ホステスのタイ人妻に支えられる月収10万円男の「幸福とため息」

ホステスのタイ人妻に支えられる月収10万円男の「幸福とため息」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2018/02/15
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タイに渡り、コールセンターで働く日本人を取材し『だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人』にまとめたノンフィクションライター・水谷竹秀氏が描く、もうひとつの物語――。

「本当はイヤやよ、こんな仕事」

タイの首都バンコク中心部にある歓楽街、タニヤ通り。立ち並ぶ雑居ビルから突き出た店の看板は縦に連なり、まるで銀座のクラブ街を彷彿とさせるかのようだ。界隈は夜の帳が降りると、ネオンが煌々と灯り始める。路上では、露出度の高いドレスや看護師などのコスプレ衣裳に身を包んだ若い女性たちが、行き交う日本人男性に「カラオケドウデスカ?」と声を掛けていた。

午後11時すぎ。私はビルの3階に入居する店に入り、受付でとあるタイ人女性の名前を告げた。奥のひな壇にはホステスが数十人ぐらいいただろうか。間もなく現れたメイ(仮名、34歳)はロングの金髪で、瞳が大きく、胸元が強調されたピンクのドレス、ミニスカートをはいていた。案内された席に座り、自己紹介をして間もなく、彼女は日本語でこう語り始めた。

「本当はイヤやよこんな仕事。オトコいっぱいやし」

この店では普段、チーママという立場でテーブル席に付き、若いホステスと日本人客の間に入って日本語で仲立ちをするという。

「旦那さんが働いているコールセンターの給料が少なくて、子どものミルクとか家賃とか払わないといけないからお金が足りない。ウチがもうちょっと頑張って旦那さんを助けてあげたいの。だからここで働いて、給料をちょっとぐらいでも稼いで。ウチは日本語がしゃべれるから、家にいるだけじゃもったいないかなと」

子どもとは2年前に生まれた娘のことで、数年後には幼稚園に通うことから教育費についても今から気掛かりだという。

メイは自分のことを「ウチ」と呼ぶ。4歳年下の、日本人の夫の実家がある兵庫県に住んだ経験から、関西弁の訛りが今でも残っているのだろう。

コールセンターの事情については『だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人』にまとめたが、そこは日本から掛かってくる電話をひたすら受け続ける職場で、月給は3万バーツ(約10万円)。

その他の現地採用組と比較しても2万バーツ低く、バンコク邦人社会のヒエラルキーでは「最底辺」と位置づけられていた。そこで働く夫の収入では家計が苦しいからという事情で、メイは夜な夜なホステスとして働きに出ているのだ。

おまけに最近は、メイの母親や甥も地方からバンコクのアパートに転がり込んできたため、一家5人で生活することになった。これまで以上に負担が重くのし掛かり、とても夫の収入だけでは暮らしを維持できなかった。

「お母さんも一緒に住むようになったからいっぱい食べるでしょ? だからウチが仕事しないとあかん。でも旦那さんはこの仕事イヤだって。ウチがたまにオトコのお客さんとしゃべるから、浮気されるのが恐いって。旦那さんストレスで痩せちゃった。チーママの仕事だからと説明したけど……。今の生活は大変です」

リーマンショックを機に移住

メイはいつも午後5時に出勤する。その1時間半前にアパートを出てBTS(高架鉄道)に乗り、最寄りのサラデーン駅までやって来る。この界隈はゴーゴーバー(娼婦の連れだしバー)がひしめくパッポン通りにも近く、東南アジア最大の歓楽街とされていることから、特に夜は外国人観光客の姿が多く見られる。

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ドレス姿の女性たちは、ネオンが灯るタニヤ通りで客引きをしていた

店に到着するとメイは、メイクアップを済ませて接客に入り、終電ギリギリの午後11時半ごろまで働く。

「家に帰るとみんなもう寝てる。お腹すいたらウチが1人でご飯食べるの。すごい変やろ?」

朝は夫を見送るために午前8時に起床してコーヒーを入れ、再びベッドへ。時間が合わないため、晩ご飯すら娘と一緒に食べることができない。

メイの月収は2万5000バーツ(約8万5000円)。これに客からのチップを入れると、コールセンターで夫が稼ぐ月収とほぼ同額だ。まさに夫婦二人三脚で一家を支えていた。

「ここはいいお金やけどすぐ辞めたい。今は我慢。仕方ない。旦那さんもつらいと思う。旦那さんの給料が少ないのが問題。彼も早くいい仕事を見つけないと。なんで日本人の旦那なのに生活が大変なの?ってよく言われる。

でもうちの旦那はいい人だから。これも運命。お金持ちと結婚しても幸せじゃないかもしれないでしょ? 大変でも幸せならいい。今は全然幸せよ。ちょっと辛いけどね……」

矛盾する言葉の行間に、メイの複雑な心境が読み取れた。

8カ月というスピード婚

メイがコールセンターで働く田中純平(仮名、30歳)と結婚したのは今から9年前。当時、メイは観光ガイドとして、バンコクから車で2時間半ほど南に離れた「パタヤ」と呼ばれるビーチリゾートで働いていた。そこへ観光で訪れた田中と出会ったのだ。以来、交際を始めて8カ月というスピード婚だった。その後は訪日して夫の実家で4年間暮らした。

しかし、夫が勤めていた製造工場がリーマンショックの影響を受け、リストラされた。水道関係の仕事に転職をするも収入が前職の半分程度まで減ってしまい、長続きしなかった。そして夫と娘を連れてタイへ移住することに決めた。

それは2014年春のことだった。

夫はタイ語に堪能ではない。学歴もなく、工場や土木関係の職場を渡り歩いてきた夫が就ける仕事といえば、とりあえずはコールセンターしかなかった。

田中は振り返る。

「リストラの話が出た時点でタイに住むことは考えていました。妻がタイ人というのもありますし、僕もタイが好きだったので。コールセンターについては、知人から電話を取る業務だと聞いていました。1日中オフィスワークをこなすのも初めてだったので、その時点では仕事に対してやる気はありました」

藁にもすがる思い

私が田中に会ったのは、BTSの終点、ベーリン駅の近くにあるバーレストランだった。しゃれた黒縁眼鏡をかけた彼は、黒いタンクトップにチェックの短パン、ビーチサンダルという、かなりラフな出で立ちだ。

オペレーターたちはバンコク中心部から少し離れた地域に、家賃5000バーツ程度(約1万7000円)のアパートを借りていることが多い。中心部は家賃が高いためだ。とはいえオペレーターの取材で最終駅まで来たのは、この時が初めてだった。駅周辺にはショッピングモールもなく、少し離れた場所にコンドミニアムが建っているだけで、中心部に比べるとやはり閑散としている。田中は家賃6000バーツ(約2万円)のアパートの部屋に、一家5人で肩を寄せ合うようにして暮らしていた。

「コールセンターの業務を始めてみて、思ったよりしんどいことに気づきました。僕は肉体労働をこれまで経験してきたので、ずっと座っているのは精神的にきついんです」

「早く転職して楽になりたいけど…」

見た目のラフさとは裏腹に、田中は誠実そうな若者である。こちらの質問に対する答え方は丁寧で、相手の目を真っ直ぐにみて話す。

「午後7時に業務が終わっても仕事をした感じが全くない。だからこの給料かなと。そやったらもうちょっとしんどい思いをしてでも高給がいいです。製造業に携わっていた僕としては今の業務は達成感がない。電話の向こうで相手がどんな顔をしているのかも分からないし、やりがいがないんです」

コールセンターの業務にやりがいを感じているオペレーターは、私の取材した限りでは少なかった。掛かってくる電話を受け続けるという単調さがその原因だが、一方で、残業もなく、仕事に対する責任をそれほど感じなくても済む「気楽さ」という認識も共通しているようだった。

「今は生活がやばいのでコールセンターの仕事でもやらないとしゃあないんですよ。仕事に文句を言っている場合でもありません。ですが今の給料ではとてもやっていけません。子どもも学校に行けない。転職して給料を上げないと生活がマジでやばいですね」

田中は倹約生活を送っていた。朝ご飯は食べずに出勤する。昼食は屋台で35バーツ(約120円)の焼き飯などで済ませ、飲み物と合わせても50バーツ(約170円)以内に抑えている。夜は妻の甥が屋台で買ってくるおかずとご飯を食べる。ここ半年で日本料理店に行ったのは2回。いずれも友人たちからおごってもらった。

「まあ特に日本料理を食べたいとは思いません。まず高い。タイ料理も好きなんで。食に関しては贅沢をしたいとは思わないです。食べることができて腹がふくれたらそれでいいかなあと」

あと数年もすれば娘は幼稚園に通う。妻のメイもそのことを心配していたが、田中がコールセンターで働き続け、娘をタイで育てるのであれば、子どもの教育問題はいずれ直面するだろう。

「独身だったらこの仕事でも仕方ないと思えますけど。今は正直、しんどいです。僕が転職して給料の高い仕事に就かないと妻も仕事辞められないんです。早く転職して楽になりたい。だいたい妻が帰ってくる時間も遅いですし」

田中は腕を組みながらしかめ面をした。そして私にこう尋ねてきた。

「人材紹介会社の人を誰か紹介して頂けませんか?」

その眼差しは弱々しく、藁にもすがりつきたくなるような思いが滲み出ていた。

田中は高校を中退しているから、最終学歴は中卒だ。妻とは日本語で会話をしているため、タイ語は一向に上達しない。だからもし、私が人材紹介会社の担当者を紹介できたとしても、職探しは難航する可能性が高いとみられた。

「奧さんはタイ人だから、とりあえずはタイ語を徹底的に勉強されたらどうでしょうか?」

酷な言い方かもしれないが、私はそう答えるのが精一杯だった。

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コールセンターで働く日本人の姿を描いた話題の一冊

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