「座間9遺体事件」マスコミはまだ凶悪犯罪をアニメのせいにする気か

「座間9遺体事件」マスコミはまだ凶悪犯罪をアニメのせいにする気か

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/11/14
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事件から2週間が経って…

座間事件発覚から2週間が過ぎたいま、被害者の身元がすべて明らかになった。そして、それまで「女性8人、男性1人」と普通名詞でしか報じられることのなかった被害者が、固有名詞に変わった。

当然のことではあるが、被害者1人ひとりには、名前があり、顔があって、家族や友人がいて、仕事をしたり、学校に通ったりしており、それぞれの人生を歩んでいたことが、具体的に伝えられた。

あらためてこの事件が、かけがえのない人々の人生を無残にも断ち切った憎むべきものであることが、リアルに胸に迫ってくる。

一方、容疑者は依然として、事件の核心については供述をしていないようである。また、一見自分に不利だと思われることをペラペラと話したかと思うと、前言を翻したり、「よく覚えていない」とあいまいな供述に終始したりしている。

しかし、われわれが事件のさまざまな情報を得るのは、メディアを通してである。この事件は前代未聞の特異な事件であるゆえに、メディアが事件をどう扱い、どう伝えているかということもまた、われわれは注視すべきであろう。

著名人たちの失言・暴言の数々

自民党政調会長代理の山本一太議員が、出演したテレビ番組で、座間事件に対して、次のように発言した。

「最近はこうした猟奇的なストーリーのアニメ等々もありますから、そうしたものに影響を受けている感じがしますよね。ネットで規制するというのは大変ですが、こうした人たちの行動を監視して、こういう犯罪を未然に防ぐ方法があるのか、なかなか難しいけれど、真剣に考えないといけないと思います」

この発言は、大きな批判を受け、直後に本人は全面的に非を認め、謝罪した。

さらに、その後の報道で、容疑者はアニメファンだということが報道されたが、だからといって、アニメの影響かどうかは、わからない。立場のある人が、アニメの影響を直観や印象で語るのは、やはり軽率だと言わざるをえない。

それより前、別の番組では、あるタレントが、「こういう猟奇的殺人は、引きこもっているような人がやるのだったらわかるが、売春斡旋のようなことをする人がやるのはなかなかないケースだと思った」という趣旨の発言をし、これまた大きな批判を集めた。

私も事件の直後には、いくつかの番組に出演したが、その中でも批判の的になるような発言があった。

例えば、ある番組では、コメンテーターのタレントが「両親が離婚し、裏切られた気持ちを抱いたことが事件につながったのではないか」と発言した。

それに対して、別の出演者が「私も両親が離婚しているが、離婚が原因で子どもが変なふうに育ったと言われるのはつらい。家庭環境だけが原因ではない」という趣旨の発言をした。

その発言を受ける形で、私は、「離婚や家庭の事情のせいにするには、この事件は質が違いすぎる。個々のケースをきちんと分析すべきで、親が離婚したとしても、頑張っている人はたくさんいる」と述べた。

また、別の番組では、ある演歌歌手が「こんなやつの心理状態を考える必要はない。そういうことを考えずに、やることをちゃんとやってもらいたい」と述べ、さらに「どういう理由があるにしろ殺してるわけで、容疑もなにも、全部やってるわけだから、間違いないでしょう」とまくしたてた。これら一連の発言に対してもネット上では、相当な批判が寄せられた。

この誰が聞いても呆れる暴論に対し、いちいち反論するのも馬鹿らしく、私はスルーを決め込んだが、横にいた別の専門家はすかさず「背景をきちんと分析しなければ、事件の解明はできないし、対策にもつながらない」と反論し、アナウンサーも「容疑はまだ死体遺棄です」と釘を刺したのを見て、責任感あるその態度に感心した。

「わからない」のが当たり前なのに…

しかし、いつも不思議に思うのは、政治や経済、国際問題や医療問題など、さまざまな専門的なトピックについては、その分野の専門家が解説し、コメンテーターはそれを聞いて感想や意見を言うのが普通であるのに、犯罪の問題になると、なぜか誰もがみな「にわか専門家」になる。

タレントや歌手が、「自説」を自信たっぷりに開陳し、事件や容疑者を分析してみせる。その結果、今紹介したような、偏見に満ちた意見が跋扈し、珍説のオンパレード状態になる。

実際、アニメやビデオなどが、猟奇事件の「原因」となることはない。これは数多くの研究ではっきりしている。

犯罪に対してメディアの影響は限定的で、元々そうした傾向を有していた者に対し、犯行にヒントを与えたり、引き金になったりする場合はあるが、犯罪そのものの原因となることはまず考えられない。

もしアニメが猟奇犯罪の温床であれば、世の中は猟奇殺人者であふれ返って、人類が滅亡するような事態になっているだろう。

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〔PHOTO〕iStock

両親の離婚が犯罪に影響するかどうかについては、先述のとおりで、ほとんどの場合は非行や犯罪には影響しない。離婚したかどうかではなく、重要なことは「家族関係の質」である。

両親がそろっていても、両親に犯罪傾向や粗暴傾向があったり、子どもの素行に無関心で監督不足であったりすると、それは子どもの非行・犯罪に大きな影響を与える。

一方、親が離婚しても、愛情をたくさん受けて育った子どもはたくさんいるわけであり、非行や犯罪とは無縁の生活を送っている。

先ほどの番組の最後に私が強調したのは、事件に対して安易な分析をすることのあやうさである。このような不可解な事件が起きると、われわれは誰しも不安を抱き、なんとか辻褄をつけて「理解」することで、不安を鎮めようとする。

しかし、このような前代未聞の事件は、そう簡単に「わからない」のが当たり前なのだ。安易な分析をして、理解したような気分になることは、慎むべきである。そのような分析は、往々にして間違っているからだ。

弊害だらけの自称「専門家」

テレビにはまた、いつものようにと言うべきか、自称「専門家」もたくさん出演し、自信たっぷりにトンチンカンなことを述べていた。これは、害の垂れ流しでしかない。

例えば、ある番組では、男女関係やDV、コミュニケーションに詳しいという自称「心理カウンセラー」が登場して、容疑者が被害者女性を引きつけた「テクニック」について解説したが、天晴なくらい的外れであった。

容疑者について「女性を受け入れる受容と共感がすごくできるタイプ」であると評し、まるでカウンセリング・テクニックを駆使して被害者を唆したかのように解説していた。

しかし、容疑者には共感性の欠片もないことは、事件の態様をみれば明らかであり、前回の記事で私が分析したとおり、彼はサイコパスである疑いがきわめて大きい(「犯罪心理学者が読み解く、座間9遺体遺棄事件『最大のナゾ』」)。

だとすると、彼が共感を見せたとしても、それはうわべだけの薄っぺらい演技にすぎない。この自称「心理カウンセラー」も、まんまと容疑者に騙されていたことになる。

以前も「自称カウンセラー」の弊害について論じたが(「女子中学生を『買春』子どもを食い物にする自称カウンセラーが増殖中」)、世の中には、何の資格もなく「心理カウンセラー」を名乗って、実際にカウンセリングをしたり、影響の大きいメディアで珍説を開陳したりする者が大勢いる。

これに対して、社会やメディアは、厳格に歯止めをかけるべきである。このような似非専門家を使うメディア側のモラル、責任感が問われる問題である。

多くの人が関心を持つ大きな事件であるだけに、興味本位で話さえ面白ければよいという態度は、そのときには視聴率は稼げるかもしれないが、長い目で見ると、メディアとしての自殺行為である。

もう1つテレビでの珍説の例を挙げると、ある犯罪心理の「専門家」によれば、容疑者が被害者の頭部を手つかずの状態で取っておいたのは、自分の顔のコンプレックスを打ち消すような意味があるのだという。送検時に両手で顔を隠していたことも、自分の顔へのコンプレックスの表れだという。

よくも何の根拠もなく、想像でこれだけのことを言えると感心する。自分が世界の中心であるのがサイコパスの特徴であり、コンプレックスとは無縁の人種である。頭部を取っておくことが、なぜコンプレックスを打ち消すことになるのかも、まったく意味不明である。

自分の顔を隠したのは、コンプレックスゆえではなく、尊大な自意識を保ちたかったからだというほうが、まだ推理としては筋が通る。眼鏡のレンズが手の脂で汚れることさえ気にしている彼であるから、何よりも自分のことが一番大事なのである。

犯罪に関する「7つの神話」

かつて私は、著書のなかで、犯罪に関する「7つの神話」を挙げ、それが間違いであることをデータとエビデンスを元に説明した。その神話とは、以下のとおりである。

・少年事件の凶悪化が進んでいる。
・日本の治安は悪化している。
・性犯罪の再犯率は高い。
・厳罰化は犯罪の抑制に効果がある。
・貧困や精神障害は犯罪の原因である。
・虐待をされた子供は非行に走りやすい。
・薬物がやめられないのは、意志が弱いからだ。

これらは、みな間違いであるにもかかわらず、いまだに広く信じられている。逆に言えば、われわれが直観的に正しいと思うことは、往々にして間違っているということである。

したがって、われわれは、謙虚に「人間というものは、間違いやすいものである」という事実を認め、データやエビデンスに基づき、科学的な方法に頼って、少しでも間違いの可能性を低くするように努めなければならない。

そして、そこに「専門家」の存在意義がある。もちろん、データや科学も万全ではない。しかし、直観や思い込みよりは、「まし」である。

「にわか専門家」や「似非専門家」は、こうしたデータや科学の対極にいる者たちである。感情や直観を頼りにして、あたかも推理小説を読んでいるような気軽さで、実際の事件を安易に分析する。

したがって、その分析はたいていの場合、上で例を挙げたとおり、間違っている。

しかし、「にわか専門家」より、「似非専門家」のほうが、本当は専門家ではないのに、「専門家」を名乗っている分、質が悪い。

タレントの犯罪分析は、皆聞き流すだろうし、ネットでもたちまち批判を受けるが、「似非専門家」に対しては、「似非である」と気づかれることすらまれであるし、視聴者はそれを信じてしまう。

犯罪関連の学会にも属しておらず、論文の1本も書いていないような人を、メディアは「専門家」と呼んで引っ張り出してはいけない。「心理カウンセラー」などというわけのわからない肩書の者を、メンタルヘルスの専門家扱いするべきではない。

今後われわれがなすべきことは

今回の事件直後の報道は、どのメディアでも一定の歯止めをかけており、ある程度は抑制的であったとは思う。

しかし、被害者が明らかになった直後に、例によって卒業文集を曝してみせた番組があったし、先述のように容疑者の騙しの「テクニック」を面白半分のように描く番組もあった。

このように、時間が経つにつれて、最初の抑制が徐々に解けてきたようにも思える。

一方で、テレビでは番組によっては、「サイコパス」という用語を使わないでくれと言われることがあった。

確かに「サイコパス」という言葉は、センセーショナルに聞こえるかもしれないが、れっきとした学術用語であり、きちんと定義して用いれば、いたずらに事件を煽情的にあおる用語というわけではない。

過剰な事なかれ主義によって学術用語にすら「言葉狩り」をすることは、果たして正しい態度であると言えるだろうか。

日ごろから過激な言動の多いネット上では、この事件についても、匿名をいいことに言いたい放題の様相が見られたが、その一方で、既に述べたように、むしろテレビの報道に対する健全な批判も多く見られた。

メディアの暴走や偏りを監視するのは、何より視聴者をおいてほかにない。前代未聞の猟奇的事件について、メディアはどのように報じ、どのような態度を取るのか、われわれは今後も注視していく必要があるだろう。

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