パンダが教えてくれる中国外交「次の一手」

パンダが教えてくれる中国外交「次の一手」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/10/12
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パンダブームの再来に世間が沸いている。赤ちゃんパンダがとにかくかわいい、というのがブームの理由なのは言うまでもないが、これほどの影響力を持つマスコットを、独占保有する中国が放っておくだろうか。中国がこれまで「国宝」としてのパンダをどう扱ってきたか、また、そこから見えてくる「いま中国は何を考えているのか」を、東京医科歯科大学教養部の家永真幸准教授が分析する。

外交の重要局面でパンダを送り出す

先日「シャンシャン(香香)」と命名された東京・上野動物園のパンダが、12月にいよいよ公開される見込みである。

このパンダが生まれたのは、今年6月12日だった。菅官房長官が記者会見で誕生を歓迎するコメントを発すると、中国外交部の陸慷報道官も即日、これを祝福する好意的なコメントを寄せた。

陸報道官はさらに、シャンシャンの命名が発表された9月25日にも、「パンダは中国の国宝であり、中国と多くの国の人々とのあいだの重要な友好の使者である。私たちはパンダが引き続きそのような作用をうまく発揮してくれることを望んでいる」と発言した。

今年は日中国交正常化45周年。日中両国の政府間関係および国民感情の改善はいまだ道半ばだが、シャンシャンの誕生は、図らずもこの節目に花を添えたと言えよう。

実は、中国はこれまで、外交の重要局面で相手国にパンダを送り出す、いわゆる「パンダ外交」をたびたび展開してきた。ただ、その相手国や目的、手法は、何度か大きな転換を遂げてきている。本稿では、その変遷をふり返りつつ、近年のパンダ外交から中国外交のどのような特徴や方針が見えてくるのか検討してみたい。

抗日戦争を有利にするため、アメリカに「贈呈」

パンダは中国を代表する動物である、という見方は、いまや世界中の多くの人々のあいだで共有されているだろう。その地位は、先述の陸報道官の言葉にもあるとおり、ときに「国宝」とも称される。

ただ、パンダに国家を代表させようというアイデアは、実はそれほど長い歴史をもたない。1930年代末から40年代初頭に初めて歴史の表舞台に登場したと考えられる。ここで、その経緯を簡単にふり返ってみたい。

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1936年、アメリカに初めて持ち込まれたパンダ「スーリン」 photo by gettyimages

1936年、アメリカの探検家が生きた赤ちゃんパンダをシカゴに連れ帰るのに成功した。このパンダはアメリカ社会で大変な人気を博し、動物園は来場者であふれ、関連商品も多く作られた。パンダブームの原型とも言うべきこの騒ぎを経て、この動物は一躍「愛玩すべき動物」として米英社会を中心に広く認知された。

当時の中国を統治していたのは、中国国民党の蔣介石を指導者とする中華民国政府である。彼らは、それまでパンダに特別な価値を見出してこなかった。しかし、欧米人による捕獲熱の高まりを受け、1930年代末にはこの動物の禁猟・禁輸に踏み切る。それにともない、パンダは自由に捕獲して諸外国に持ち去ることのできない動物となった。

そのようななか、1941年11月、中国国民党からアメリカに突如パンダが贈呈された。

これは、抗日戦争を有利に進めるための国際宣伝戦術の一環として、アメリカの親中メディアの協力も得た上で、綿密な計画を立てて実施されたものであった。国民党はパンダを「平和の象徴」に仕立てることで、アメリカ社会から「正義の同情」を引き出そうとしたのである。これが今日まで続く中国「パンダ外交」の嚆矢となった。

その後も、世界にはパンダの受け入れを熱望する動物園がいくつもあった。しかし、国民党が中国共産党との内戦に敗れたため、中華民国政府は1949年に台湾に移転してしまう。

このとき、国民党はパンダを台湾に持ち込まなかった。そのため、パンダに国家を代表させ、友好の使者として他国に送り出す外交活動は、共産党が率いる現在の中華人民共和国政府に引き継がれることになったのである。

台湾の支援国には「禁パンダ」の時代も

1950〜60年代にかけ、中華人民共和国はソ連および北朝鮮にパンダを贈った。

実はこの間、アメリカおよび日本からも、民間レベルで中国に対してパンダ誘致の働きかけがあった。しかし、東西冷戦という国際環境の下、台湾の中華民国とのあいだで「唯一の合法中国政府」の地位をめぐる外交闘争を続けていた中華人民共和国政府は、中華民国との国交を維持する米日両国からの申し出に応じることはなかった。

この北京による「パンダ外交」と対をなすかのような外交戦術が、同時期の台湾でも見られた。それは、「故宮外交」とでも呼ぶべきものである。国民党は台湾に撤退する際、北京の「故宮博物院」の収蔵品を中心とする文化財を大量に持ち込んだ。彼らはそれらをアメリカおよび日本に出展する計画を立て、実際、1961年にはアメリカ展を実現させた。

国民党がこの事業に込めた期待は、一つには相手国社会からの同情を獲得することであった。しかし、それ以上に彼らが重視したのは、出展品が「中華民国」という国家の財産であるという趣旨の声明を、相手国政府から引き出すことだった。日本出展が実現しなかった原因は、まさにこの点に求められる。

これら「国宝」と称揚されるシンボルを利用してくり広げられた政治・外交闘争については、拙著『国宝の政治史 「中国」の故宮とパンダ』(東京大学出版会、2017年)をご参照いただければ幸いである。

ワシントン条約後は「レンタル」に

ここまで説明してきたように、分断国家問題に結びつけられていたからこそ、72年の米中和解、それに続く日中国交正常化に際し、パンダは米日両国に贈られ、友好を効果的に演出する役割を担った。さらにこのころを境に、パンダは1980年代初頭にかけ、イギリス、フランス、メキシコ、スペイン、西ドイツと、堰を切ったように西側諸国へと贈られた。

そして80年代に入り、パンダ外交は再び転機を迎える。野生動植物の保全を趣旨とする「ワシントン条約」の規定により、パンダは国際商取引が原則禁止される種に指定された。そのため、中国政府は84年以降、パンダを外国に「贈呈」することができなくなったのである。

ところが国際社会では、アメリカや日本を中心に、依然としてパンダは人気を集め続けていた。その結果、世界各地の動物園やイベントが、中国にレンタル料を支払ってパンダの「巡業」を誘致するという事態が発生した。

この本末転倒な状況を是正すべく、90年代に編み出されたのが、「繁殖のための貸与」としてパンダを中国国外に送り出す仕組みだった。これは、原産地から遠く離れた土地で動物を長期間かけて飼育・研究するのであれば、種の保存のために意義がある、という当時の生物学上の見地に基づいたものであった。

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上野動物園のパンダ(参考、メキシコ生まれのシュアンシュアン)photo by gettyimages

この方式において、借り受ける国は中国に対し、パンダ保護のための支援金として年間100万米ドル程度支払うことが慣行化した。シャンシャンの両親であるシンシンとリーリーが2011年に上野動物園に来た際も、この方式がとられた。

当時の日本メディアでは、「レンタル料が高すぎる」と中国を批判する論調が目立った。しかし、料金を支払ってでもパンダをほしがる国があるからこそ、中国は相手を見て徴収している、という事実から目を逸らすべきではないだろう。レンタル料の支払いは、先のワシントン条約によって義務づけられているわけではないのだ。

「一帯一路」構想に沿って貸し出す

こうしてパンダは、中国との政府間関係が悪ければやって来ないという意味では、依然として「友好の使者」としての役割を残しつつ、その授受は多分に商業的な性格も帯びるようになった。

一方、ワシントン条約の規定により、パンダの「国際」取引が禁じられたことで、パンダには新たな政治的役割が付与されることになった。それは、中国の「国内」がどこまでかを演出する、という役割である。

実は、中国政府は1990年代末以降、パンダを香港・マカオに「貸与」ではなく「贈呈」することで、両地域のイギリス・ポルトガル統治からの返還を祝う、という活動を行っている。

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2008年、馬英九政権の台湾に空輸で贈呈されるパンダ photo by gettyimages

さらに、2008年には、国民党の馬英九政権下の台湾にもパンダを「贈呈」している。対中融和政策をとっていた馬政権は、「台湾は中国の一部である」という認識については北京側と共有していたため、これを受け入れたのである。

台湾へのパンダ贈呈は、中国にとっての「台湾問題」の焦点が、国際社会における合法中国政府の座をめぐる争いから、「いかにして台湾を独立させないか」をめぐる争いへと移行したことを、如実に物語っている。

習近平時代に入ってからも、中国は積極的にパンダ外交を展開している。2014年にはベルギー、マレーシア、16年には韓国、オランダ、17年にはドイツ、インドネシアの各国が提供を受けたほか、フィンランド、デンマークへの貸与計画もすでに発表されている。

これらの送り先は、「一帯一路」(=習近平国家主席が推進する経済・外交圏構想)下でのヨーロッパ、東南アジア重視や、北朝鮮核問題における韓国との関係強化といった、習近平体制の大局的な外交戦略を反映していると見ることもできるだろう。

中国風の「パンダ館」建設を要求

筆者の理解する限りでは、パンダはこれまで相手国政府から「譲歩」を引き出すための交渉カードとして機能してきた形跡はない。

中国政府がパンダに期待しているのは、多くの人々に愛されるこの動物が話題になることで、現地メディアでの中国に対する否定的な報道の印象を薄め、社会の対中警戒感を緩和することで、相手国政府にとって対中融和政策をとりやすい環境を整える、といった効果であろう。

そして、そのようなパンダの特質は、中国国民党が「パンダ外交」を発明して以来、大きく変化していないと考えられる。

これまでのパンダ外交は、国際社会からの要求をその時々の対外宣伝戦術に巧みに応用した、ある意味で「受動的な」産物であった。欧米や日本社会におけるパンダブームにしても、動物保護に関する国際ルール整備にしても、初めから中国政府が狙って引き起こしたものではない。

しかし、近年の動向からは、より能動的にパンダ外交を展開していこうという中国政府の意欲が見てとれる。

その送り先には、これまで必ずしもパンダ誘致に熱心ではなかった国々も名を連ね、受け入れ側は中国風建築の「パンダ館」の設置を求められている。一方、レンタル料金については柔軟な対応がなされているようで、報道によれば、インドネシアへの提供ではレンタル料金の代わりにテングザルおよびコモドオオトカゲとの交換が予定されている。

パンダ外交は、中国政府自身がパンダの「ありがたみ」を積極的に規定・発信し、それを外交戦略上重要な国々との関係強化に利用していくという、また新たな局面に入りつつあるのかもしれない。

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近代国家「中国」は、どのようにして故宮とパンダを「国宝」と呼ばれるようにしたのか?(amazonはこちらから)

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