勉強をした記憶がほとんどなく、テストではよく赤点を取っていた。それでも大学には通いたかった。何かがしたかったわけではない。むしろ何もしたくなかったからだ。

ただ、何もしない時間を手にするためには、受験という障壁があった。英語の5文型すらあやふやだったから、その壁は高くそびえたっていた。予備校への「進学」を高校の担任に伝えに行くと、心を入れ替えて勉強に没頭しなければ合格は難しいだろうという。虫けらを見るような蔑みの目を向けられたように感じた。

半分はその言葉に奮起して、もう半分は両親への申し訳なさから、仙台の長町にある予備校の寮に入り、生まれて初めて根を詰めて勉強をした。春先に行われた模試で予備校内のトップを取って、「オレはやればできるのだ」とさらなる時間を費やして机に向かった。だが、なにせ勉強し慣れていないものだから、ペースが分からずに飛ばしすぎ、精神的な不安定さも手伝ってある時、不整脈を発症した。それを知ったおふくろが郷里から飛んできたが、医者に見せるときに限って脈は平常運転に終始し、「原因はストレス」の一言で片づけられた。

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異様な存在感を放つ“それ”

そのこともあり、無理は体に毒だからと、レースの序盤からしごいていた手綱を緩めると、後続の追い上げにあって成績は緩やかな下降線を辿った。そうなるといい意味での緊張は持続しない。勉強以外のことに興味が向くのに時間はかからなかった。寮と予備校との往復だった生活から、活動範囲を少しずつ広げ、周辺をひとり自転車で散策し始める。そして僕はほどなくして、それを発見した。寮のすぐ近くの、ガード下の脇で異様な存在感を放っていた、それ。

「長町デラックス劇場」

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ストリップの帝王』(八木澤高明、KADOKAWA)

記憶のなかにあるそのピンク色の建物を思い出しながら、僕はこの『ストリップの帝王』(八木澤高明、KADOKAWA)を手に取った。「長町デラックス劇場」とは、いわゆるストリップ劇場である。当時「浪人生」で、社会的には「無職」にカテゴライズされる自分には、肩身の狭さから入場するという選択肢はなかった。ただ、いつも閉まっているように見えるその店の前を、たまに通る時だけは横目でじっくりと観察しながら通り過ぎた。若い僕にとって、得体のしれないその店に対する興味は尽きることがなかった。

夏のある日、寮のとなり部屋の住人が何を血迷ったのか「オレはデラックスになる」と宣言した。マツコデラックスが、まだ世に出ていなかった時分の話である。デラックスになるという言い回しは、高校生だったら「スクールカースト」の上位に位置すると思われる、寮のイケてる者たちの集団が使いだした造語だ。東北の各県から仙台へとやってきた、大半が田舎者の我々だったが、感度の高い、集団の上位に位置する彼らは、早々に「長町デラックス劇場」に目をつけており、なかにはすでにデラックスデビューした者もいたらしい。隣人は、その体験談をたっぷりと聞いたという。

予備校の寮にはもちろん門限があり、夜にしか開いていないであろう「長町デラックス劇場」へと入場するためには、門限やぶりが必須である。親の脛をかじって、大学生という身分を手に入れるために、粉骨する日々を過ごさせてもらっている、まだ何者にもなれていない我々がデラックスになどなれるはずもないのだが、そう忠告しても、隣人は聞く耳を持たなかった。逆に、思春期も過ぎ、大人への階段を登り終えるかどうかという健康な男子にとって、勉学よりも大切な何かはきっとあるのだと、隣人は僕に向かって説いた。

諜報部員の報告に残った謎

その不毛なやり取りがバカバカしくなった私は、悩める主人公の背中を押すチームメイトのように、さわやかな笑顔を浮かべて「行ってこい」と言った。それは本当の意味での応援などではなく、同じ学力を有するであろう受験のライバルを一人でも蹴落とすという打算と、デラックスになった彼からもたらされるあの建物の中身の情報を聴きたいという欲望との、2つの意味合いから出た言葉だった。目立たない場所の窓のカギを開けておくことを約束し、決行日を聞いた。予備校の友人付き合いなど、一過性のものだと考えていた僕は、彼を使い捨ての諜報部員として利用しようとしたわけである。

その戦果はほどなくもたらされた。外観どおりに建物のなかは狭く、汚かったというが、外国人の女性の裸をじゅうぶんに堪能できて満足だったという。続けて、ストリップショーが終了すると、想像もつかないことが始まったと隣人は語った。「個室」というキーワードを意味ありげに発した後、ニヤニヤ顔で黙して語らない彼に、「個室とは何か」と問い詰めても、ついぞ口を割ることはなかった。それは実際に自分で行って、確かめろということらしい。謎が残った。しかし、覚えなければならないことは膨大にあり、いつの間にか記憶の片隅へと追いやられた。

翌春、僕は第一志望には合格しなかったが、二番目のサクラは咲いた。隣人は、志望校すべてを不合格となって二浪が決定したかと思いきや、H大学になんとか補欠でひっかかったと退寮後に噂で聞いた。それは彼の志望校だった。

ストリップショーの後に行われたという「何か」。20年来の謎の答えを、僕はこの『ストリップの帝王』を読むことにより知った。

銀行マンからの転身

「ストリップの帝王」とよばれた男にスポットをあてたルポルタージュである本書は、「昭和の影の部分」をつまびらかにした良書である。ストリップは、江戸時代に出雲阿国が始めた「遊女歌舞伎」が原型だと言われている。そのストリップが全国に広まっていった昭和の時代。ヤクザと大立ち回りを演じ、警察の全国指名手配から逃げ、全国のストリップ劇場に影響力を持った男・瀧口義弘。彼はヤクザ者かと思いきや元銀行マンという顔を持つ。

ヤクザの「あがり」の要求を毅然と突っぱねながら、持ちつ持たれつの良好な関係を維持し、ピーク時の月収は1億8000万円もあったという。途方もない月収であるが、彼は金に執着がなく、そのほとんどを大好きなギャンブルに湯水のごとく費やす。

彼がストリップ業界に入るきっかけは、姉からもたらされた。男勝りな性格で、甥や姪から「オジン」と呼ばれた姉は、「桐かおる」という超一流のストリッパーだった。親分肌の姉に逆らうという選択肢をもたなかった瀧口はある日、職場にかかってきた1本の電話によって運命を変えられることになる。

「劇場の経理をやれ」

有無を言わさぬ姉の一言によって、長年勤めた銀行をあっさりと辞めた瀧口は、その後ストリップ業界においてなくてはならない存在となっていく。高卒という理由だけで出世の先が見えていた銀行よりも、何があるか分からないストリップ業界のほうが肌に合っていたのだろう。瀧口には迷いがない。こうあるべしと思ったことを、次々と形にしていく。確信を持って「法」の外側で生きていると考えている彼に、タブーは数えるぐらいしかない。

業界の衰退は止められない

読みどころは、そんな有能な彼でもストリップ界の凋落を止められなかったという事実だ。昭和の時代、ストリップ劇場は、米軍基地や駐屯地があった場所の近くで発展し、隆盛を極め、そして激減してしまった。前述した「長町デラックス劇場」も今はもうなくなってしまったという。時代によって求められ、過当競争によって淘汰され、規制の流れの中でひっそりと幕を閉じていく。すべてのものが、そのサイクルから逃れることはできない虚しさ。それはつまり、働く人々が一人、また一人と業界を去っていくことでもある。残された「帝王」は、著者に向かって過去の栄光を淡々と語る。

本書の後半に描かれる瀧口の晩年の日々は、華やかさとは縁遠いものだ。現代の日本において何かしらの職業に就く人は、少なからず自分の業界や人生に重ねて読んでしまうだろう。栄枯盛衰。盛者必衰。右肩が下がった日本という国。

成功者と、それ以外の人との間にどれほどの差異があるだろうか。他者からの評価を自分の人生に組み込むバカらしさ。それは自分を生きるという、人生の本質から離れる行為だ。絶対的な価値基準をもつ者の人生を知ることが、明日の自分へ新たなる活力をもたらしてくれる。本書を読むことで手に入れられる未来が、きっとあるだろう。

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