6人の総理大臣を出した“出世神社” 浜口雄幸や鳩山一郎も参拝

6人の総理大臣を出した“出世神社” 浜口雄幸や鳩山一郎も参拝

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  • 更新日:2018/01/13
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高麗神社60代目の高麗文康宮司。「いざという時の心の頼りでいる。これが、神社の変わらない永遠のテーマだと思います」 (c)朝日新聞社

天下を取った武将や政治家、経営者たちが詣でた「出世神社」。あの政界のサラブレッドが総理になったのも、神社のおかげなのか……。福を呼び込む神社を紹介する。

【図版】2018年にお参りしたい「出世神社」はこちら

昨年9月、天皇、皇后両陛下が参拝し、知名度が全国区になった、埼玉県日高市の高麗(こま)神社。地元では「出世明神」として知られている。

「大正末期から昭和初期にかけ、当神社をお参りされた後、内閣総理大臣になる政治家の方が次々と出てこられたからです」

高麗神社60代目宮司の高麗文康(ふみやす)宮司(51)はそう話す。

若槻礼次郎、浜口雄幸(おさち)、斎藤實(まこと)、平沼騏一郎(きいちろう)、小磯国昭、鳩山一郎──。過去6人の政治家が高麗神社を参拝後に、総理に上り詰めた。

例えば、内務大臣だった若槻礼次郎は1925年9月に同神社を参拝すると、翌26年1月に総理に就任。衆議院議員だった浜口雄幸は28年9月に参拝後、これもまた1年も経たない29年7月に総理になった。

「こうしたことから当時の新聞が、高麗神社を出世御利益のある『出世明神』と紹介して、当神社は出世開運の神社となっていったようです」(高麗宮司)

神社創建は1300年ほど前にさかのぼる。朝鮮半島で栄えた高句麗(こうくり)からの渡来人が埼玉県西部に住み着き、716年に高麗郡が置かれた。その時のリーダーが高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)。宮司家の初代で主祭神でもある。それにしても、渡来人たちが開いたとされる高麗神社を日本の有力政治家が訪れたのはなぜか。高麗宮司は言う。

「大正から昭和にかけ、日本は国際社会に乗り出していく時期でした。しかも明治43(1910)年には、日韓併合が行われました。朝鮮半島も日本の国土であったという認識に立っていたとすれば、日本という国の安定的な発展を祈りに来られたのではないでしょうか」

天下を取った政治家や有名人たちが崇敬した「出世神社」は、全国に点在する。

北の大地・北海道。ここに鎮座する龍宮神社(小樽市)も、参拝した政治家が総理にまで上り詰めたことで知られる。

その政治家とは、政界のサラブレッドとして知られる現副総理で財務相の麻生太郎元首相(77)。自民党幹事長だった2008年の8月9日、麻生氏は龍宮神社を参拝。約1カ月後に第92代内閣総理大臣に選ばれた。

同神社の6代目、本間公祐(きみひろ)宮司(50)は言う。

「その年は北海道洞爺湖サミットがあり、麻生氏が参拝された時はサミット並みの警備。麻生氏は絵馬に祈願をされた後、境内にイチイの木を植樹していかれました」

神社は、旧幕臣で北海道開拓に尽くした榎本武揚(たけあき)(1836~1908)が1876年に建立した。榎本は戊辰戦争で明治新政府軍と戦い敗れるが、その時の新政府軍の中心人物は大久保利通。大久保は、麻生氏の祖母の祖父、つまり高祖父に当たる。麻生氏は榎本のことが長く心の片隅にあったらしく、「100年目の仲直りをしたい」と神社を参拝したという。

「昇り龍のごとく運気栄える龍宮の神さまの御利益ではないでしょうか。今ではそれにあやかりたいと、若い人を中心に、起業や試験の合格などのお祈りに来られる方が増えました」(本間宮司)

(編集部・野村昌二)

※AERA 2018年1月15日号より抜粋

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