シオからナオへ――。FC東京で濃密な11年間をともにした戦友へのメッセージ

シオからナオへ――。FC東京で濃密な11年間をともにした戦友へのメッセージ

  • サッカーダイジェストWeb
  • 更新日:2017/08/12
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2009年にナビスコカップ(現ルヴァンカップ)を制覇したFC東京。石川(写真左端)と塩田(写真右端)の笑顔からは充実感が見て取れる。写真:田中研治

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チーム最年長、最古参の石川は今年8月2日に現役引退を表明。左膝の状態は決して芳しくないが、再びピッチに立つために努力を続ける。写真:山崎賢人(サッカーダイジェスト写真部)

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2004年にFC東京でプロ生活をスタートさせた塩田。現在は大宮の一員として現役を続けている。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

[J1リーグ21節]大宮 1-2 FC東京/8月9日(水)/NACK

FC東京が前田遼一と大久保嘉人のゴールによって大宮を下した一戦。試合後にミックスゾーンへ向かおうとすると、ある2選手が談笑する姿を見かけた。

FC東京のMF石川直宏と大宮のGK塩田仁史。この試合で古傷を左膝に抱える前者はスタンドから戦況を見守ったようだ。一方の後者はベンチ入りしていたが、出番なく試合終了のホイッスルを聴いている。

「事前にナオ(石川直宏)に『NACK(NACK5スタジアム大宮)に来るの?』って聞いたら、『行くよ』って言うからさ。楽しみにしていた。そんなに長い時間はしゃべってないから、何か深い話題にはならなかったよ。また会う機会もあるしね」と塩田は話した。

81年5月12日生まれの石川。00年に横浜ユースから同トップチームに昇格して、プロ生活をスタートさせた。翌年にはワールドユース(現U-20ワールドカップ)に10番を背負って出場する。02年の4月にFC東京へとレンタル移籍すると、03年に完全移籍となった。

81年5月28日生まれの塩田。00年に大学サッカーの名門である流通経済大に進学した。4年次には全日本大学選抜としてユニバーシアードに出場し、正守護神として大会連覇に貢献。着実に経験を積み、04年にFC東京へと入団した。

2004年から実に11年間、ふたりは青赤軍団のユニホームに袖を通してともに戦った。04年と09年にナビスコカップ(現ルヴァンカップ)を制し、11年には天皇杯で優勝している。

ただ、味わったのは歓喜だけではない。10年にJ2降格という苦汁を味わっている。翌年にはJ2リーグの王者に。見事に1シーズンでJ1へと返り咲いた。

喜びも苦しみも分かち合った、まさに“戦友”だ。塩田が15年に大宮へと移籍したものの、絆は変わらずに固く、密な親交は今も続く。

今年8月2日、石川が今季限りでの現役引退を発表した。自身の公式ホームページ上でも以下のように決断に至った理由を明かしている。

「2015年8月にフランクフルトとの親善試合で負った怪我、手術から去年9月にJ3で復帰したものの再び状態が悪くなり、ここまで痛めている左膝のリハビリを復活に向けて取り組んできましたが、思っていた以上の回復が出来ていないこと、そしてピッチの上でチームの力になかなかなれないもどかしさがある中で、残りのシーズンを今まで以上に強い覚悟と責任、誇りをもって出し尽くしたい想いが強くなったのが決断の経緯になります」

塩田は複雑な想いで事実を咀嚼していた。 塩田は石川から直接、引退することを知らされていた。時に神妙に、時に笑顔を浮かべて、昔を懐かしみ、未来へと気持ちを馳せながら言葉を紡いでくれた。

「6月下旬ぐらいだったかな。ナオから電話がきた。『社長や監督に今日伝えたわ』って。まだシーズンは半年ほど残っていたから、周りがどう言うかは分からないけど、自分としては『やっぱり1分でもピッチに立ってもらいたい』という心情だった。

昨年もかなり悩んでいたのは知っているから。今季の復帰に向けて頑張ろうって決断して、現役を続けた。『このままじゃ』という想いで毎日戦っていたはずだけど、あいつなりにプロとして手応えを感じられなくなってしまったのかな……。

プレーできなくて申し訳ないという気持ちと、それでもピッチに立ちたいという気持ち。葛藤し続けていたんだと思う。

11年も一緒にFC東京でプレーして、俺らにしか分からないこともたくさんある。それでもチームにナオがどれだけのものを残したか、日本サッカー界にどれだけ貢献したかはみんなも理解しているはず。

最後にピッチに立つ姿を見せるのが、今のナオの使命だよ。心からそれが叶ってほしいと願っている。だから『あとちょっとの間かもしれないけど、頑張って復帰してくれよ』って。そしたら、『やるしかないっしょ!』って言ってたから。

あいつはずっと同世代のトップランナーだった。09年までFC東京にいたモニ(茂庭照幸)とか、(前田)遼一とか(大久保)嘉人とかもね。みんな五輪代表に選ばれて、日本代表でもプレーしている。

アテネ五輪のメンバー選考にかすりもしなかった俺からしたら、雲の上の存在。でも同じJ1のピッチで戦った仲間だと思ってる。そんな同世代が現役生活から退くのは、やっぱり寂しい。

ただ、プロサッカー選手としての活動を終えた次の人生のほうが長くて、先にそっちに進んで頑張っている姿を見ると、勇気が湧く。だから、まだプロ生活をしている仲間にも、違う道に行った仲間にも頑張ってほしいし、自分も負けないようにしたい」

ナオのラストシーズン――。シオは「今までお疲れ」と声をかけなかった。「Twitterにも書いたけど、今季が終わってから言いたいなと思って」。では、今だったら何を伝えるのか。

「まぁ、『がんばれ』って感じ」。シオからナオへ。たった4文字の短過ぎるフレーズには、ふたりだけが知る、お互いへのリスペクトが濃縮されている。

取材・文:古田土恵介(サッカーダイジェスト編集部)

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