12万枚突破 JR北海道「わがまちご当地入場券」の懸念

12万枚突破 JR北海道「わがまちご当地入場券」の懸念

  • ITmedia ビジネスオンライン
  • 更新日:2017/09/15
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駅の入場券は、駅構内の立ち入りだけ許され、列車内には入れない。本来の用途は見送りや出迎えである。入場券制度のきっかけは不正乗車だったという。切符を持たずに列車を降りた者が「乗っていない、見送りに来ただけだ」と言い逃れるため、入場した駅を明確にする必要があった。かくして、入場券の券面には駅名が大きく書かれ、それが「駅の訪問記念」として採集趣味の対象となった。

鉄道事業者にとっても「入場券」はおいしいビジネスだ。そこで、やや大きな券面や台紙を使って「記念入場券」も作られる。開通記念、開業○周年記念、新型車両運行記念などだ。小さな紙1枚。美麗なイラストや写真を印刷したとしても経費はたかが知れている。料金は乗車券1区間分で、未使用率は高い。初期費用はかかるとしても、刷れば刷るほど1枚当たりの制作費用は下がって、それが売れたらボロもうけとなる。

「記念入場券」は記念になる事象がないと作れない。しかし、JR北海道が始めた「わがまちご当地入場券」は良いアイデアだと思う。同じアイデアは近畿日本鉄道が2015年8月から実施している。旅した記念に、ちょっときれいな入場券を買おう、という需要がある。当然、採集趣味の対象となる。まるでトレーディングカード商法だ。単価は安いけれど利益率は高い。

JR北海道の「わがまちご当地入場券」。券面デザインは全て公式サイトで公開されている(出典:JR北海道公式Webサイト

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「わがまちご当地入場券」について(出典:JR北海道公式Webサイト

「わがまちご当地入場券」とは

JR北海道が販売する、わがまちご当地入場券は、17年4月に発表された。JR北海道の駅がある自治体ごとに1つの駅を選定し、専用にデザインされた入場券だ。対象となる自治体は北海道内100市町村、青森県1町。青森県の1町にあるのは、北海道新幹線の奥津軽いまべつ駅だ。

入場券の表面は駅付近の鉄道風景写真、裏面は自治体の基本情報、観光地情報、ご当地グルメや特産品の画像などの素材を自治体側が用意する。自治体の負担は素材作成まで。入場券の作成経費はJR北海道が負担する。基本的に売上金の分配はない。

販売方法は、有人駅については駅の切符売り場で、無人駅は駅付近の施設や商店での委託販売となる。委託販売の場合は販売手数料として手当がある。実はここに問題があり、後に述べる。

JR北海道の呼び掛けに対して、対象となる自治体全ての参加が決まり、7月20日にまず81駅の販売が始まった。その後、準備が整った駅から追加され、現在は99駅で販売されている。額面は170円、12万枚も発行して2040万円の売り上げとなっている。同社が必要とする資金に対しては焼け石に水の感もある、とはいえ、こういうアイデアでコツコツと稼いでいくという努力は、どんな企業にも必要だ。

JR北海道としても、単なる旅行記念というだけではなく、コレクターへの販売を視野に入れている。専用コレクションファイルを通信販売するほか、わがまちご当地入場券には応募券がついており、10駅分を集めて送ると「列車カード」がもらえる。列車カードは普通列車、快速列車、急行列車、特急列車の4種類で、10枚ごとにステップアップ、つまり40枚買うと列車カードをコンプリートできる。自治体からの協賛もあり、18年3月末日までの応募者を対象に、抽選で特産品が当たる。

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コレクター心をくすぐる仕掛けも用意されている(出典:JR北海道公式Webサイト

成功の裏にある懸念

わがまちご当地入場券は、駅の訪問記念の意味合いが強い。参加自治体としても、切符を買いに来た人々に地域を訪れてほしい。従って、切符の通信販売はない。それは正しいけれども、「現地で買いにくい」という声が上がっている。かなり残念な状態だ。

現地で買いにくい理由は2つ。ダイヤと窓口の営業時間だ。鉄道駅の入場券だから列車に乗って買いに行きたい。しかし、ローカル線は運行本数が少なく、切符を買うために列車を降りると、次の列車まで何時間も待たなくてはいけない。札沼線の新十津川駅は1日1往復だけだ。それでも新十津川駅のわがまちご当地入場券は、売り上げの上位。これは、並行する函館本線の滝川駅から徒歩約50分、車で約10分だから。列車で新十津川駅を訪問した記念ではなさそうだ。

宗谷本線の美深駅も1日に下り7本、上り8本。そのうち上下3本は特急だ。ここで降りると、その先へ行くにも戻るにも、1〜2時間、あるいはそれ以上待つ必要がある。その間に町歩きを楽しんでほしいという趣旨かもしれないけれど、買い集めようとしても1日に回れる駅は少ない。その結果、ネット上では「クルマで買い集める」という書き込みを見掛ける。駅と列車がリンクしていないという状態は、鉄道会社が実施する企画としてどうなのだろう。わがまちご当地入場券を買うために、停車時間を長めに設定した臨時列車を休日に走らせれば人気がありそうだ。

窓口の営業時間はもっと深刻だ。無人駅や切符販売業務委託駅の場合、委託先が休みだと買えない。例えば、根室本線の豊頃駅の委託先は豊頃町役場で、土日祝日は休みだ。駅業務委託駅も、函館本線奈井江駅、根室本線芦別駅など10駅で土日祝日は窓口が閉まっている。勤め人の場合、有給休暇を取らないと買えない。営業時間も午後5時までという駅が多く、中高生も買いに行けない。委託先が個人商店の場合は不定休である。買いに行く行為が賭けのようなものだ。

JR北海道もこの問題を認識しており、23の駅について、近隣のコンビニエンスストア「セイコーマート」でも販売すると発表した。こうなるとJR北海道の駅巡りよりセコマ巡りの方が楽しそうだと思うのは私だけだろうか。

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公式サイトを見るだけでも十分楽しい(出典:JR北海道公式Webサイト

委託先、自治体との信頼関係は

取扱業者を増やしたら、既存の委託業者の既得権を侵害しないかと心配するかもしれない。これはまず問題ないだろう。委託業者にとって、わがまちご当地入場券には、既得権をかざしたくなるほどの利益はないからだ。

JR北海道が切符を委託販売するときのルールは次の通り。JR北海道が1000枚単位で切符を券面と同額で卸す。ただし実際に提供される切符は1050枚。追加された50枚の売り上げが委託料と見なされる。170円のわがまちご当地入場券の販売を受託する場合、17万円で1050枚を買い、全て売り切れば50枚分の8500円の利益となる。しかし、地方の駅で1日に1000枚も売れるわけはなく、人件費など諸経費を考えれば商売としては成立しない。手売りだから汚損や日付印の押し間違いなどもあるだろうが、JR北海道は交換してくれない。50枚のうちに収める必要がある。

JR北海道管理駅で販売する場合、自治体は裏面の素材を提供するだけ。あとはJR北海道が勝手に作り販売する。だから、JR北海道管理駅がある自治体にとって、わがまちご当地入場券の参加は何も問題がない。しかし、無人駅しかない自治体には切符の簡易委託販売の業務が伴う。手間が掛かって利益は少ない。

委託販売に関わる人からこんな話を聞いた。わがまちご当地入場券が出来上がったので、拠点駅まで取りに来てほしい、と言われた。受託業者は切符を買って列車で行くか、ガソリン代を払って車で行くしかない。たまにJR北海道の担当者がやってきて、ニコニコしながら「売れてますか」などと言う。

JR北海道のためにボランティア同然の商いをしている相手に、これはないだろう。まっとうな商売のセンスがあるなら、出来上がった切符はJR北海道から委託先へ「お届け」するのがスジだし、「売れてますか」ではなく、「売っていただいてありがとうございます」が正しい言葉遣いではないか。

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「わがまちご当地入場券」の参加駅(出典:JR北海道公式Webサイト

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「わがまちご当地入場券」の契約確認書。カプセルトイ販売騒動(参考記事)の教訓から、「機器を用いての発売は行わない」「券番号順に発売する」が明文化された

わがまちご当地入場券の売れ行き好調が伝えられ、純粋に楽しんでいるコレクターも多い。この企画は大成功しているように見える。しかし、販売の現場では新たな不満がくすぶりかねない。JR北海道は、ようやく商売っ気を出して頑張り始めた。しかし詰めが甘い。顧客(乗客)はもちろん、取引先に対しても、もっと気を配った方がいい。

北海道新聞が7月に実施した自治体向けのアンケートで、35の市町村が路線廃止や地元負担を求めるJR北海道の姿勢を「容認できない」と回答した。16年11月のアンケートでは23市町村だった。沿線自治体にはJR北海道への反発、不信感が広がっている。

それでも、JR北海道が打診した101の自治体は全てわがまちご当地入場券の趣旨に賛同した。それはなぜか。路線廃止、駅の廃止をちらつかせるJR北海道に対して、自治体は鉄道を残してほしい、協力できることは対応したい、という態度を見せたいからだろう。鉄道の存続について、自治体は弱い立場にある。反発や不信感を飲み込んで、淡い期待を抱く自治体の気持ちを、JR北海道は理解できているだろうか。

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「わがまちご当地入場券」にそっくりな入場記念カードも現れた。平取町立二風谷アイヌ文化博物館で無料配布しているという(出典:平取町立二風谷アイヌ文化博物館Facebookページ)

杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)

乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてPC雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。鉄旅オブザイヤー選考委員。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。

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