ともに新興勢力の台頭...メルケルと安倍両首相「試練の秋」どう乗り切る?

ともに新興勢力の台頭...メルケルと安倍両首相「試練の秋」どう乗り切る?

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  • 更新日:2017/10/12
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安倍晋三(右)とメルケル(左)の日独両首相。すでに総選挙を辛勝で終えたメルケル氏は会見で、新興右翼政党の大躍進に苦笑い。安倍首相は10月の総選挙に向けた街頭演説で、小池新党に強い警戒心を見せた (c)朝日新聞社

今のG7でただ2人、在職期間が5年を超えるリーダーがいる。日独の首相だ。その2人が同時期に迎えた勝負の総選挙。築いてきた安定政権が、ともに新興勢力の台頭に直面した。激変する国際情勢の中、両国の行方に注目が集まる。

【写真】握手を交わす、メルケルと安倍両首相

東西冷戦時代、西側諸国によって発足した主要国首脳会議(G7)で現在、最も安定した政権を誇る2人のリーダー。一人は11月で在職12年となるドイツのアンゲラ・メルケル首相であり、もう一人は12月で在職6年(1年で辞職した第1次政権を含む)となる日本の安倍晋三首相だ。ともに1954年生まれの63歳で、誕生日も2カ月しか違わない。メルケル氏は2005年にドイツ歴代最年少で、安倍氏は翌06年に日本戦後最年少で、首相の座を手にした。

敗戦から始まった両国の戦後の歴史同様、共通点も多い2人が、今後も安定政権を維持できるかを占う勝負の総選挙に今秋、直面した。ともに有利な選挙戦になると思われたが、甘くはなかった。想定外は、国政選挙で議席を得たことがない新興勢力の台頭だ。

日本に先駆けて、9月24日に投開票されたドイツ総選挙(連邦議会選挙)では、メルケル氏が率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が第1党となったものの、前回選挙から60議席以上も減らして、過半数には大きく届かなかった。

同盟と連立を組んでいた社会民主党(SPD)に投票したサンドラ・ルオンさん(41)は、「そろそろメルケルから解放される時だと思った」。夫がベトナム人で、多様性を重んじる価値観を共有するが、「私たちはメルケルが反移民だった過去を知っている。親原発の方針も突然、反原発に変えるなど信念がない。長期政権は『安定』と言う人もいるが、私には『独裁』に見える。彼女は信頼できない」と話す。

しかし、そのSPDも40議席を失い大きく後退。さらに連立を解消して野党第1党に回る方針を表明し、メルケル氏は別の連立相手を探さなくては、4期目の政権を発足できなくなった。

●新興の右翼政党が国政第3党の衝撃

議席を最も増やしたのは、国政で初の議席を獲得した「ドイツのための選択肢(AfD)」。本誌が3月、反難民を掲げて拡大する欧州の極右サークルの一つとして紹介した新興右翼政党だ。議席を一気に94まで増やし、第3党となる大躍進を見せた。ナチスの反省を戦後復興の礎としてきた同国で、強いナショナリズムをうたう政党の連邦議会入りは、戦後の混乱期を除いて初めて。メルケル氏が選挙後、「我々への挑戦」と強い口調で危機感を示したAfDの台頭は、すでに難航すると予測されているメルケル氏の今後の政権運営にとって、強烈な向かい風となることは間違いない。

そして、10月22日には日本で総選挙が投開票される。「大義がない」と野党各党から批判されながらも、勝機を感じて解散総選挙に打って出た安倍首相だったが、自らが率いる自民党内の楽勝ムードは公示前にして早くも消え去った。日本初の女性首相就任を狙って、すでに「日本のメルケル」とも呼ばれ始めた小池百合子東京都知事が解散直前に立ち上げた新党、「希望の党」の勢いを無視できなくなったからだ。

希望の党の発足は、安倍政権の宿敵の最大野党・民進党を事実上の解党に追い込み、その議員の多くを吸収する形で急激な政界再編を起こした。小池氏の人気が、新党の勢いをさらに加速させている。解散当日の9月28日夕、安倍首相が最初の街頭演説で、「新党ブームからは決して希望は生まれない」などと対決姿勢をあらわにしたのも、強い危機感の表れだ。

メルケル、安倍両氏の前に突然立ちはだかった新興勢力の台頭の背景には、時代のうねりが見え隠れする。既得権益や既成政党を嫌う有権者が沈黙を破って声を上げ始め、新興勢力に期待を託すことで、失った生活水準や価値観を取り戻そうとする傾向が世界各地で一気に顕在化している。

昨年6月の欧州連合(EU)離脱をめぐる英国の国民投票以降、この1年半でG7参加国のうち英米伊仏の4カ国のリーダーが、こうした時代の潮流にのみ込まれるように、次々と交代していった。日独も、時代の波をかぶるのか。それとも大きなうねりに抗(あらが)って安定政権を維持できるのか。いまやG7の顔となった両首相の行く末に、国際社会の関心が集まっている。

●同い年の日独首相類似点と異なる人物像

激烈な権力争いが繰り広げられる政界で、長く首相のポストに居座り続けられたのは、自他党の反対勢力を徹底的に抑え込む負けん気の強さと、国民の期待をつなぎとめるだけのアピール性があったからだ。したたかで、時に強権的な両氏だが、実はあまりウマが合わない。歩んできた政治人生を振り返ってみると、類似点が多い半面、異なる人物像が浮かび上がってくる。

メルケル氏は、冷戦下の西ドイツで誕生後、東ドイツへ移住した。父は牧師で母は教諭、政治とは無関係の家庭で育ったポーランド系ドイツ人だ。人付き合いはいいが目立たない。内気だったというメルケル氏は、大学で物理学を専攻し、東ベルリンで東ドイツ科学アカデミーに就職した。

転機が訪れたのが89年。きっかけはベルリンの壁の崩壊だった。ドイツ再統一へ時代が動き始める中、科学アカデミーを退職。東ドイツにとっては「民主主義の出発」となった機会に、それをそのまま党名とした新党の立ち上げに加わった。この時、35歳。本格的な政治人生の始まりだった。

一方、このころの安倍氏は、79年から勤務していた神戸製鋼所を辞め、外相だった父、晋太郎氏の秘書官になって約7年が経っていた。学生時代は人付き合いがよく、おとなしい青年だったという。祖父に岸信介、大叔父に佐藤栄作という両首相経験者を持つ名門政治一家出身で、生まれた時から政治は身近にあった。憲法改正への執念は岸氏の遺志を継いだと言われるなど、一族の保守の流れを強く受け継ぐ。

衆院初当選は93年。そして、出世階段を一気に駆け上がることになるが、そこには小泉純一郎氏の後ろ盾があった。00年7月の森喜朗政権下、小泉氏の推薦で内閣官房副長官に就任。その後の小泉政権下では03年、当選3回で閣僚未経験ながら自民党幹事長に大抜擢された。05年には官房長官として初入閣。そして06年9月、小泉氏の次の首相として権力のステップを上がった。

●ここ一番のチャンスを逃さず勝負をかける

そのピークもあっけなかった。世襲議員の線の細さやもろさが表面化し、閣内をまとめきれない。閣僚の不祥事が続き、持病の悪化もあって、わずか366日で自ら辞職した。この挫折が、ゼロからのスタートとなった安倍氏を皮肉にも強くした。5年後の12年、自民党史上初となる別の人物を挟んでの総裁再就任に。その後の総選挙で圧勝し、現行憲法下では初めて、一度辞任した首相の再登板を果たした。

メルケル氏の出世スピードは安倍氏よりも速かった。名門の家柄など寄りかかるものは最初から何もなく、身一つで対立勢力を押しのけながら、自ら切り開いた頂点への道だった。

首相就任は、安倍氏の約10カ月前の05年11月。東西ドイツが再統一された90年10月の2カ月後に総選挙で初当選すると、いきなり女性・青年担当相を任された。引き立てたのは、CDU党首で首相だった故ヘルムート・コール氏だ。メルケル氏の政治の師匠と言われるコール氏の政権下では、常に入閣して重用されるが、周囲からは東ドイツ出身者と女性の登用を強調するためのお飾りだと皮肉られた。保守政党のCDU内にあってリベラル派と見られていたこともあり、単なる「コールのお嬢さん」と呼ばれて軽視された。

98年の総選挙で大敗したCDUが下野すると、コール氏は党首の地位もなくした。さらにコール政権時の同党にヤミ献金問題が発覚すると、メルケル氏は手のひらを返すように、いち早くコール批判を展開。コール氏の後継の党首も辞任に追い込まれると、すかさずメルケル氏は党首の座を手に入れる。ちょうど安倍氏が再起をかけた12年の自民党総裁選で、所属派閥の重鎮を押し切って立候補し、復活への扉を自力でこじ開けたよう。メルケル氏も、ここ一番のチャンスを逃さなかった。

ただ、この時も「一時的なつなぎ役」と言われ、評価は相変わらず低かった。メルケル氏は、相次ぐ地方選挙での勝利などを通じ、実績を積み上げることで軟弱な権力基盤を強化していった。その手腕を徐々に認める議員が増え、05年の総選挙に勝利して与党に返り咲くと、激しい条件闘争となったSPDとの連立協議を全く引かない交渉術で乗り切って、同国初の女性首相になった。それから一度も政権を手放していない。単なる「コールのお嬢さん」だったメルケル氏は、国内では「ドイツの母」と言われるようになり、国外では故サッチャー元英首相のお株を奪う「鉄の女」と称された。

●岐路に立つ国際協調主義 日本の「戦後」変えるか

名門の家柄を背景に政治の道に入り、大きな挫折を力に変えて推進力を得た安倍氏と、東西冷戦の終結を背景に政治に目覚め、こつこつと権力固めをしてきたメルケル氏。まるで競い合うかのように同じ時代を生きてきた2人だが、権力の頂点に長く居座るほど、おごりも出て、政敵も増える。絶対的な権力に陰りが出るのは当然だ。

そして、世界構造も劇的に変化した。日独とともに国際協調主義の先頭を走ってきた米国が、トランプ大統領の登場で、自国第一主義へ大きくシフトしたからだ。単独主義傾向が強いロシアや中国が世界で影響力を強める中、欧州でも英国が、国際協調の象徴でもあるEUからの離脱を決めた。オランダやフランスでもEU離脱や反移民・難民の動きが活発化し、選挙では、そうした政策を掲げた右翼政党が躍進。今回のドイツ総選挙でAfDが台頭したのも、その傾向が衰えていないことを示している。

かつての民主主義国家vs.共産主義国家という対立構造に代わり、国際協調vs.自国第一という新たな対立へのパラダイムシフトが起きている。戦争の反省を教訓に、あくまでも国際協調にこだわるメルケル氏は同主義の旗印となった。盟友のマクロン仏大統領の支持率が急落する中、メルケル政権の今後がどうなるかは、国際情勢に極めて大きな影響を及ぼす。

そして日本も揺れている。地理的に中ロに囲まれ、究極の自国第一主義を貫く北朝鮮の核・ミサイルの脅威が高まる中にあって、最大の同盟国・米国の急激な方向転換は、戦後一貫して協調路線を唱えてきた日本の立ち位置を激しく揺さぶる。安倍首相の代名詞になった「戦後レジームからの脱却」が、現状で意味するものは何なのか。世界の権力構造が激変する中で行われる今回の総選挙は、「戦後」を強く意識してきたこれまでの日本の姿を大きく変えかねない選挙になる。(編集部・山本大輔)

※AERA 2017年10月16日号

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