本田圭佑との出会いとツイッターで人生が一変。22歳の大学生の物語

本田圭佑との出会いとツイッターで人生が一変。22歳の大学生の物語

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2020/01/24
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本田圭佑が新たにサッカークラブを立ち上げる──。

この見出しがインターネット上を騒がせたのは1月14日のこと。プロサッカー選手の本田圭佑が自身のツイッターで宣言した内容はサッカーファンのみならず、日本中に大きな衝撃を与えた。

”2020年、本田圭佑、サッカークラブをみんなと一緒に創り上げるためゼロから立ち上げます。クラブ名「One Tokyo」運営は2週間前にtwitterで出会った大学生の奥山くん。選手もゼロからなので1月24日にトライアウトをします。勝利にこだわる選手に集まって欲しいです。”

本田がサッカークラブの経営に携わるのは初めてではない。過去にオーストリアのSVホルンを筆頭に、カンボジアのソルティーロ・アンコールFC、米国のオレンジカウンティSC、ウガンダのブライトスターズFCといったサッカークラブの経営に参画した経験を持つ。

が、ゼロからサッカークラブを立ち上げるのは前代未聞のことだ。2019年12月23日に所属していたオランダ1部リーグに所属するフィテッセを退団したばかりの本田だが、なぜサッカークラブを立ち上げることにしたのか。また運営責任者にツイッターで出会った大学生を抜擢した理由は何か──。

「One Tokyo」代表者、NowDo取締役副社長の鈴木良介と、ツイッターで人生を変えた大学生であり、運営責任者の奥山大の2人に”リアルサカつく”プロジェクトの舞台裏について話を聞いた。

本田が憧れ続けた夢が、ついに実現

──まず、サッカークラブ「One Tokyo」を立ち上げることにした経緯について教えてください。

鈴木:本田が「日本のサッカー界に対して何かしたい」と考えるようになったのは2010年に南アフリカで開催されたFIFAワールドカップがきっかけです。きっと南アフリカで夢中になってサッカーを楽しむ子どもたちの姿を目にし、色々思うことがあったんだと思います。それで日本に帰国後、「サッカーを通じて、夢を持つことの大切さを伝えたい」ということで2012年に立ち上げたのが、サッカースクール「ソルティーロ」です。

僕は同スクールの立ち上げに参画し、この8年間、本田と二人三脚でさまざまなことに取り組んできました。今回、サッカークラブを新たに立ち上げる発表を聞いて驚いた人もいると思いますが、決して思いつきで始めることではなくて……。昔から本田は「日本発で世界に誇れるプロサッカークラブをつくりたい」と話していたんです。

そうした思いもあって、2015年にオーストラリアのSVホルンの経営に参画したわけですが結果的には”失敗”でした。昨シーズンで現場の経営からは離脱しています。彼も公式サイトで失敗の理由を説明していますが、日本人の経営陣を中心に組織を作ったことも失敗でしたし、何より経営とサポーターとの間に想いのギャップが生まれていたんですよね。

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この経験があったから、One Tokyoの構想が動き出した。いろんな人が関わってしまうと、新しいことができない。であれば、ゼロからサッカークラブを立ち上げ、自分たちのやりたいことができる環境にすればいいのではないか、ということでOne Tokyoを立ち上げることにしました。One Tokyoのコンセプトでもある”全員参加型”の考えも、SVホルンの経験から生まれています。

個人的には2015年に千葉の海浜幕張にスポーツ施設「ZOZOPARK HONDA FOOTBALL AREA」をオープンしたとき、本田と「この施設を拠点にサッカークラブをつくってみないか」と話していて。結局、その話は実現しなかったのですが、5年の時を経て「サッカークラブをつくる」という夢をスタートさせることができる。とても感慨深いですね。

ツイッターで人生が180度変わった

──運営責任者に抜擢された奥山さんは、本田さんとツイッターで知り合った、と。

奥山:僕は慶應義塾大学の4年生で、今までサッカー部のマネージャーをしたり、一般社団法人「ユニサカ」を立ち上げたりしながら、スポーツ振興に取り組んできました。4年になり、自分の人生と向き合い、今後のキャリアを決めなければいけない中で、小さい頃から持ち続けた「自分でサッカークラブを持つ」という夢は捨てきれずにいたんです。

とはいえ、一緒にやってくれる仲間や自分の実力、経済面などを考慮すると、今すぐに何かできるわけではない。夢と現実の葛藤を感じていたところ、2週間前に思い切って本田さんに連絡してみたところ、返信が来てお会いすることになりました。実際に会って話をする中で「一緒にやろう」と言っていただき、運営責任者に任命されました。

──具体的にどのような話をされたのでしょうか?

奥山:「僕の夢は◯◯で、夢の実現に向けて今まで◯◯をしてきました。ただ、自分の現状では夢の実現には限界があると思っています」と相談に近い形のDMを送りました。それで「では一度会ってみましょう」と言っていただき、実際にお会いし、One Tokyoのプロジェクトの詳細や人生観を語っていく中で意気投合しましたね。

当時、本田さんがOne Tokyoをやろうとしていることは全く知らなくて。自分がDMを送ったタイミングは本当に奇跡だったなと思います。

鈴木:自分のところに「良介、いい人を見つけたぞ」って、いきなりLINEが来たのでびっくりしましたね(笑)。

──運命的な出会いだったんですね。

奥山:僕は半年間大学を休学していて、体育会の同期や大学の同期は日本を代表する企業に内定をもらっていく。そういった友人たちの姿を見て、「果たして俺の人生はどうなっていくんだろう」という思いがあったんです。理想を追求したいけど、追求できるほどの自信もないし、余裕もない。2週間前は本当に先が見えず真っ暗な世界を生きていたのですが、DM経由で本田さんと出会って人生が180度変わった。激動の2週間です。

鈴木:12月初旬に東京都社会人サッカー連盟の説明会に参加し、申請書類は提出してありました。すでにプロジェクトの輪郭は出来上がっていたところに、奥山くんから連絡があった。彼がいなければ、僕が責任者になるところだったので救世主です(笑)。

奥山:最初、本田さんに会ったときに「自分でクラブをやりたい」という話は全然出ていなくて。とにかく僕のことについて聞かれた後に、「実は……」と話を切り出されたので、まさか、という感じで驚きましたね。

9年でJ1に昇格することを目標に

──ゼロから新たにサッカークラブを立ち上げたわけですが、鈴木さんが考える”理想のサッカークラブ”はどういったものでしょうか?

鈴木:現在のスポーツ業界、スポーツビジネスはお金がしっかり回らない仕組みになっている。例えば、スポンサーのお金に頼りきってしまっているんです。そうなるとスポンサーのお金に全て左右されてしまい、健全な運営ができなくなってしまう。だからこそ、One Tokyoでは別の形でお金を集める方法も考えています。

また、最近の東京に住んでいる子どもは地元チームのユニフォーム以外を着ているんです。本来のサッカーは、その街のチームを子どもが応援し、そのチームに入りたくて育っていく。多くのクラブが地域密着を掲げているけれど、実際にできているクラブは少ない。

全員参加型でクラブをつくって、地域でみんなに応援されて、その応援される姿に憧れて自分の地域のチームに入りたい、という循環を生み出せるのが理想的。そういうクラブになれたらいいな、と思います。

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1月2日に開催された「初蹴り!本田圭佑に挑戦!Produced by NowDo」の模様

──今後のOne Tokyoの運営について、奥山さんはどんな考えを持っていますか?

奥山:One Tokyoはコンセプトでもある「全員参加型」が最も大事な軸です。僕も最初に本田さんと会ったときに「つくる人を増やすようなクラブを運営したい」と言ったのですが、それを実現するためには全員が当事者意識を持てるかどうかが大事。それがこれまでにないクラブの形ですし、かつ健全だと思うんです。

そのためにはコミュニティとしての土台を固められるかどうかが鍵を握ります。ゼロからのスタートでクラブに関わりたいと思う人を増やす分、コンセプトがズレているとコミュニティが大きくなっていかないので、まずは全員参加型のコンセプトを大事にしてクラブを運営していきたいです。

鈴木:書類を提出して、サッカークラブをつくる。ここまでは誰でもできる。大事なのはここからです。9年でJ1に昇格することを目標に、4月のリーグ戦から1試合1試合全力でがんばっていきます。もちろん、難易度は高いです。もしかしたら、ひとつの会社を成功させるより難しいかもしれない。だからこそ、やりがいがあるんです。

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