井上尚弥の衝撃の112秒TKO3階級制覇の裏にあったテレビに映らないドラマ

井上尚弥の衝撃の112秒TKO3階級制覇の裏にあったテレビに映らないドラマ

  • THE PAGE
  • 更新日:2018/05/27
No image

衝撃の112秒TKOで3階級制覇した井上尚弥(写真・山口裕朗)

プロボクシングのWBA世界バンタム級タイトルマッチが25日、東京の大田区総合体育館で4000人のファンを集めて行われ、挑戦者の井上尚弥(25、大橋)が王者のジェイミー・マクドネル(32、英国)を1回1分52秒TKOで倒して3階級制覇に成功した。井上はプロ16戦目で日本人最速の3階級王者となった。減量に苦しんだマクドネルは、当日に12キロも増量。井上との体重差は5キロあったが、そんなハンディをものともしない桁外れの強さで圧勝した。井上は、試合後、9月から始まる予定の世界最強賞金トーナメントWBSS(ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ)のバンタム級部門への出場を正式に表明した。

開始30秒もかからなかった。
マクドネルのスローモーな左ジャブを1発、2発、3発とステップバックで外しただけで、英国から初めて日本へ上陸したチャンピオンの力量を見切った。
「ジャブを肌で感じたところでわかった。スピードもないしパンチの戻しも遅い。30秒くらいですね。たいしたことないなあと。左には対応できる。感覚でいきましたね」
繰り返し見てきた映像でもスピードがないことはわかっていたが、あえて過大評価しておいた。だが、拳を合わせた瞬間、井上の察知能力が機能した。

ボディから強引にフックを振り回して“圧”をかける。マクドネルの目に怯えを確認すると、身長とリーチで10センチ差以上あるマクドネル対策用の特殊な左フックを額あたりに見舞った。
肘を伸ばして拳の裏を当てる、格闘技で「ロシアンフック」と呼ばれるパンチだ。
王者の足元がよろけたのを井上は見逃さなかった。

「普通のフックではあの距離では届かないんでね。いけば倒せそうだったので、いっちゃった」
左ボディがめりこむと王者はダウン。両手をついて跪き表情が歪む。
5カウントで立ち上がってきたが、もう井上はスイッチオン。ロープを背負わせるとガードを下げたままの荒っぽいスタイルでフックを振り回した。その際マクドネルの右ストレートを一発食らったのだが、“死に体”のパンチだから井上のラッシュの勢いが上回る。左が当たり、右が当たった。

マクドネルはガードを固めて必死に耐えたが、ロープにずり落ちるようにして倒れると同時にレフェリーが試合を止めた。ラッシュの最中に王者陣営のコールドウェル・トレーナーが、エプロンに上がってスポンジで含んだ水を投げつけ棄権の意志を示していた。
「ラッシュのときは怒っていましたねえ。それが力みになったのかも」
怒りの1ラウンドTKOだったのである。

マクドネル陣営は一連の試合前行事で遅刻を繰り返して井上陣営をイラつかせていた。その極め付きが前日の定刻より1時間7分も遅れた計量。「アイムソーリー」の一言もなく、「ふざけてますね」と怒りを隠さなかった。しかも、この日は、ゴング予定の2時間前にようやく会場入り、当日計量を行うと53.5のリミットから約12キロも増え65.3キロになっていた。バンタム級より6階級上となるウエルター級の体重である。当日計量にリミットを設けているIBFならば、タイトル剥奪になるほどの増量だった。
一方の井上も、リカバリーしたが、こちらは59.5キロだった。約5キロの体重差だ。
それは井上の怒りに火を注ぐ数値になった。

「そこまでの体重差は想像していなかったけれど、単に体がにぶるだけ。スピードも後半に落ちるだろうし、デメリットしかないだろうと思っていた」

大橋秀行会長も「その体重を聞いた瞬間いけると思った」という。

「陽動作戦かどうか知らないが、遅刻をしたりして、これは逆効果になっちゃうよ、(井上の)リミッターが外れちゃうよと見ていた」。控え室での井上のウォーミングアップを見て周囲に「終わるの早いぞ。1ラウンドKOもあるぞ」と予言していた。

No image

最初のダウンは左ボディをめりこませて奪った(写真・山口裕朗)

それでも父・真吾トレーナーは「1ラウンドは様子を見ろ」と指示していた。
「不気味だったんです。体重の落とし方と増やし方が凄かったので確認したかった。見切ってから行こうねと話しをしていたんだけど……見切って、すぐにいっちゃった(笑)。でも、集中していたので、そのままいかせてよかったかなと」

例え「行ける」と判断しても、勇気に変えることがでできず、そのまま安全策に走ってズルズルとKO機会を失うボクサーを何人も見てきた。察知力と勇気、そして、それをKOに結びつけることのできる破壊力を兼ね備えたボクサーは日本のボクシング史の上でもそうはいない。
そこに、この日は闘争心という名の本能までが加わったのだ。ただし、その点は、ボクサーの高みを追求する井上にとっては、気にいらない部分。
「(ラッシュをかけたときにガードが)がらあきになっていた。気持ちとボクシングを一体化させていかないと、いつかやられる。そこは修正していかないといけない」
圧勝劇に胡坐をかくつもりもない。

プロ16戦目にして最大のプレッシャーを感じていた。
「次(WBSS)も決まっている中での3階級制覇。今までにない重圧があった」
試合前の控え室で初めて会長とトレーナー陣以外の関係者を部屋から追い出した。
「人の喋り声が気になるくらい集中していた」
無駄な雑音を耳に入れたくないほどナーバスになっていたのだ。タイトル奪取の直後、「これがボクシングです」と叫び、コーナーに2度駆け上がったが、それは重圧から解き放たれた感情の爆発だったのだ。

近代ボクシング発祥の地から初めて日本のリングに上がったマクドネルはベルトを失い号泣していた。
「きょうのジェイミーはいつものジェイミーではなかったわ」
同行した妻に励まされ、しばらく控え室に閉じこもった元王者は「5分」の制限つきで扉を開放した。

「井上は地球上で一番強い男だった。これを最後のバンタムの試合にしたいと最高のコンディションで臨んだが、残念ながら負けてしまった。減量の影響?これまで減量方法を変えたわけではない。今日は勝てる夜ではなかったということだ。井上がスタートダッシュしてくることは予想していた。数ラウンド様子をみて、トルネード(嵐)が去るのを待って攻撃するつもりだったが、井上の左フックでダメージを負ってしまった」
10年間、無敗だったマクドネルは涙をこらえているように見えた。

この試合を組んだ世界的プロモーターの一人、エディ・ハーン氏は「99パーセントのボクサーが、マクドネルのような減量を乗り越えることができなかっただろう」と言い訳をしたが、例えマクドネルが減量に苦しんでいなくとも井上の敵ではなかっただろう。

「素直に3階級制覇の重みを感じる。世界をとったときと2階級制覇のときは流れがはやすぎた。組まれた試合をただこなしているだけで、そのとき、そのときの思いがなかった。でも、今は、しっかりと試合の位置づけもできている」
25歳の3階級王者、“黄金のバンタム”のベルトを巻いた思いをこう続けた。
「夢みたいですね。(バンタムの日本の過去王者は)レジェンド、偉大な方ばかりです。まずスタートラインに立てた。これは誇りに思いたい」
彼らを超えるレジェンドになりたい。
リング上では参加が内定しているWBSSへの出場をファンに報告した。

すでに無敗のWBA世界同級スーパー王者のライアン・バーネット(26、英国)、11秒KOで話題となり、4月の防衛戦では井上が衝撃KOで葬ったオマール・ナルバエス(42、アルゼンチン)に完封勝利したWBO世界同級王者のゾラニ・テテ(30、南ア)、IBF世界同級王座を獲得したばかりのエマヌエル・ロドリゲス(25、プエルトリコ)の3王者が参加を表明。残り1枠のシード枠に井上が加わることになる。
準決勝のファイトマネーが80万ドル(約8800万円)、決勝のそれは100万ドル(1億1000万円)を超えるという夢のあるトーナメントだ。

「ロドリゲスは、まだそんなに見たことがない。バーネットもザナト・ザキヤノフ戦くらいを見ただけ。やってみたいのはテテかな。11秒KO試合は、まぐれだったけど(笑)。まあどの選手と対戦しても一緒。相手がどうこうより自分を仕上げていく」

勝てば自らがWBSSへ参戦する予定だったマクドネルも「井上ならWBSSでも勝てる可能性がある」とエールを送る。6月には大会のプロモーターが来日、大橋会長と協議を持つという。

今、井上の目の前に、夢にまで見た最強のライバルたちとの戦いの道が開けたが、実は、112秒の衝撃TKO決着にも不満があった。
「(減量からの解放に)エネルギーがみちあふれているのを感じたけれど、まだ硬い。きょうの試合では自信がつかない。まだ見えていない実力を引き出せる試合になるのかなと思っていたんだけど、何もわからないままバンタムの最初の試合が終わった。本当なら中盤まで試合をしてバンタムの体力とか耐久性を確認したかった。そこからのトーナメントなら自信を持っていけるが、ここからいくのは未知数」
真吾トレーナーも「もう3、4ラウンドやりたかった、そこで対処できれば自信になったのに」と同じ思いを吐露した。強すぎるゆえの悩みーーーである。

この試合は、「スカイスポーツ」と「ESPN+」にて全英を含む欧州と全米に生中継されていた。
ESPN電子版は、さっそく速報版でこう伝えた。
「井上は怪物の名に恥じない試合でマクドネルを破壊した。マクドネルは試合前12週間の準備をしてきたと語っていたが、それはまったく意味をなさなかった」――

(文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

格闘技カテゴリの人気記事

グノシーで話題の記事を読もう!
K1村越優汰、決勝で西京春馬破りフェザー級王者に
“元祖美女ボクサー”ジム会長になる「世界に羽ばたける王者を育てたい」
“皇帝戦士”ベイダー死す...16年、心臓の病気で余命2年宣告
アンダーテイカーが8年ぶりにMSG登場へ WWE
新日本G1武道館大会、ケニー・オメガと飯伏幸太がDDT武道館大会以来6年ぶりに対決!
  • このエントリーをはてなブックマークに追加