21年間の現役生活に幕 井口資仁の偉大な野球人生を振り返る

21年間の現役生活に幕 井口資仁の偉大な野球人生を振り返る

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  • 更新日:2017/09/25
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ロッテ・井口資仁【写真提供:千葉ロッテマリーンズ】

ダイエー、ホワイトソックス、ロッテなどで活躍した井口

日米通算2254安打、295本塁打、1222打点の打棒、224盗塁の俊足に加えて、華麗な守備で日米のファンを沸かせ続けた男も、いよいよ勇退の時を迎えた。6月20日に今季限りの現役引退を発表した千葉ロッテの井口資仁内野手。9月24日の引退試合に駆け付けたファンは、最後の勇姿を目に焼き付けたことだろう。

井口は、国学院久我山高校を卒業後、青山学院大学に進学。東都大学リーグ史上唯一の3冠王、現在も破られていない大学通算24本塁打を記録して、4年時にはアトランタ五輪野球日本代表に選出される。1996年ドラフトで福岡ダイエー(現・福岡ソフトバンク)から1位指名を受け、プロ野球選手としてのキャリアをスタートさせた。

1年目から主に下位打線で起用され、76試合に出場。プロ初出場となった5月3日の近鉄バファローズ戦では、日本人選手としては史上初となるデビュー戦での満塁本塁打を放ち、早くからその優れた才能とスター性を発揮する。プロ5年目の2001年には、30本塁打を達成して松中信彦氏・小久保裕紀氏・城島健司氏と「30発カルテット」を形成するとともに、盗塁王、ゴールデングラブ賞、ベストナインを受賞した。

2003年も、「ダイハード打線」を象徴する「100打点カルテット」の一員となり、自身2度目の盗塁王に。最終的には、走・攻・守でチームの3度のリーグ制覇、2度の日本一に貢献し、2004年オフにMLBに挑戦することを表明する。

2005年、ホワイトソックスに入団し、1年目でワールドシリーズ制覇に貢献すると、日本シリーズとワールドシリーズの両方を制覇した初の日本人となった。打席では2番打者として自己犠牲に徹することが多かったが、そのように制約の多い立場でも結果を残し、今もシカゴのファンの記憶に残る偉大な選手の1人となっている。

その後、2球団を渡り歩いた井口選手は、2009年に千葉ロッテに。2004年以来、5年ぶりの日本球界復帰を果たす。2010年にはクライマックスシリーズで古巣の福岡ソフトバンクを下して日本一に輝き、2013年、日米通算2000本安打の偉業を達成した。

そして、球界最年長野手として臨んだ今季のシーズン途中、6月20日、現役引退を発表。会見では「まだシーズンの途中ですが、今シーズン限りで引退することを決めました。ここまで長くプレーしてきて、色々な思い出はありますが、まだ振り返りません。今は1つでも多くの勝利と1つでも上の順位を目指し、チームの力となって全力を尽くしていきたい。打席に入るときのマリーンズファンの声援は力になります。残りの試合でも今まで以上の熱い声援をよろしくお願いします」と、あくまでもペナントレースを戦う千葉ロッテの一員として、前向きな言葉を口にしていた。

引退試合は伝説に残る一戦に

8月27日、かつての本拠地・ヤフオクドーム最終戦に、「4番・指名打者」として先発出場。第1打席から、元チームメイトの和田の直球を左中間に運ぶ。この試合で和田は記念すべき通算1500奪三振を達成したが、その節目の三振を献上したのは、奇しくも先輩にあたる井口だった。最後の打席で中飛に倒れた後は、すれ違いざまに和田のお尻をぽんと叩いて、笑顔を見せる。福岡ダイエーを投打でけん引した両雄の競演は、記憶にも記録に残るワンシーンとなった。

引退試合が催されたのは、9月24日の北海道日本ハム戦。井口は、「6番・指名打者」でスタメン入りした。第1打席で早速左前打を放つと、2点を追う9回裏、無死一塁の場面で、北海道日本ハムの守護神・増井の直球を捉えた。打球は、千葉ロッテファンで埋め尽くされた右中間の最も深いところに飛び込み、劇的な同点2ランとなる。

同点で迎えた延長12回裏には、キャプテン・鈴木が値千金のサヨナラ打。若手選手の頼もしい粘りでチームは勝利を収め、井口の引退試合に花を添えた。真剣勝負の緊迫感の中で、このような劇的な展開を繰り広げる「野球」というものの恐ろしさ、素晴らしさが大いに詰まった、伝説に残る一戦となったと言えるだろう。

これでまた1人、日本球界を沸かせたスターが、現役生活に終止符を打った。「選手」井口資仁を、グラウンドで見ることはもう二度とできない。思えば日本球界も、彼が野球人生をスタートさせた頃とは大きく変わった。福岡ダイエーホークスという球団はもう存在せず、あのチームの強さを支えた選手のほとんどがユニホームを脱いでいる。

この過酷な世界を生き抜いていくことは想像を絶する苦難をともない、選手が試合に出ていること、健康体でいること、また次の年も、その次の年も、同じユニホームを着る未来を選び続けること、それらは全て、選手自身にとってもファンにとっても、決して「当たり前のこと」などではないのだろう。

引き際というものを自分で決められる選手は一握りだ。井口は、盛大な引退試合で送り出され、また新たな人生の第一歩を踏み出す。ファンに、所属したチームに、チームメイトに、日本球界そのものに、それだけ大いなる功績を残した。もう見ることのできない偉大な背中とその足跡を反すうしつつ、井口の今後ますますの活躍を祈念したい。(「パ・リーグ インサイト」編集部)

(記事提供:パ・リーグ インサイト)

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