プーチン・ロシアの勢力拡大戦略を支える「二重基準」 ポスト冷戦の世界史ーー激動の国際情勢を見通す

プーチン・ロシアの勢力拡大戦略を支える「二重基準」 ポスト冷戦の世界史ーー激動の国際情勢を見通す

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  • 更新日:2019/11/19
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勢力圏という言葉は、さほど珍しいものではない。新聞や書物を開けば、「米国は南米を勢力圏と捉えている」、「列強の勢力圏争い」といった表現に頻繁に遭遇する。

では、勢力圏とは何なのだろうか。ごく簡単に言えば、ある大国が周辺の国々に対して一方的な権力関係を行使しうるエリア、ということになろう。かつてのソ連であれば、「衛星国」と呼ばれた東欧社会主義国や、これよりもやや影響力は落ちるもののベトナムや北朝鮮といったアジアの社会主義国、そして中東のアラブ社会主義諸国が勢力圏に含まれていた。

1991年のソ連崩壊は、このような構図を大きく塗り替えた。東欧社会主義国は次々とNATOやEUに加盟してしまい、アジアや中東に対する影響力も大幅に失われた。ソ連の直接支配下にあったバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)、ベラルーシ、ウクライナ、モルドヴァ、南カフカス諸国、中央アジア諸国も独立国の地位を得て、約2200万平方キロに及んだ国土は約1700万平方キロまで縮小してしまった。つまり、モスクワから見た場合、ソ連崩壊とは勢力圏の大幅な後退であったということになる。

問題は、こうした「かつての勢力圏」の取り扱いである。ことにロシアが神経を尖(とが)らせてきたのは、旧ソ連欧州部に位置しながら、NATOにもEUにも加盟していない諸国─ベラルーシ、ウクライナ、モルドヴァ、アルメニア、アゼルバイジャン、グルジア(ジョージア)の6カ国であった。「狭間(はざま)の国々(In-Betweens)」と呼ばれるこれら諸国は、2000年代までにNATOとEUへの加盟を果たした東欧諸国やバルト三国と異なり、まだ「西側」に取り込まれたわけではない。ソ連崩壊後のロシアが目指してきたのは、これらの旧ソ連欧州諸国が受け入れがたい振る舞い(例えばNATO加盟)をすることを阻止し、勢力圏内にとどめることであったと言えよう。

モスクワで開かれたウクライナ領クリミア併合1周年記念行事で演説するプーチン大統領 (SASHA MORDOVETS/GETTYIMAGES)

しかし、「狭間の国々」の態度も一様ではない。ロシアとの関係を重視し、ロシア主導の軍事同意や経済同盟に加盟しているベラルーシやアルメニアのような国もあれば、最終的にはロシアの勢力圏を脱してNATOやEUへの加盟を目指すウクライナやジョージアのような国も存在する。ロシアにとっての焦点はもちろん後者であり、これらの国々がNATO、EU、米国等に接近しようとする度にあからさまな政治・経済上の圧力や、場合によっては軍事介入に訴えてきた。14年のウクライナ政変に際し、ロシアが現在まで続く軍事介入に踏み切ったことはその好例である。

独自の論理を読み解く3つの視点

興味深いのは、旧ソ連の「外」においては、ロシアの態度が大きく異なる点だ。昨今では「現状変更勢力」扱いされることが多いロシアだが、旧ソ連圏外の紛争ではむしろ戦後の国連中心秩序を守ろうとする振る舞いが目立つ。特に米国が国連安保理の承認を得ずに軍事力行使を行うことについて、むしろ米国こそが秩序を破壊している、とロシアは繰り返し強く非難してきた。例えば、1999年にNATOが行ったユーゴスラヴィア空爆はその代表例である。

冷戦後に唱えられるようになった「保護する責任(R2P)」論、つまり、ある国家が自国民を十分に保護できていない場合には国際社会が介入すべきであるという議論についても、内政干渉であって認められないというのがロシアの立場であった。

ところが、旧ソ連「内」ではロシアの振る舞いは180度逆転する。これまで見てきたように、NATO加盟のような一国の安全保障政策に公然と介入し、場合には軍隊まで送り込んできた。この二重基準は、ロシアの論理においてどのように正当化されているのだろうか。

第一に強調されるのは、エスニックな紐帯(ちゅうたい)である。2014年のウクライナ危機前後、ロシアでは「ルースキー・ミール(ロシア人世界)」という言葉が頻繁に叫ばれた。ソ連崩壊によって新たに出現した国境線の外にも、ロシア語を話し、正教を信じる人々が存在する。特にウクライナ人やベラルーシ人は人種・言語・文化など多くの点でロシア人と似通っており、「ほとんど我々」と呼ばれる。こうした人々が、ソ連崩壊という政治的な出来事によって「他者」になってしまったということが、ロシアの民族主義からはどうしても受け入れがたい。むしろ、ロシア人の分布こそが政治的まとまりの単位となるべきではないか、という考え方が「ルースキー・ミール」である。

第二に、「歴史的空間」という論理が持ち出される。つまり、旧ソ連諸国はロシア帝国時代からロシアの支配下にあったのであって、たとえソ連が崩壊したとしてもそこには何らかの影響が及ぼされなければならない、ということだ。この意味では、旧ソ連諸国は形式上、独立国でありながら、ロシア的世界観では半ば「国内」扱いされていると言えよう。

ロシアの論理を理解する上でのもう一つの重要な要素として、「力」を指摘しておきたい。より具体的に言えば、軍事力である。かつてのソ連が有していた共産主義の総本山という強力なソフトパワーは失われ、経済力についても韓国と同程度でしかないが、軍事力を背景とするパワーは依然強力である。

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(出所)筆者資料を基にウェッジ作成写真を拡大

世界第二位の戦略核戦力を持ち、通常戦力を含めて100万人もの兵力を擁するロシアに対し、それ以外の旧ソ連諸国で10万人以上の軍隊を保有している国はウクライナだけ(約20万人)であり、核保有国はロシア以外に存在しない。この力をもってすれば、ロシアは依然として旧ソ連域内において支配的な存在として振る舞うことができる。「力こそパワー」なのだ。

さらにロシア的世界観においては、力の有無は主権の有無とも密接に結びついて理解されてきた。たとえば17年、「ドイツは主権国家ではない」とプーチン大統領が述べたことはその一例であろう。ドイツは安全保障をNATOに依存しており、それゆえに同盟の盟主である米国によって主権を制限されているのだというのがプーチン大統領の説明である。同様の発言は近年、日本に対しても頻繁に向けられるようになった。「返還後の北方領土に米国が基地を置きたいと言い出したら日本は拒否できないだろう」という論理である。ラヴロフ外相などプーチン政権の高官も同様の発言を繰り返している。

他方、プーチン大統領は「世の中に本当の主権国家はそう多くない」と前置きした上で、インドと中国を「本当の主権国家」に数えた。ロシア的な世界観においては、経済力やソフトパワーはあまり重視されず、同盟に頼ることなく自らの力で安全保障を全うできる国だけが本当の意味で主権を持っている、と見なされるのである。この意味では、核兵器を保有して自らの対米抑止力を手に入れた北朝鮮は、ロシア的用語法でいうところの「本当の主権国家」になりつつあるのかもしれない。

ロシアと中国の奇妙な共存関係

ロシアの中国観についてもう少し言及しておこう。

一方においては、中国はロシアのパートナーと位置付けられる。衰退が止まらない極東部の振興を図る意味でも、経済制裁と原油安で苦しむ経済を立て直す意味でも、中国はもはやなくてはならない存在となっているためだ。すでに中国はドイツやオランダを凌(しの)ぐロシア最大の貿易相手国の地位を占め、昨年は中露の貿易高が初めて1000億ドルを突破した。また、欧米の制裁がロシアの基幹産業であるエネルギーを狙い撃ちにする中、中国はロシアのエネルギープロジェクトに資金を出してくれる貴重なパートナーでもある。

他方、中国の人口はロシアの10倍、GDPは8倍、兵力でも2倍の差をつけており、もはや国力の差はあまりにも大きい。西側から孤立する中でロシアが中国との関係を深めようとしても、それは対等な関係たりえず、ジュニア・パートナー(格下のパートナー)としてしか扱われないだろう。政治や経済の面でも中ロは様々な軋轢(あつれき)を抱えているし、「狭間の国々」をはじめとする旧ソ連諸国に中国が進出してくることにもロシアは警戒的だ。

ただ、それでもロシアは当面、中国との良好な関係を維持する姿勢を示している。仮に中国と決別して西側に接近しても、今度は西側のジュニア・パートナー扱いされるだけだ、冷戦後の30年間がそうだったではないか、というのがロシア側の言い分であろう。しかも中国はロシアが旧ソ連諸国を勢力圏として扱うことに異を唱えず、ロシアや旧ソ連諸国に対して米国のような民主化要求(ロシアはこれを「西側」の内政干渉であるとして強く反発してきた)を突きつけることもない。

中ロが共通の利益で結ばれた緊密な同盟になることもまた見通しにくいとしても、このユーラシアの二大国は当面、奇妙な共存関係を続けていくのではないだろうか。

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■ポスト冷戦の世界史 激動の国際情勢を見通す
Part 1世界秩序は「競争的多極化」へ 日本が採るべき進路とは 中西輝政
Part 2米中二極型システムの危険性 日本は教育投資で人的資本の強化をインタビュー ビル・エモット氏 (英『エコノミスト』元編集長)
Part 3 危機を繰り返すEUがしぶとく生き続ける理由  遠藤 乾
Part 4 海洋での権益を拡大させる中国 米軍の接近を阻む「太平洋進出」 飯田将史
Part 5 勢力圏の拡大を目論むロシア 「二重基準」を使い分ける対外戦略 小泉 悠
Part 6宇宙を巡る米中覇権争い 「見えない攻撃」で増すリスク 村野 将

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◆Wedge2019年11月号より

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