なぜ日本のカイロが、中国で売れているのか

  • ITmedia ビジネスオンライン
  • 更新日:2016/12/01
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いきなりだが、下の化学式を見ていただきたい。

「な、なんだよ、唐突に。数字とか英語が並んでいて、さっぱり分からないよ」と思われたかもしれないが、答えは「カイロの酸化反応」を示したものである。寒くなると、カイロをポケットに入れたり、背中に貼ったり、靴下に貼ったり、して暖をとる人も多いだろう。しかし、袋に入っているカイロがなぜ発熱するのか、その仕組みを知っている人は少ないのでは。

仕組みはそれほど難しくない。鉄を濡れたまま放置しておくと、サビが出てくる。これは鉄の酸化。つまり鉄が空気中の酸素と反応して酸化鉄(水酸化第二鉄)になる化学反応である。この反応が起きるときに出る熱を利用したものが、使い捨てカイロである。ちなみに、鉄がサビるときには熱を出しているが、ゆっくりと反応が進むので「熱く」感じることはない。

このように書くと、「なーんだ、カイロって簡単にできるものなんだなあ」と感じられたかもしれないが、早合点しないでいただきたい。心地よく感じる温かさを長時間保つことは、そんじょそこらの会社にできるワザではない。その技術力をひっさげて、海外展開を広げている会社がある。小林製薬である。2001年に創業当時からカイロを扱ってきた桐灰化学をグループ会社化。日本国内では桐灰化学が、海外ではマーケティング力のある小林製薬が売りまくる。2002年から本格的にチカラを入れ始めて、現在は10数カ国で展開。世界シェアは1位だという(同社調べ)。

たくさんの国でカイロを販売している中で、記者が気になった国がある。中国である。2003年に進出したわけだが、当時、中国でカイロを使っている人はほとんどいなかったのだ。そうした状況だったのにもかかわらず、その後、認知度はどんどんアップしていき、現在、上海では90%を超えているという。

なにもないところで畑を耕して、種をまいて、芽が出る。そして育つまで、両社はどんなことをしてきたのか。小林製薬で海外事業を担当している森田豊弘さんと、桐灰化学の橋間昌昭さんに話を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

売り上げは徐々に伸びていく

土肥: カイロが中国で売れているそうですね。ちょっと調べたところ、2003年に中国で展開を始めていますが、当時、中国でカイロを使っている人はほとんどいなかったとか。市場がない中で、どのようにして売っていったのでしょうか?

森田: まず代理店さんに商品の説明をしなければいけません。しかし、アポイントがなかなかとれませんでした。知名度が低かったので「どこの会社なの?」「何の用?」などと聞かれました。で、ようやく会えても、先方は商品のことを知りませんので、カイロの仕組みから説明していきました。封を開けて、カイロの本体が空気に触れることで、酸化して、発熱する。繰り返し、繰り返し――啓発活動のような形からスタートしました。

土肥: それまでカイロを見たことも触ったこともない人が多かったわけですよね。どのような反応が多かったのでしょうか?

森田: 貼るタイプのカイロって、シャツなどに貼って、上着を着る人が多いですよね。でも、使い方がまだ浸透していなかったので、コートの内側や外側に貼っている人がいました。

土肥: それって効果はあるのですか?

森田: ほとんどないですね。そうした状況が2〜3年ほど続きました。これではイカンということで、テレビCMなどを打つことに。カイロを袋から取り出して、貼り方、効果などを紹介する――。市場がないところでの展開になるので、宣伝費用などがずいぶんかさんでしまい……赤字が続いていました。黒字を確保できたのは、中国に進出してから11年目のことでした。

「貼り方」「効果」などを繰り返し伝えることで、徐々に売り上げは伸びていきました。しかし、なかなか利益が出にくい構造だったんですよね。現地でカイロを販売したのは当社が初めてだったのですが、その後、現地メーカーが参入することに。当社は1枚3元(約48円)で販売しているのですが、他社は1枚0.5元(約8円)。

土肥: えっ、そんなに安いのですか。6分の1の価格じゃないですか。勝負にならないのでは?

技術力の高さをアピール

森田: 技術力の高さをアピールしました。自社のカイロは肩・腰・首など部位によって温度を変えているんです。にもかかわらず、肌温度は40〜42度になるようにしています。しかも、最低8時間は温度をキープできるような設計にしています。

土肥: 他社の商品は違うのですか?

森田: 温度にムラがある商品があるんですよね。例えば、いきなり70度になって、2〜3時間で冷えていく。

土肥: そうした商品がある一方で、小林製薬グループのカイロは長時間にわたって一定の温度に保つことができるということですね。なぜ、そのようなことができるのですか。

橋間: 鉄などの配合量に違いがあるので、温度にバラつきが出にくくなっているんです。当社の商品もかつては、商品によってバラつきがありました。例えば、30枚入りの中に、アタリ・ハズレがあるような感じで。でも、製造過程を繰り返し見直すことで品質を一定のクオリティに保つことができるようになりました。

カイロってコモディティ化しているので、「どの商品を使っても同じようなモノ」と思われている人が多いかもしれませんが、実は違う。天気、温度、湿度などによって、出来具合が微妙に違ってくるんですよね。

また原料の配合だけでなく、穴の個数によっても温度が違ってきます。カイロの袋には目に見えない空気穴があって、その穴の量を調整することで温度を変えることができるんです。空気穴を多くすればそのぶんだけ酸化の反応が速くなるので温度が高くなる。配合量と空気の供給量をコントロールすることで、一定の温度を維持することができる。これって「カイロメーカーでないとできない」と思っています。

土肥: カイロがなぜ発熱するのか――その化学式がありますよね。Fe+4分の3……。いまの商品も基本的な構造は同じなのでしょうか?

橋間: 同じですね。ただ、メーカーによって、どんな鉄を使っているのか、どんな水を使っているのか、どんなバーミキュライト(土壌改良用の土)を使っているのか、などが違うんです。

売り上げ、前年比10%増の秘密

土肥: 「他社のカイロと違うんだー。当社の商品は一定の温度で長く続くんだー」とアピールしても、やはり価格差がかなりある。6分の1の価格なので、かなり苦戦しているのではないでしょうか?

森田: ご指摘の通り、商品の良さをアピールしていたのですが、価格勝負で苦戦していました。ただ、2015年にパッケージを変えたんですよね。それまで女性のイラストだったのですが、女性の写真にしました。結果、売り上げは前年比で10%ほど伸びました。

土肥: え、それだけで? ちょっと信じられません。

森田: 現場で働いている私たちもここまで売れるとは思っていませんでした。なぜ、前年比で10%ほど伸ばすことができたのか。当社の商品名は「暖宝宝」(ヌァンバオバオ)というのですが、他社にもよく似たネーミング、よく似たデザインの商品がありました。ということもあって、当社の商品が埋もれていたのかもしれません。

ただ、イラストから写真にして違いを明確にすることができたので、消費者も「あ、これこれ」といった感じで購入していただいているのではないでしょうか。

土肥: ふむ。パッケージを変えたら、売り上げが伸びた。ただ、他社も「じゃあ、ウチもイラストから実写で」と追いかけてくるかもしれません。そうなると、また消費者が“迷子”になってしまいそうな。「えーっと、いつも買っていた商品はどれだったっけな」といった具合に。こうした懸念はないでしょうか?

森田: 他社がどのような動きをしてくるのか。その出方によって対応は異なるので、現時点では何とも言えません。ただ、同じようなパッケージデザインを出されてから動いていては遅い。常に、先手先手で新しい何かを提案していければ。

カイロがよく売れているエリア

土肥: カイロがよく売れているエリアはどこでしょうか?

森田: 中部エリアですね。中でも上海でよく売れています。

土肥: 北部のほうはいかがでしょうか? 気温が低いので、よく売れそうですが。

森田: 残念ながら、北部の市場はそれほど大きくありません。北部はセントラルヒーティングを設置しているところが多いので、カイロの使用シーンが限定されています。ちなみに、日本でも北海道では苦戦しています。同じ理屈ですね。

土肥: 一方の南部はいかがでしょうか? 暖かいところではさすがに売れない?

森田: 暖かいところは不要と感じられるかもしれませんが、そうでもないんですよ。暖房設備があまり充実していない、寒さにあまり慣れていない、といったことから急に寒くなるとよく売れます。例えば、香港などでも好調です。カイロは寒暖差によって、売れ行きが大きく左右されるんですよね。

土肥: 「○度以下になったら、売れ始める」といった傾向があるわけでね。ちなみに、何度ですか?

森田: いや、それは、ちょっと企業秘密でして……。

土肥: コンビニでもありますよね。「○度以下になると、おでんが売れる」とか。

森田: お、おでん理論とよく似ています。

土肥: ということは、コンビニでおでんが売れ始めると、カイロもいい感じで店頭から消えていくわけですね。

森田: ご、ご想像にお任せします。

「2元カイロ」は撤退

土肥: ここまで中国でカイロが好調な理由を中心に聞いてきましたが、失敗したケースはなかったのでしょうか? 実はこんな商品は苦戦したとか。

森田: 2012年9月、内陸部の都市向けに、手に取りやすい価格設定のモノを発売しました。価格は2元(約32円)。カイロのサイズを小さくして、保温時間を短くして。3元カイロの簡易版のような位置付けで販売したのですが、かなり苦戦しまして……2シーズンで撤退しました。

土肥: なぜ売れなかったのですか?

森田: 商品開発の前に何度も市場調査を行いました。消費者から「低価格の商品が欲しい」といった声を受けてつくったので、「これは、絶対にいける!」「売れるはず!」と思っていました。ただ、お客さんの気持ちというのは難しいですね。実際に発売したところ「中途半端」という声が多かったんです。「2元だったら買わない。だったら、0.5元のカイロを買う」と。

土肥: カイロって商品の特徴を出すのが難しいと思うんです。スーパーなどで山積みに販売されていたら、ブランド名を見ずに「安いモノでいいや」という人も多そうなので、3元よりも2元カイロのほうが売れそうな気もするのですが。

森田: 中国の方もモノを見る目がどんどん厳しくなっているのではないでしょうか。品質の高い商品を選んで購入する――という人が増えているのかもしれません。というわけで、いまでは低価格の商品を扱っていません。

次世代型のカイロ

土肥: 桐灰化学の中村社長がこのようなことをおっしゃっていました。「カイロ市場のさらなる成長のためにこれまでの常識を覆す技術革新が必要。(中略)これまでのカイロにとどまらない新しい温熱技術を追求していく」と。さらに「鉄粉を酸化させて発熱させる現在のカイロとは全く違うメカニズムの、いわば“次世代カイロ”を実現させたい」とも言っていました。もう少し詳しく教えていただけますか。現場ではどんなモノを開発しているのでしょうか?

橋間: まだ開発段階なので詳しいことはお話できないのですが……。

土肥: そこをなんとか。

橋間: 例えば、薄着にも対応できるようにものすごく薄いモノだったり、いまの形状とは違うモノだったり。使用シーンに応じて、より適切なモノを提案できればなあと。こうした回答でよいですかね。

土肥: もう少し。

橋間: 技術ありきの話なので、現段階ではなかなか申し上げにくいのですが……。いまのような暖をとるだけのカイロではなくて、例えば「健康用のカイロ」。健康を維持するためにより適したモノを開発できればいいなあと。

土肥: 社長は「現在のカイロとは全く違うメカニズムの……」とおっしゃっていましたが、どういう意味でしょうか? カイロが発熱する仕組みは、鉄が空気中の酸素と反応して酸化鉄(水酸化第二鉄)になって……でしたよね。化学式で示すと、Fe+4分の3 O2……。この化学式でずっとカイロをつくってきたわけですが、新しい化学式で発熱させる?

橋間: 繰り返しになりますが、現在は開発途中の段階でなんとも言えません。ただ、新しい化学式を使って、新商品の開発を進めています。

土肥: おお、それは楽しみですね。どんな化学式を使うのか。それも楽しみですが、これまでとは違った温もりを感じられそうで。もしその商品が開発できてヒットすると、懐が“ホクホク”しそうですね。本日はありがとうございました。

(終わり)

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