第30回 太陽を見たい、太陽を見たい。――角幡唯介「私は太陽を見た」

第30回 太陽を見たい、太陽を見たい。――角幡唯介「私は太陽を見た」

  • 文春オンライン
  • 更新日:2018/01/12
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あまりにも先の読めない天気に耐えられなくなった私は、自分の中で禁断とされていた手段に手を染めることにした。シオラパルクの山崎哲秀さんにインターネットの天気予報を聞こうというのだ。脱システムだ、全部自力で判断するんだ、と格好いいことばかり言っていた私だが、いざ追い詰められたときに発見したのは、情報通信テクノロジーで判断を求めようとするシステムに捉われた現代人としての己の憐れな姿であった。しかし、もうなりふり構ってはいられなかった。

発信音がしばらく鳴り、山崎さんの声が聞こえた。

「角ちゃん、今どこにいるの?」

「そうですね、氷床を登り始めて10キロちょい来たかな。氷河まで3分の1ぐらいのところだと思います。食料は23日までもつんでまだ大丈夫ですが、天気がものすごく悪くて」

「こっちもかなり吹いているわ」

「申し訳ないんですけど、ネットで天気予報調べて教えてもらえませんか」

「分かった。じゃあ、15分後にまた電話して」

あまりに残酷な天気予報。

断続的に強風が吹きはじめて、すでに4日目に入っていた。正直言って、いい加減、天気が安定する頃だと思っていたので、てっきり山崎さんからは「大丈夫だよ、角ちゃん。明日には風がやむわ」みたいな、私の精神を安定させてくれる答えが返ってくると信じていた。ところが15分後に聞いた天気予報は、想像していなかったような最悪なものだった。暴風は翌17日夜まで続き、18日夜から19日にかけて一旦弱まるものの、20日、21日と再び強まり、しかも今よりさらに荒れるというのだ。天気が完全に回復するのは22日以降だという。

氷河の入口にたどり着きさえすれば、その後は1日の好天があれば海まで降りることができる。海まで降りてしまえば、どんなに天気が荒れても村への帰還は可能だ。しかし、天気予報を聞く限り、その氷河の入口まで無事にたどり着けるか微妙だった。残りの食料を考えると、天気が安定する22日までには絶対に氷河の入口にたどり着いていなければならない。今の地点から氷河の入口まで、最低でも2日は必要だろう。もし予報が正しければ、行動可能な日は18日と19日の2日だけしかないので、その2日間で何としてでも氷河の入口までたどり着かなければならないわけだ。つまり私にはもう一日の余裕も残されていないのである。それも天気予報が正しければの話であり、もしかしたら延々と嵐がつづくこともあり得るし、さらにネックなのは氷河の入口で、この氷河の入口は本当にルートが分かりにくく迷いやすいので、絶対に風のない視界の完璧な日が必要なのだ。だが、そういう日が果たして本当にやってきてくれるのかは不明だった。

ノートに書いた「絶対に生きて家に帰る」。

「角ちゃん、行ける日に一気に進んだほうがいいよ」

自分の顔が青くなるのがわかった。本当にこの風のなか、氷床を突破できるのだろうか。夜の闇の中で唸り声をあげる烈風の轟音を聞いていると、突っこむのが恐ろしくなってくる。しかも20、21日は今より荒れるらしい。嘘でしょ、という話である。

とにかく今や緊急事態、完全にサバイバル態勢となった。これからは朝だろうと夜だろうと関係ない。少しでも風が止んだら行動を起こして村に近づくしかない。そのためには少しでも装備を軽くして足を速くしなければならない。そうだ、生還に必要な装備以外はすべてここに捨てていこう。そう思い立った私は、すぐに必要のない装備をスポーツバッグにまとめはじめた。ライフルは今後の北極活動で使いつづけるつもりで購入した新品だったが、命には換えられない(約10万円)。明るくなり、カメラも私のコンパクトカメラが使えるので、折笠さんから託された極夜用の一眼レフも不要。折笠さん、すんませんと心の中で謝罪しつつ、これも躊躇なくバッグに投入(推定20万円)。寒さ対策で自作した思い出の海豹の毛皮ズボンも、ゴアテックスのパンツがあるのでいらない(これはプライスレス)。その他、弾丸や予備テルモス、医薬品、双眼鏡、フリースのズボン、乾電池などを詰めこむと、バッグは10キロ以上の重さになった。そしてノートに日記をつけて、最後に一言、〈絶対に生きて家に帰る〉と書き込んだ。ユーモアの感じられない陳腐で感傷的な言葉だと思ったが、決意を固めるためにも敢えて書いた。書くことによって言葉に魂が宿ると、このときは思った。

暴風の中、半ばやけくそで出発を決める。

翌17日朝になると風はさらに強さを増し、今回の嵐のなかでも最大級の轟音と鳴動がとどろいていた。可能なら今日、出発したいと目論んでいたが、こんな恐ろしい轟音を前にすると、それはあり得ない。昨日の予報でも、明日の夜から明後日にかけて弱まるということだったから、そのタイミングで20時間ぐらい行動して一気に氷河の入口まで行くしかないだろう……。

そんなことを考えながら寝袋から出ないでいると、しかし、風はまたしても急に弱まりだした。吹き荒ぶ風の奥でとどろく暴風時特有の地割れのような轟音が消え、氷床全体で風が収束したことがうかがえた。時計を見ると午前11時、これまで何度も騙されたので、寝袋でじっと様子をみていたが、10分経っても20分経っても様子は変わらなかった。これは本物だ、行くか……? また暴風になるのではという疑念がはれないまま準備をはじめ、私は2時間後に外に出た。やはり風はほとんどなかった。私はよし、いいぞ、と小さく声を出し、天気予報なんか関係ない、現場で判断することが大事なんだと心のなかでつぶやいた。ところが、いいぞ、いいぞ、と思いながらテントを撤収していると、やはりまた風が吹きはじめて、2分後にはテントが吹き飛ばされそうな強烈な風に変わっていた。

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2月17日、氷床の途中 ©角幡唯介

激しくなる風と地吹雪の中でテントを畳みながら、やはりシステムのほうが正しかった、自分の判断になどしたがうべきではなかったのだ……と私は激しく後悔していた。しかし、もう半分以上出発の準備を整えてしまっていた私は、撤収するのもバカバカしく、覚悟を決めて、というか半分やけくそで出発することにした。駄目ならテントを張ればいいわけで、今からテントを立て直すのも途中で立てるのも、強風下という条件を考えれば同じことだ。

顔全体が凍傷になっても気にしていられなかった。

前日まとめたライフルなどのいらない荷物をその場に捨てて出発した。橇が軽くなったので多少速度は増したが、風の強さと寒さは強烈だった。氷床の一番高い頂のほうから、地球上のあらゆる物体を氷結させるに足る凍てつく風が、私の顔面の露出した皮膚の部分を直接突き刺してくる。繊毛のような細かな針を顔面にぶすぶす刺されているようで、顔が痛くてしょうがない。

出発から10分ほどで顔全体が凍傷に罹ったのが分かったが、どうしようもないのでこの問題に関してはスルーすることにした。

犬も寒さで足の裏の肉球の間で汗が凍りつき、それが刺さって血を流しているが、これもスルー。とにかく闇雲に進んだ。

立ち止まってあたりを見渡すと、氷床全体で雪煙が上空まで舞い上がり、空襲下の東京みたいな、雪の炎が世界全体を焼きつくすかのような凄惨な光景が広がっていた。ここ何日か、私は太陽を見たい、太陽を見たいとその一心で歩いてきたが、この日にかぎっては太陽などどうでもよかった。もはや命懸けであり、無事に村に帰ることさえできれば何でもよかった。

(角幡 唯介)

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