「生放送じゃねえか!」オウム最高幹部と公安はみ出しデカの対決

「生放送じゃねえか!」オウム最高幹部と公安はみ出しデカの対決

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/09/17
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極左過激派やオウム真理教事件など、昭和から平成にかけて日本を揺るがせた大事件の「裏側」で活動してきた公安捜査官・古川原一彦。その古川原が死の直前に明かした、公安警察の内幕やルール無視の大胆な捜査手法から、激動の時代に生きたひとりの捜査官の生きざまに迫ります。長年、古川原と交流を持ち、警察やインテリジェンスの世界を取材し続けてきた作家・竹内明氏が知られざる公安警察の実像に迫る連続ルポ、第9回(前回までの内容はこちら)。

地下鉄サリン事件から1ヵ月目のテレビ局で

公安部の名物捜査官・古川原一彦が生前、大事に保管していた一通の手紙がある。所々、指印とともに訂正されているその手紙には、こう書かれている。

<古川原警部より、真人間になれと諭され、私にとっては、ただ一つのよりどころであったオウム真理教を脱会しました。どうもありがとうございました>

執筆者はオウム真理教ナンバー2の実力者と言われた早川紀代秀。取調室という密室で、古川原と早川との間で、知られざる熾烈な攻防があった。

地下鉄サリン事件からちょうど1ヵ月目、1995年4月19日のことだ。警視庁公安部公安一課調査第六係長の古川原は、東京赤坂のTBSテレビのロビーの片隅で張り込んでいた。この日、古川原は極秘の任務を負っていた。背広の内ポケットには、ある男の逮捕状を忍ばせている。

被疑者はオウム真理教建設省大臣・早川紀代秀。教団の最高実力者の一人だ。罪名は建造物侵入、都内のマンションの地下駐車場の他人のスペースに車を止めたという微罪だった。

早川の行方を警視庁公安部は掴んでいなかった。古川原はTBSの番組に早川が生出演するとの情報を得て、ここで待っていたのだ。その場で逮捕状を執行するつもりだったのだが、早川は一向に姿を現さない。

夜になり、古川原は諦めて、公安一課に戻った。しかし深夜11時、テレビ画面を見て驚愕した。早川がたった今まで自分が居たTBSの夜のニュース番組に生出演していたからだ。

「どうなっているんだ。生放送に出ているじゃねえか!」古川原は飛び上がった。

「富士宮(オウム真理教富士山総本部)からの生中継です。山梨県警が現場に急行しているそうです」

古川原は午後11時過ぎ、捜査車両に乗って警視庁本部を飛び出した。山梨県警は古川原が到着する前の、20日午前零時過ぎ、富士山総本部に踏み込んで、早川を緊急執行によって逮捕した。その様子は全国に生中継された。

古川原が富士宮警察に入ると、赤紫の宗教服を着た早川が座っていた。眼光鋭い男だった。身柄を引き取り、捜査車両に早川を乗せた。

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テレビ局での収録直後に逮捕された早川紀代秀(写真提供:朝日新聞社)

「警視庁の車の隊列を、マスコミの車がついてきた。途中、マスコミの追跡をまくために何度も、路側帯に車を止めて先に行かせた」(古川原)

「やつには、妙な貫禄があった」

公安部では通常、警部が取り調べ主任をつとめることはない。警部補が取り調べを担当し、係長である警部は指揮官となるのが通例である。

しかし赤坂特捜には取り調べ経験の豊富な警部補がいなかった。極左活動家の事件捜査や取り調べを潜り抜けてきた古川原が、教団の事実上のナンバー2で、裏の顔とも言われる早川と向かい合うのは必然であった。

「早川は俺と年齢こそ変わらなかったが、妙な貫禄があった。迫力みたいなものがね。建造物侵入という微罪で逮捕したものの、もっと重大な事件を吐かせなければいけない。どう切り込んでいいか、迷ったよ。国家権力への敵意を抱いた連中を落とすのは簡単じゃないんだ」(古川原)

早川は3つの大事件のキーパーソンだ。坂本弁護士一家殺害事件、地下鉄サリン事件、そして警察庁長官狙撃事件だった。

早川から自供をひきだせ、というのが警察上層部の指示だったのだから、さしもの古川原もプレッシャーを感じていたのだ。

早川は教団内で登用された他の幹部と同じく、理系エリートと呼ぶに相応しい経歴の男だった。大阪の進学校から神戸大学農学部に入学、卒業後は大阪府立大学大学院農業研究科に進み、緑地計画工学を研究した。

1975年に大阪の大手建設会社に就職、宅地造成やゴルフ場の計画などを手がけた。1980年に退社、設計コンサルタント会社などに勤め、教団に出家したのは1988年頃だったという

古川原は事前に関西に飛んでいた。公安捜査員は、取り調べの前に、被疑者に関する綿密な「基調」(キチョウ)を行うよう叩き込まれている。学歴職歴だけでは取り調べの材料にはならない。古川原は大阪、神戸で、早川の両親や妻、建設会社の同僚らからじっくりと話を聞いてきたのだ。

早川が心霊の世界に強い興味を持っていたこと。自室に小型ピラミッドを据え付け、その下に林檎を置いて「ピラミッドパワーで腐らない」と感動していたこと。さらには「オウム神仙の会」に電話をして、麻原と電話で話して「痺れた」と感動していたことなど、入信にいたるまでの経緯を調べつくした。

さらに彼の家族関係や趣味、人脈、トラブル、悩みや健康状態、子供の頃のエピソードまで徹底的に情報収集をして取り調べに臨んだ。

人類は、どこから来たの?

しかし、極左活動家の調べとは勝手が違った。オウム真理教は警視庁公安部にとって新しい捜査対象だ。組織の歴史や思考回路などの情報が圧倒的に不足していた。教団の誤った理論を突き崩すことができない。

やがて早川と向かい合っても言葉が出てこなくなった。早川は重大事件に関する古川原の質問をのらりくらりとかわした。古川原は苛立ち、午前10時の取り調べ開始から深夜11時まで、ずっと怒鳴り続けるしかない日もあった。

「お前は人殺しだ! 心が痛まねえのか! この人殺しが!」

古川原の絶叫だけが虚しく響くだけだった。

ある日、古川原は息子と出かけた上野の国立科学博物館での展示を思い出した。「人はどこから来たの?」というテーマで人類の起源をさかのぼる展示だった。パンフレットに「250万年間の男女の結合によって、いまここに人がいる」という趣旨のことが書かれていたと記憶していた。

古川原は早川にこう言った。

「いまここで俺とお前が向かい合っているのは偶然じゃない。250万年の歴史の中で男女が結合することによって人類がここに存在する。不思議かもしれないが、これは前世からの定めだと俺は思うんだ。よく考えて俺と向き合ってくれ。まっさらな人間になるんだ」

「はい。そうですね」

早川は初めて、神妙な顔をして頷いた。そしてオウム真理教からの脱会の意思を表明した。古川原の取り調べが終わる6日前のことだ。

5月22日、取り調べ最終日の夜、古川原は早川にこう告げた。

「俺は今日で終わりだ。これで帰るからな。明日からは捜査一課に引き継ぐからな。お別れだ。じゃあな」

席を立った古川原の背中に、すすり泣く声が聞こえた。特に情感を込めて伝えたつもりはなかった。事務的に言ったつもりだったが、早川は確かに泣いていた。

<この野郎、やはり嘘をつき通して、良心の呵責に耐えられなくなったんだな>

古川原はこう思った。そして夜の取り調べを担当する検事に、早川の身柄を引き継ぐ際に耳打ちした。

「最後に早川が泣いたように見えました。落ちるかもしれませんよ」

(つづく)

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古川原をはじめ著者・竹内明氏が長年、取材を続けてきた公安捜査官たちの生きざまをベースにスリリングな諜報戦を描く新刊『スリーパー』が9月26日に発売されます!ただいま、予約受付中!

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