メガバンクも地銀も、銀行員「次世代のかたち」はここまで激変する!

メガバンクも地銀も、銀行員「次世代のかたち」はここまで激変する!

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2019/08/22
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「営業目標全廃」の舞台裏

メガバンクの一角、三井住友銀行は今年4月、個人顧客向けの業務を担っている営業職員たちに課してきた投信、保険などの販売目標を全廃した。

他のメガバンクの営業目標の改善を進めているが、全廃という抜本的な改革に踏み切ったのは同銀行だけである。

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〔photo〕gettyimages

この話が報じられたとたんに、きわめて興味深い反応が大手メディアの記者たちから示された。「営業目標を廃止すると、営業実績が下がるのではないか」という質問の嵐である。

「営業目標を全廃するために、どのような内部改革を行ってきたのか」というような質問は一度たりとも耳にしたことがなかった。質問内容は素朴であるが、想像力はあまりにも乏しいと言わざるを得ない。

というのも、三井住友銀行は営業目標の廃止を唐突に思いついて実行したわけではないからだ。じつは、同銀行は2015年度から5年の歳月を費やして、営業目標の廃止にようやくこぎつけたのである。なぜ、そこまでの歳月を費やさざるを得なかったのか。

銀行はきわめて精緻な営業店管理方式が敷かれてきた。業績評価体系、人事評価体系、さらにはマニュアル、研修制度等々、いずれも事細かく、そして、それぞれが有機的に結合するように構築されている。もちろん、営業目標を設定して、その達成率をチェックするという営業管理もそこに結合していることはいうまでもない。

つまり、裏返して言えば、営業目標の廃止は単にそれだけにとどまらず、そこに結びついている業績評価、人事評価、マニュアル、研修等々までも180度転換といえるほどの改変が必要となるのだ。

「支店管理」という悪夢

その経緯を具体的に示すと、次のようになる。

2015年度は「商品によらず投信の業績評価上の料率を一本化」。2016年度は「ストック収益資産残高を業績評価項目に追加」。2017年度は「収益の業績評価ウエイトを引き下げ」。2018年度は「NPS調査など顧客の声を業績評価に反映、収益の業績評価ウエイトをさらに引き下げ」。そのうえで2019年度に実施したのが「収益評価の廃止」と、「金融商品販売における個人目標を廃止」だった。

そうした一連の取り組みのなかで注目したいのは、今春、つまり、個人目標廃止に踏み切る直前の2月に複数店舗を担当するエリア支店長に方針を説いた上に、改革実施後の6月には、3,4回に分けて、支店長の研修的なイベントを実施したことである。これは、複数の支店長のグループごとに考え方、悩みなどを討議させるものだった。

研修というと堅苦しいが、実際に行ったのは支店長たちによる自由討議である。「支店長6~7人をひとつのグループとして座卓を組んで、支店経営の課題、悩み等々を話し合った」(同銀行幹部)と言う。

個人目標と言う銀行が長年にわたって運営していた営業管理方式から脱却に向けた五年間の取り組みの最終場面である。このイベントが成否を分かつ「肝」になると位置づけたことが理解できる。

それは営業現場のトップである支店長の重要性を認識しているからこそであり、彼らが新戦略を腹落ちするまで理解しないと、営業現場に新たな営業スタイルは浸透しないと考えたからにほかならない。

銀行業界ではかねて「支店経営」という言葉が語られてきた歴史がある。支店はひとつの経営体であり、それを担っているのが支店長であるという発想である。ところが、高度経済成長が終焉し、次第に銀行のビジネスが厳しくなるにつれて、「支店経営」という言葉が使われるケースは乏しくなり、代わって、「支店管理」という言葉が頻繁に使われるようになった。支店長は経営者ではなく、管理者に変わったと言える。

悲惨でみじめな銀行史

では、何のための管理なのか。結論を急げば、本部が策定する収益計画を実現するために各支店に配分した営業目標を恙なく達成するための管理である。

きわめて悲劇的なことに、このマネジメント手法は経営環境が厳しくなるに伴って強化された。業績・人事評価と一体化されることによって、営業目標は目標ではなくノルマに変わり、銀行員たちはノルマ達成のために齷齪と働く銀行労働者へとなっていった。悲惨でみじめな銀行史である。

揚げ句に、スルガ銀行の不正事件のような事態まで誘発し、銀行はその背骨と言える信用力がぐらつくようになってしまった。

銀行ではないが、最近のなかでこの構図が最も象徴的に表れたのが郵便局を舞台とした保険販売の不正事件である。

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〔photo〕gettyimages

日本郵政グループの強み、価値は、民営化の有無に限らず、各地域にある郵便局の信頼性にあったが、今回の事件でその信頼は大きく棄損した。郵便局関係者のなかからは「もはや、信用は回復しない」と絶望の声が漏れているほどに、いまや、郵便局の窓口などの現場は顧客の冷たい視線にさらされている。

もちろん、この悲劇も保険販売のノルマとその実績に連動する実績給的な営業手当制度が密接に関連している。

話を戻そう。つまり、厳しい経営環境のなかでの苦し紛れのノルマ経営は自壊を生むだけである。したがって、それから決別し、再び「支店経営」の時代に回帰することが銀行には必要なのだ。

伝説の支店長たち

これと同様の視線を銀行に向けているのが金融庁である。たとえば、7月18日、金融庁の遠藤俊英長官は地域銀行のトップが居並ぶ会合の場で、自身の考え方を次のように語っている。

「支店長の役割定義について、支店長は本部が陰る目標達成を遂行すべく管理者型として位置づけられているが、その管理者型から、支店を一つの独立体と考えた経営者型としての役割として定義する。また、顧客に最も近い関係にある営業店に、本部からできる限り営業店に権限移譲をする」

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〔photo〕gettyimages

ところで、かつて銀行の営業現場では「伝説の支店長」が語り継がれていた。

「資金繰りに窮した町工場の社長が油まみれの作業服で相談に来た際、支店長が相手をして、自身の責任で融資を決定し、その町工場を助けた。その後、その町工場は危機を乗り越えて成長した。それがあの中堅大手のA社だ」というような話である。若手の銀行員たちは我がことのように胸を張り、誇らしく伝説を語り合っていた。

しかし、伝説は支店長が「経営者」から「管理者」に変わっていくにつれて、銀行から消え始めた。

話が出ても、耳にした若手銀行員は息苦しい日々の中で「そんな時代もあったのですか」と苦笑いを浮かべるだけ。伝説は生まれず、語り継がれない殺伐とした職場の時代である。

昨年、『銀行員はどう生きるか』を上梓し、デジタル化の波が銀行をいかに変える可能性があり、そのなかで銀行員はいかにして生きていくのかを米国の先行事例などを盛り込んで描いた。

その後、筆者はメガバンクから信金・信組まで、極力、数多く取材して歩き続けて、3年サイクルで異動となるゼネラリスト育成型の人事制度の限界性や営業目標(ノルマ)が決して理想の銀行員の育成につながらない実情などをレポートし続けてきた。

「異端分子」こそが最前線

その一環として、営業現場のトップ、支店長、支社長たちの取材にも取り組んだ。「伝説が失われた時代の支店長像」の追求である。

そして、今回、『ザ・ネクストバンカー』というタイトルで、支店長たちを主役とする報告書を上梓できることになった。

結論的にいえば、きわめて豊かな成果を得た取材活動だった。なにしろ、「伝説が消えた」と思い込んでいた銀行の営業現場には、予想が覆ってしまったほどに魅力的な人物たちが活躍していたからである。独自の支店経営論を説き、上意下達が著しい組織風土のなかで、顧客のために本部と闘い、本部を説き伏せ、部下をかばい、育て上げていた。

読んで頂けると、それがお判りになるにちがいない。ある意味では、彼らが本書で語っていること自体が官僚体質化した銀行業界では「異端分子」扱いされかねない内容でもあるが、正論であると信じる。

なぜならば、彼らはあるべき理想に向かって走り、顧客に信用され、部下に慕われているからである。

銀行業界に逆風が吹き荒れる時代にあって、「銀行員もなかなか素敵で格好いいはないか」と思わせる人たちであり、次の時代の頼られる銀行員像でもある。ご一読願えれば幸せである。

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