二世を狙え!:永遠に越えられない、有名すぎる父。豊かさと引き換えに受け入れた葛藤

二世を狙え!:永遠に越えられない、有名すぎる父。豊かさと引き換えに受け入れた葛藤

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  • 更新日:2017/08/17

生まれた時から勝ち組。

そう言われる一方で、「親の七光り」「二代目は会社を潰す」と揶揄されることもある二世たち。

親の潤沢な資金を受け継ぎ、悠々自適に暮らしているようにも見える彼ら。

そんな彼らの、知られざる生態を暴いていこう。

これまでに、身分を隠しながら嫁を探す幸一郎や親の資産格差で悩む、慶應幼稚舎出身の航平、縁故採用でテレビ局に就職した雅也などを紹介した。今回は?

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<今週の二世くん>

名前:大知
年齢:32歳
職業:写真家(フォトグラファー)
年収:480万
居住地:三軒茶屋
親の職業:元プロ野球選手

偉大すぎた、父の背中

大知の父親は、野球好きなら知らない人はいないであろう、有名野球選手である。日本の野球の黄金期を築いたと言っても過言ではないほど、誰もが知っているスター選手だった。

そんな有名なプロ野球選手の息子として育ってきた大知。

幼い頃から自然と向けられてきた、大知への期待の目。そのプレッシャーは凡人には計り知れぬものがあるようだ。

「幼い頃から、いつも“お父さんのような野球選手になるんでしょ?”と言われて育ってきました。また、そのことに疑いを持ったこともなかった。」

目の前に座る大知は、確かに肩幅はがっしりしているものの、物腰がとても柔らかく、身長もズバ抜けて高いというわけでもない。

高校まで野球漬けの日々だったと言うが、今の大知からその名残は特に感じられない。

現在は写真家として活動しているそうだが、彼の幼い頃の夢はもちろん、野球選手になることだった。

現在の職業に辿り着くまで、大知の人生は葛藤の連続だった。彼は、厳しい現実と何度も何度も向きあわねばならならなかった。

“才能は遺伝しない”という現実だ。

どうして父のようになれない?!父親に対する嫉妬心

自分は、特別な人間ではないと知るとき

幼い頃から当然の如く少年野球チームに所属し、学生時代は部活動で野球に明け暮れた。

—頑張れば、いつか必ずプロ野球選手になれる。

そう信じて疑わなかった。

厳しい練習に、想像を絶する上下関係。何度も逃げ出したくなったが、大知には野球以外の道はない。

「父親が試合を観に来ると、必然的に周囲からのプレッシャーもすごくて。」

幼い頃から特別視され続けた大知は、他の人はホームランを一本打つだけで歓喜されるのに、ホームランを三本打って、ようやく“当たり前”と見なされる。

どこへ行っても“あの選手の息子”と好奇の目にさらされ、少しでも野球の成績が悪いと“父親は偉大なのに...”と比較され、哀憐の情がこもった目で見られる。

そして高校生になり、彼の父親コンプレックスはさらに肥大化する。

当時高校野球で有名な学校に推薦で入学したのだが、そこには親が無名でも、才能溢れる高校球児が集っていた。

大知は、レギュラーの座を奪えぬまま、高校時代を過ごすことになる。

年齢も、血筋も関係ない。本当に才能のある人が勝つことを、この時に悟った。

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いつかは終わる少年の夢。自分は特別ではないと認める辛さ

人はいつか、夢を諦めなければならない時が来る。

「野球選手になるという、少年の夢はいつか終わりを迎えるんですよ。薄々わかっていたはずなのに、自分には才能がない、ということをいつまでも認められなくて。」

大人になるということは、夢の終わらせ方を知り、現実を知ること。どんなに才能があっても報われない人もいる。

その一方で、完璧なステージを用意してもらっていても、才能がないために開花せずに終わる人もいる。まさにそれが、大知だった。

大知は幼い頃から野球の“英才教育”を受けてきた。自宅の裏庭にあるバッターボックス、他の子よりも質の良いグローブに、顔パスで入れる野球場。

それと引き換えに手に入れたのは、そこまで完璧に用意してもらっても一向に開花しない、自分の野球センスと向き合わなければならない日々。

大知は渇望するようになった。有名人でない親を持つ友人たちが羨ましかった。

何も期待されず、自分のことを特別視しない環境でのびのびと生活を送れる同級生たちを、羨んで生きてきた。

野球をやめたいと言った時の親の絶望した顔を、今でも大知は忘れられないそうだ。

親の力には頼らない!二世ならではの葛藤を乗り越えた彼は今?

親と比較されない世界に身を置きたかった

現在、写真家として生きる大知。なぜ、写真家だったのだろうか?

「父親と絶対に比較されない世界で生きて行きたかった。父親のことなんて誰も知らない世界で、自分の実力で勝負したかった。」

高校卒業後、英語の勉強を兼ねて単身ニューヨークへ留学。そこでアートに目覚め、写真家として生きようと決意したそうだ。

しかし日本円に換算すると毎月20万するアパートの家賃に年間250万強する学費、月々30万の生活費。そこに加えて、日本へ一時帰国する際の航空券代などの費用は全て親が負担していた。

年間総額にすると、約900万〜1,000万となる。

大知が、現地で学生とは思えぬほど良い暮らしをしていたのは言うまでもない。

6年間をニューヨークで過ごし、日本へ戻ってきたものの帰国してすぐに仕事があるわけではない。

結局、2年前まで目白の実家に暮らしており、今でも生活が苦しくなると親から援助してもらうそうだ。

「結局は、全て親のおかげ。でも、それは資金面のみですよ。仕事に関しては、一切、親の力は借りていません。」

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あくまでも自分の力だと信じたい。二世くんの悲しい性とは?

自力で仕事を獲得しようと奮闘中の大知だが、数年前まで、親の名前は一切公言していなかった。

「仕事の時に、一切親の名前を出さないと決めていました。そうでないと、また親の名前に負けそうで。」

しかし皮肉にも、親の名前を公言した途端に、仕事が舞い降り始める。

そして今では、親の名前を若干利用している感も否めない。

現在は雑誌のページを担当したり、個展を開いたりしているが、そもそも彼が注目を集めるキッカケになったのは、雑誌の親子特集で、父親との対談が雑誌社の目に留まったから。

「でも、ジャンルが違いますから。野球と写真、相反するものです。」

そう主張する大知だが、永遠に、親の呪縛からは逃げられそうにない。

▶NEXT:8月18日 金曜更新予定
実家にバーキンがゴロゴロ...二世くんの異常な金銭感覚とは?

【これまでの二世を狙え!】
Vol.1:「20代でバーキンを持つ女には近付かない」身元を隠し嫁を探す男
Vol.2:親の格差は子の格差。慶應幼稚舎出身でも、実家の資産総額で生じる隔たり
Vol.3:就職活動は、TV局のお偉いさんとの会食。ゆるゆる縁故採用の実態

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