松沢隆司氏死去 鹿児島実高サッカー部元総監督 九州高校サッカー界の名伯楽 教え子に前園、城、遠藤兄弟ら

松沢隆司氏死去 鹿児島実高サッカー部元総監督 九州高校サッカー界の名伯楽 教え子に前園、城、遠藤兄弟ら

  • 西日本スポーツ
  • 更新日:2017/08/13
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松沢氏の通夜を訪れたJ3鹿児島の三浦監督J3鹿児島の赤尾主将J2福岡の岩下斎場に展示された松沢氏の思い出の品々2004年度の高校サッカー選手権で、試合を終え、鹿児島実・松沢総監督(背中)を笑顔で迎える国見・小嶺総監督1991年度城彰二1995年度平瀬智行1999年度松井大輔

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■76歳、多臓器不全

高校サッカーで鹿児島実高を3度の全国制覇に導き、多くの名選手を育てた松沢隆司(まつざわ・たかし、本名松沢隆)氏が11日午後6時55分、多臓器不全のため鹿児島市の病院で死去した。76歳だった。鹿児島市出身。自宅は鹿児島市明和3の7の18。葬儀・告別式は13日正午から、鹿児島市原良1の1の1、玉泉院中央会館で。喪主は妻和子(かずこ)さん。1966年にサッカー部監督に就任した同高で全国高校選手権を2度制し、全日本ユース選手権でも優勝するなど、九州のサッカー界発展に大きく貢献した。

■半世紀近く指導

半世紀近くも鹿児島実を指導し、全国屈指の強豪に育て上げた名伯楽が逝った。全国高校選手権は監督だった1995年度、総監督の2004年度に優勝。決勝で国見(長崎)と死闘を演じた90年度など3度の準優勝もあり、96年は全日本ユース選手権も制した。

鹿児島商でプレーした後、66年に鹿児島実のサッカー部監督に就任。78年度に全国高校選手権に初出場した。同選手権を6度制した国見を率いた小嶺忠敏氏(現長崎総合科学大付監督)らと競い合いながら、80年代中盤から九州に高校サッカーの王国を築いた。

情熱的な指導で、技術とともにフィジカルにもたけた選手を育成。14年2月の本紙の取材に「肉体的な強さは精神的な強さに通じる」と話している。その一方でブラジル人のコーチを招き、選手をブラジルに短期留学させるなど、海外にも目を向けた指導を行った。

教え子は国内外で活躍し、ワールドカップ(W杯)に3大会連続出場した遠藤保仁(J1G大阪)、前園真聖氏、城彰二氏、松井大輔(ポーランド2部リーグ)、岩下敬輔(J2アビスパ福岡)らが日本代表でプレー。J2大分トリニータの片野坂知宏監督ら多くが指導者としても実績を残している。

■選手権2度制覇

99年に不整脈で約12時間にも及ぶ大手術を受けながらも指導を続け、2度目の心臓手術を受けた11年に総監督を退任。「一番うれしかったのは、13年に埼玉スタジアムであったアジア最終予選でブラジルW杯出場を決めた試合に、遠藤が自分たち夫婦を招待してくれたこと」と語っている。

指導者として「教え子がワールドカップに出場するのは幸せ」と常々話していた。14年に設立され、15年にJ3昇格を果たした鹿児島ユナイテッドにも折に触れてアドバイスを送るなど、サッカーへの情熱は最後まで衰えなかった。 (松田達也、向吉三郎)

■三浦ヤス監督「魂」を継承へ 通夜に1000人

12日に鹿児島市内であった通夜には教え子やサッカー関係者ら約1000人が参列した。鹿児島実高の2004年度の全国高校選手権優勝に貢献したJ3鹿児島の赤尾公主将は「負けることが誰よりも嫌いだった。先生はJ3では満足していない」とJ2、J1昇格を霊前に誓った。

J3鹿児島を指揮する三浦泰年監督は「先生が残した諦めない気持ち、執念、心を大事にするという鹿児島のサッカーを、ユナイテッドで引き継いでいきます」と祭壇に手を合わせた。

福岡などで活躍した同高OBの久永辰徳氏は「先生には究極の自己犠牲を教わった。指導者として教え続けていきたい」と話した。斎場には全国高校選手権優勝時の写真やプロになった教え子との記念写真などが展示され、参列者は故人との思い出に浸っていた。 (末継智章)

◇      ◇

■小嶺監督「ライバルであり友」

「盟友」の訃報に、ともに九州の高校サッカー界を支えた名指導者も言葉を失った。長崎総合科学大付の小嶺監督は「ライバルであり、友でもあった」と故人をしのんだ。松沢氏は5学年上ながら島原商と国見(ともに長崎)で全国高校選手権を制した小嶺監督の指導法を学んで鹿児島実を全国屈指の強豪に育てた。「『九州は一つ』と意見を出し合って九州の高校を底上げした。まだ活躍できる年」と悔しがった。

東福岡の志波芳則総監督は一報を知らされると「うそ…」と絶句した後に「松沢さん、小嶺さんの背中を追いかけて、ここまでやってきた」とつぶやいた。10歳年上の松沢氏を慕い、鹿児島実に足を運んでの練習試合で胸を借りるなどして、1997年度の高校3冠につなげた。「練習試合では、うちの選手にもおにぎりをふるまってくれたり、(一時監督を離れた)苦しい時期には手紙をいただいたり、気遣いをしていただいた」と感謝した。

九州のレベルアップのため、同じ鹿児島県内のライバルにも助言を惜しまなかった松沢氏について、大迫勇也(ドイツ1部ケルン)を擁し、2008年度の全国高校選手権で準優勝した鹿児島城西の小久保悟監督は「優勝すると思った、と言っていただいた」と感謝の思いを口にした。

●J1G大阪・遠藤「長年サッカーに携わって、たくさんのJリーガーや社会で活躍されている方を育てられたことが先生の功績だと思います。特に遠藤家は代表のときなど、よく気にかけていただいたので、本当に感謝しています」

●J2大分・片野坂監督「先生との出会いがなかったら今の自分はない。サッカー人生の礎を築いていただきました。松沢先生から教えていただいたこと、不屈不撓(ふとう)の精神と感謝の気持ちを持ってこれからのサッカー人生に生かしていきたいと思います」

●J2福岡・岩下「先月、福岡の試合に来ていただいて、頑張れよと肩を強くたたかれたばかりで…。不屈不撓の精神と、己に勝て。この精神で僕はこれからも松沢隆司と一緒に戦っていきたいと思います。だから、さようならは言いません。ありがとう松沢先生」

●九州サッカー協会・山崎亨会長「私が鹿児島県サッカー協会の理事長、松沢先生が副理事長となってから、日本一を目指そうと手を取り合ってきた。松沢先生が残してくれた財産を胸に刻み、頑張っていきたい」

=2017/08/13付 西日本スポーツ=

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