不倫も女性拉致もダメ!反逆者の対応はその場の空気で...鎌倉幕府のルール「御成敗式目」51か条を紹介!

不倫も女性拉致もダメ!反逆者の対応はその場の空気で...鎌倉幕府のルール「御成敗式目」51か条を紹介!

  • Japaaan
  • 更新日:2018/11/09
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「いい(1)兄(2)さん(3)に(2)、御成敗式目」

鎌倉幕府の基本法として貞永元1232年8月10日に定められた御成敗式目(貞永式目)

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御成敗式目を制定した北条泰時。栗原信充「柳庵随筆」より。昭和四1929年

従来の慣習や頼朝公時代の前例などを51条にまとめたものですが、果たしてどんなことが決められていたのでしょうか。そのすべてを解説するのはさすがに退屈でしょうから、今回は中でも興味深い条文などをピックアップしたいと思います。

法律の条文を通して、往時の武士たちがどんな悩みやトラブルを抱えて生きていたのか、そんなことにも興味を持って頂ければと思います。

※原文の前が意訳、後が所見(コメント)です。

第一条「神社を修理し、祭祀に専念すべきこと」

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神様は人間が信仰してこそ力を増し、人間をお守り下さるのだから、祭礼をおろそかにしてはならない。

社殿など損壊した時は、小さければ自分たちで修理し、手に負えない場合は幕府に事情を報告して指示を受けるように。

一、可修理神社專祭祀事

右神者依人之敬增威、人者依神之德添運、然則恆例之祭祀不致陵夷、如在之禮奠莫令怠慢、因茲於關東御分國々并庄園者、地頭神主等各存其趣、可致精誠也、兼 又至有封社者、任代々符、小破之時且加修理、若及大破、言上子細、隨于其左右可有其沙汰矣

何事につけ自然を敬い、神様と共に生きてきた日本人らしい条文です。これを一番にもってくる辺りに、純朴な往時のセンスを感じます。

ちなみに、第二条は寺院に関することがらを取り上げていますが、仏様の御利益には言及されず、僧侶の職務について、より実務的な内容となっています。

第九条「謀叛人(むほんにん)について」

謀叛人の取り扱いについては、あらかじめ式目には定めにくいため、先例やその時の空気によって決めなさい。

一、謀叛人事

右式目之趣兼日難定歟、且任先例且依時議、可被行之

謀叛なんて重大事件だからこそ、その対処(御成敗)について後々トラブルのないよう、あらかじめきっちり決めておいて欲しいものですが、ここではシンプルに「定めない」ことを定めています。

「俺は知らん!その時の担当者に任せた!」……そんな開き直りが聞こえてきそうです。

第十条「殺人・傷害の罪と親子の連帯責任について」

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円伊「一遍聖絵」より、正安元1299年。

口論や酔った勢いであっても、相手を殺した者は罰として死刑か流刑に処し、財産は没収する。

罪人の親や子について、犯行に関与していなければ無罪だが、仇討ちの場合は一族として利害が一致するため、関与していなくても同罪とする(後略)

一、殺害刃傷罪科事 付、父子咎相互被懸否事

右或依當座之諍論、或依遊宴之醉狂、不慮之外若犯殺害者、其身被行死罪并被處流罪、雖被沒收所帶、其父其子不相交者、互不可懸之、次刃傷科事同可准之、次 或子或孫、於殺害父祖之敵、父祖縱雖不相知、可被處其罪、爲散父祖之憤、忽遂宿意之故也、次其子若欲奪人之所職、若爲取人之財寶、雖企殺害、其父不知之由 在状分明者、不可處縁座

口喧嘩や酔った勢いで、ついカッとなってしまい……などという供述がよっぽど多かったのでしょう。

あえて実例を条文の冒頭に列挙するあたり、血の気の多い荒くれ武士たちに手を焼かされたであろう当局の苦労がうかがえます。

原文には「遊宴之醉狂」などと書かれていますが、ついうっかりでポンポン人を殺さないでいただきたいものです。

第十六条「承久の乱で没収した領地について」

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承久の乱における朝廷方の主導者・後鳥羽天皇(伝藤原信実筆、水無瀬神宮蔵)

承久の乱で、朝廷に味方した罪によって領地を没収された者が潔白だった場合、その領地を返還する。その領地が既に別の者に与えられていた場合、その者には代わりの領地を与える。

御家人でありながら幕府に背いた者は死刑&財産没収とするが、今後は朝廷に味方していたことがバレても、特別に財産の20%没収で許してやる。御家人以外の者については、もう今後(承久の乱について)財産の没収はしない。

それにしても、どさくさに紛れて「あの領地は元々私のものだったのに」的な訴えが多いが、今後は受けつけないので、濫望(らんもう。欲張り)をやめなさい。

一、承久兵亂時沒收地事

右致京方合戰之由依聞食及、被沒收所帶之輩、無其過之旨、證據分明者、宛給其替於當給人、可返給本主也、是則於當給人者、有勳功奉公故也、次關東御恩輩之 中、交京方合戰事、罪科殊重、仍即被誅其身、被沒收所帶畢、而依自然之運遁來之族、近年聞食及者、縡已違期之上、尤就寬宥之儀、割所領内、可被沒收五分 一、但御家人之外下司庄官之輩、京方之咎、縱雖露顯、今更不能改沙汰之由、去年被議定畢、者不及異儀、次以同沒收之地、稱本領主訴申事、當知行之人、依有 其過沒收之、宛給勳功之輩畢、而彼時之知行者非分之領主也、任相傳之道理可返給之由訴申之類、多有其聞、既就彼時知行普被沒收畢、何閣當時領主、可尋往代 之由緖哉、自今以後可停止濫望矣

承久の乱(承久三1221年)から既に12年も経っていながら、戦後処理のトラブルが絶えなかったようで、合戦当時、幕府と朝廷のどっちについていたかが未だ曖昧なままだった者がいる事と合わせて驚きです。

それにしても、どさくさ紛れに利権を主張する手合いがいるのは、いつの時代も変わりませんね。

第十七条「親子が敵味方に分かれて戦った場合」

親と子で敵味方に分かれて戦った場合、幕府についた者は恩賞を与え、朝廷についた者は処罰する。

西国の武士については親子のどちらかが朝廷についた場合、原則として親子両方とも処罰するが、互いに離れていて連携できないような状況であれば、朝廷についた者のみ罰する。

一、同時合戰罪過父子各別事

右父者雖交京方、其子候關東、子者雖交京方、其父候關東之輩、賞罰已異、罪科何混、又西國住人等、雖爲父雖爲子、一人參京方者、住國之父子不可遁其咎、雖 不同道、依令同心也、但行程境遙音信難通、共不知子細者、互難被處罪科歟

とりあえず「連帯責任は問わないから、たとえ家族が裏切っても、あなたはちゃんと幕府に味方してね?」という声が聞こえて来そうです。

それにしても、西国の武士たちは基本的にあまり信用されていないようで、きっと「一族みんなが味方でないなら、こっち(幕府方)に来ているのは敵のスパイかも知れない」とでも思っていたのでしょう。

第二十五条「御家人に婿入りした公家の義務について」

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公家が御家人に婿入りした場合、御家人としての義務を果たすこと。

舅が生きている間は舅が代行してやってもいいが、その死後はきちんと自分で務めること。実家の権威をかさに義務を怠るようなら、所領は相続させない。

公家と所縁のできた女性が幕府で奉公するとき、公家のしきたりを入れてはならず、そのような京都かぶれにも所領は治めさせない。

一、關東御家人以月卿雲客爲婿君、依讓所領、公事足減少事

右於所領者讓彼女子雖令各別、至公事者隨其分限可被省宛也、親父存日縱成優如之儀、雖不宛課、逝去後者尤可令催勤、若募權威不勤仕者、永可被辭退件所領 歟、凡雖爲關東祗候之女房、敢勿泥殿中平均之公事、此上猶令難澁者、不可知行所領也

鎌倉幕府は基本的に京都=朝廷を警戒しており、その息がかかっているであろう公家たちの接近≒鎌倉に対する文化的な侵略にも目を光らせていたようです。

「よそはよそ!ウチはウチ!郷に入らば郷に従え!」

そんな当局の危機感が伝わってきます。

第三十条「訴訟の判決前に有力者の書状を提出すること」

訴訟の判決が出る前に有力者の書状を提出するのは、コネで司法を曲げる行為であり、問注所(幕府の裁判所)に対する信頼が損なわれてしまうため禁止する。

言うべきことがあれば、きちんと訴訟の場で言うように。

一、遂問註輩、不相待御成敗、執進權門書状事

右預裁許之者、悅強縁之力、被棄置之者、愁權門之威、爰得理之方人者、頻稱扶持之芳恩、無理之方人者、竊猜憲法之裁斷、黷政道事職而斯由、自今以後慥可停 止也、或付奉行人、或於庭中、可令申之

コネやしがらみで道理を曲げようとする人は昔からいるようで、そんなのがまかり通ってしまったら、法治社会が成り立たなくなってしまいます。

もっともな条文ですが、中世の法律は「決めたら、きちんと守られる」ものではなく、「守られないから何度も出される・決められる」ことが多く、守らない者たちが、さぞや大勢いたのでしょう。

第三十四条「不倫や女性拉致の禁止」

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北野恒富「道行(心中天の網島)」

合意でもそうでなくても、密懐(びっかい。不倫)した御家人は所領の50%を没収、所領がなければ遠国へ流刑とする。女性も同罪で、同じ刑とする。

辻捕り(つじどり。路上で女性を拉致すること)も禁止、違反した場合、御家人なら100日間の停職処分、御家人でない武士は、頼朝公の時代からの先例に従って頭半分の髪を剃り落とす。僧侶の場合はその場の状況で罰を決める。

一、密懷他人妻罪科事

右不論強姧和姧、懷抱人妻之輩、被召所領半分、可被罷出仕、無所帶者可處遠流也、女之所領同可被召之、無所領者又可被配流之也、次於道路辻捕女事、於御家 人者百箇日之間可止出仕、至郞從以下者、任右大將家御時之例、可剃除片方鬢髮也、但於法師罪科者、當于其時可被斟酌

鎌倉幕府において不倫は処罰の対象であり、所領の50%が没収されるか、所領がなければ遠国へ流刑とされる重罪でしたが、繰り返すたびに所領がどんどん半々になっていくのでしょうか。

また、当時は辻捕りと言って女性を拉致する犯罪が横行しており、煩悩を振り払うべき僧侶までもが犯行に及んでいた深刻さが、条文より察せられます。

終わりに

他にも相続のトラブルや諸犯罪、訴訟など、間違いなく「こんなことがあったんだろうな」と実感させる条文が並んでいますが、何でも完璧ということはなく、その後も「追加法」が継ぎ足されていきました。

今回紹介した以外にも興味深い条文がたくさんあるので、法律の行間から「くせ者ぞろい」な鎌倉時代の武士や民たちの姿を思い浮かべてみるのも一興でしょう。

御成敗式目(貞永式目)

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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