JR東海・柘植康英社長「人間力が会社を強くする」

JR東海・柘植康英社長「人間力が会社を強くする」

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  • 更新日:2018/02/15

会社設立から30年を迎えた東海旅客鉃道株式会社(JR東海)。JR各社の中で最も高い営業収益率を誇り、安定した経済基盤を背景にリニア中央新幹線建設という大事業に挑む。その最前線に立つ柘植康英社長に、仕事に対する思いと会社の将来について聞いた。

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東海旅客鉃道株式会社 代表取締役社長
柘植康英(こうえい)氏
1953年生まれ。東京大学卒業後、1977年に国鉄入社。1987年に分割民営化されたJR東海に入社し、総合企画本部経営管理部管理課長、人事部人事課長、取締役人事部長などを経て2014年4月より現職。健康のため週6日は1日8000歩、歩いている。

◎ゼロからのスタートを経て目覚ましい発展を続ける

――昨年、設立30周年を迎えられましたが、この間、会社はどのように変わってきましたか?

「赤字で経営が立ち行かなくなった国鉄からの分割民営化でしたから、発足当初は駅や車両の設備は古く、列車の運転本数も十分とは言えない状況でした。また労使関係も非常に混乱していました。

そうした中で、我々が真っ先に取り組んだことは、日本の大動脈である東海道新幹線を徹底的に磨き上げることでした。1992年、300系車両の誕生により最高速度を時速220kmから270kmに引き上げ、2003年には品川駅を開業。これにより全列車時速270km化となり、のぞみ中心のダイヤ改正を実現しました。これらの結果、列車本数は発足時1日231本でしたが2016年度は365本と約5割増えました。列車の平均遅延時分も、国鉄時代は1列車当たり3分を超えていましたが、2016年度は0.4分。この数字には台風をはじめ、自然災害などで遅れたものがすべて含まれますので、ほぼ正確な運行といえます。

環境面でも国鉄の0系と現在のN700Aとでは、エネルギー消費量が同じ時速220km走行で比較すると51%減っています。

――新幹線以外ではいかがですか?

「関連事業の強化も柱のひとつです。1989年度には連結子会社の営業収益は526億円でしたが、2000年に百貨店やホテル、オフィスが入る『JRセントラルタワーズ』が全面開業したことで収益が上がり、2016年度には5829憶円と10倍以上に増えています。さらに昨年オープンした『JRゲートタワー』により、今後も関連事業を伸ばしていきます。

3つ目は労使関係です。国鉄時代は『親方日の丸』意識が蔓延するなか、働く人の意欲が低下し、やる気が持てない状況で運行していたので、一言で言うと、〝お客様不在〟の状況でした。それを様々な形で社員が意欲を持てるようにし、労使関係も健全な状態を構築するよう取り組んできました。その結果、今日の輸送があり、サービスがあり、という形になってきたと思います」

〈技術の進化を続ける新幹線車両その最先端を行くのがN700S〉

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N700A
N700系の安全性、信頼性を向上させた車両で、2013年から営業運転を開始。ブレーキ力を強化したほか、様々な状況下において最高速度で走行できる定速走行装置を搭載する。

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N700S
台車の構造を改良することで1台車当たり約75kgの軽量化を実現。モーターも小型・軽量化し、騒音の低減などを目指す。トンネル区間での揺れを半減する装置も導入。

製造中のN700Sの車体が日本車輌製造豊川製作所で公開された。姿を現わしたのは未塗装状態の先頭車。先端部は従来のN700Aと比べて左右両サイドにエッジが立ったデュアルスプリームウイング形を採用。走行時の風の乱れを減らすことで、省エネルギー化や乗り心地の向上が可能に。さらに走行装置や保安装置にも多彩な新技術が採用される。2020年度に営業運転を開始予定。

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◎30歳を過ぎたばかりの頃、雇用崩壊の現場に立ち会う

――国鉄末期には合理化交渉を経験されましたが、どのような気持ちでやり遂げられましたか?

「分割民営化直前の2年間、国鉄が崩壊していく最後の局面を迎えるなか、新潟鉄道管理局で人事課長を務めました。全員が新会社に行けるわけではなかったので、希望退職を募ったり、再就職の斡旋をしたり、首都圏の職場に移ってもらうなどして約3000人の人員削減を行ないました。

大変だったのは約1000人に首都圏に異動してもらったことです。『東京に行ってくれ』と言っても、家族もあるし、親もいる中での厳しい選択です。誰もが、今の場所で今の仕事を、ということにこだわる。そんな時、残ってほしい管理部門の人間が『率先垂範(そっせんすいはん)』とばかりに出て行ってしまった。転出先で成功した人もいれば、うまくいかずに辞めてしまった人もいます。これは相当つらいもので、本当に雇用が崩壊する最後、ある種の〝修羅場〟を経験しました。あれよりつらいことは企業にはないと思いました」

――その時のつらさから得られたのは、どのようなことでしたか?

「国鉄時代は職員だけにとどまらず、管理者も無気力。幹部も組合との力関係で何もできない状況でした。そうした中で働く人はやりがいを持てず、前向きに仕事ができなかった。荒廃した人の気持ちは、一朝一夕で変えることができません。だからこそ、新会社では社員や管理者がやりがいを持って仕事をすることができなければ、分割民営化はうまくいかないだろうと感じていました。やはり、社員がこの仕事に携われてよかった、この会社で働けてよかったと思えること。これが基本だと思います。

社員の欲求には『給料が高いほうがいい』とか、『待遇がいいほうがいい』とかいろいろあります。しかし、それだけではなく、国鉄時代には全くなかった、『自分が評価されている』『ほめられる』『何かの役に立っている』、そうした思いを社員に実感させ、職場の居心地をよくしないといけない。この会社にいてよかった、と思えるようにしなくてはと考えています」

◎仕事の意欲を高めるための多彩な社員教育プログラム

――社員が誇りを持てる会社にする、その中心にあるものが社員教育なのですね?

「そうです。静岡県三島市に当社の総合研修センターがありますが、約1万8000人の社員のうち約6400人が毎年ここで実務研修を受けていますし、自己研鑽のための社内通信研修も、約5600人が受講しています。こうした社員の向上心を支援する取り組みを積極的に行なうほか、がんばった人が報われる人事制度などで社員のモチベーションを高めています。

こうした人材教育のための投資を惜しまないことが大切なのです。まさに『植木鉢の土』みたいなものですね。土が健全であれば何でもうまく育つ。社員が安全を大切にするという意識の木も育つし、ほかの木も育ちます。

たとえば、新幹線には最新のシステムが導入されていますが、列車の運行が乱れた時には、人が知恵を出さないと成り立たないことが多くあります。現場は駅、指令、車両、電気などに関わる人たちのチームワークによって成り立っています。したがって社員の働く意欲や一体感、向上心は安全を守るうえで欠かせない要素です。これをどうやって大きくしていくかは、植木鉢の土を本当に元気にしていくことに通じるものがあります」

――離職率の低さは、こうした取り組みの成果の表われでしょうか。

「確かに、当社の離職率は1.2%にとどまり、2016年に厚生労働省が発表した約8%と比べると大幅に低い。これは社員が満足しているひとつの指標ととらえています。その意味で言うと、かつて多くの企業がそうであったように、日本的な経営と言われるものであり、終身雇用や年功序列など、基本はその制度だと思っています。鉄道の技術は1年ずつ腕に力をつけて成長していくもので、年功序列に合った世界といえます。またチーム全体の力が上がるように、その中でがんばった人が評価される成果主義。これと年功序列を合わせた制度が必要だと思います」

〈列車の安全運転を担う社員が一斉に行なう実践的な訓練〉

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毎年実施される総合復旧訓練では、起こり得る様々なトラブルを想定して、実践的な訓練を行なう。脱線時の対応から大雨で崩れたのり面に土嚢を積む作業まで内容は多岐にわたる。
写真提供/東海旅客鉄道

〈離職率1.2%を誇る高い定着率の背景にある研修制度〉

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社員ひとりひとりが意欲を持って仕事に取り組めるよう、集合研修や独自の方法を採用したOJTが行なわれる。その他、各系統の専門業務知識が自主的に学べる社内通信研修も実施。
写真提供/東海旅客鉄道

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◎〝安全〟を守り抜くために高い緊張感を持ち続ける

――社長に就任されて3年。ビジネスリーダーとして様々な仕事をされていますが、特に力を入れているのはどのようなことですか?

「鉄道会社にとっては『安全』が一番大事です。最近、よく企業のコンプライアンスが問われていますが、鉄道会社のそれは安全に尽きます。事故をひとつでも起こすと、会社全体が重責を背負い、前に進めなくなってしまうでしょう。

そこで重視しているのは安全への投資です。これを節約すると事故につながるので、惜しんではいけません。そして、何よりも一番怖いのが慢心です。絶えず高い緊張感を持っていないと安全は守れません。順調な時こそ気持ちを引き締めることが大事です。安全をしっかり守っていくことは、非常に大変なことなのです」

◎リニア中央新幹線の建設は全社一丸で取り組む一大事業

――リニア中央新幹線は2027年に品川−名古屋間が開業予定です。建設の背景をお聞かせください。

「東海道新幹線は、開業して53年がたち、様々な改良を重ねていますが、設備の経年劣化は否定できない状況です。もうひとつは南海トラフ地震などのような大規模地震の懸念。もしこれが起きると東海道新幹線に影響が及ぶおそれがあります。短期間で復旧できればよいのですが、大掛かりな復旧工事が必要になるかもしれません。そうした理由から、リニア中央新幹線によるバイパスが必要と考えています。

しかし、国には財政の余裕がないうえ、北海道や北陸、九州の各整備新幹線が優先という事情があります。そこで、検討に検討を重ねて、『健全経営』と『安全配当』の堅持を大前提に、政府の財政投融資も活用し総額9兆円をかけて建設することを決定しました。

開業スケジュールは2段階方式で、まず2027年に品川−名古屋間。そこから経営体力を回復させて8年後に工事を再開し、2045年に大阪まで開業の予定でした。しかし、名古屋から大阪までの開業に18年というのは時間がかかり過ぎる。そこで政府より提起された財政投融資を活用したスキームにより、3兆円を長期、固定かつ低金利でお借りして、大阪開業の最大8年前倒しを目指し工事を進めていきます。

全面開業すると品川−大阪間が最速67分で結ばれます。首都圏・中京圏・関西圏が人口約6500万人の、世界でも最たる〝巨大都市圏〟が形成されるのです。また、首都圏一極集中と言われていますが、リニア中央新幹線はそれを分散させる切り札にもなります。加えて、リニア中央新幹線で結ばれる各都市には、首都直下型地震の懸念がある東京のバックアップ機能としての役割も期待できますから」

〈「夢の超特急」の再来を予感させるリニア中央新幹線〉

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2027年に名古屋まで開業予定のリニア中央新幹線。現在、着々と工事が進められており、到達時間の大幅な短縮がもたらす経済的・社会的効果は日本の未来を大きく変えるだろう。
写真提供/東海旅客鉄道

〈開業以来、大勢の人でにぎわう「JRゲートタワー」〉

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昨年4月に開業したJRゲートタワーには、若い女性や子育てファミリー層を中心に、幅広い年齢層の人々がショッピングなどに訪れ、名古屋駅周辺の景観はこれまでと一変した。

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◎新幹線のストライキ対策でエネルギーを使った40代

――DIMEの読者は40代男性の中間管理職が多いのですが、柘植社長は40歳の頃、どのような働き方を実践していましたか?

「私が40歳というと国鉄の分割民営化から6年くらいたった頃です。当時はまだ国鉄時代の労使関係が残っていて、新幹線でストライキもありました。その時、私は人事部勤労課長として陣頭指揮に当たりました。もし新幹線が止まったら、多くのお客様にご迷惑をおかけしてしまいます。そこで、運転士経験のある管理職などを総動員して、運行に支障が出ないよう奔走しました。当時は体力もあったので、会社に何日も寝泊まりして全力投球と言うか、家庭をあまり顧みない時代でした。今はそんなことはありませんが。

もうひとつ、新幹線『のぞみ』が運転を開始して最高速度が時速220kmから270kmに引き上げられた際に一部の組合の運転士が、『のぞみ』は危険であるとして意図的に減速させる『のぞみ減速闘争』を行ないました。これを許せば、運転士の主観で不要な減速が行なわれ、列車運行の定時性が損なわれてしまいます。そこで弁護士と相談して、この行為を安全確認という名目で行なうサボタージュと認定し、運転士を勤務から外して賃金をカットしました。これは裁判になって最高裁まで争われましたが、会社側が勝訴し、それ以降、ほかの輸送機関でも減速闘争はできなくなりました。まさに勤労課長の頃は体力を一番消耗した時代で、全身全霊で目の前の課題に食らいついてやっていました」

――これまでのキャリアで培われた仕事観から若い人たちに望むことはどのようなことですか?

「若い人によく言うのは、言われたことだけをやっているのではなく、自分で能動的にポジティブに問題を見つけて、それを自分で考えて解決策を導き出していく人間であれ、ということ。能動的な仕事ができる人は、将来リーダーとして活躍できる人になります。それから人間性、人間力を培ってほしいですね。説得力というかコミュニケーションがきちんとできて、相手の気持ちがわかるとか、理解できるだとか、そういう人との関係がうまくできる人間力というものが非常に大事です。これはどこの会社でもそうかもしれませんが」

◎2階級上の役職の視点でものを見ることが重要

――読者の心に刻んでほしい言葉や、心に残る上司の言葉があれば教えてください。

「ひとつは『長期戦略があって日々の戦略がある』。目先でものを考えるのではなく、絶えず長期的な本質を見極めて、それで短期の計画を考える。まさに鉄道の世界がそうで、設備投資にも長い時間がかかるので、10年後、20年後をどうするかという立ち位置で本質を見て、その流れの中で今、何をすべきか考えるということです。

心に残っている言葉は『視座は高く』。わかりやすく言うと、2段階上の役職の目でものを見るということ。例えば、係長がいて課長がいて部長がいたら、係長は部長の目線で物事を考える。つまり、係長がものを考えるというのは、自分の係のことだけを考える。すると隣の係とは、ともすれば対立関係になる。課長だったらその係との対立はないけれど、今度は隣の課との対立があるかもしれない。それが部長だと各係、各課全体の最適解を出すことができます。

あとは『与えられた課題はリズミカルにスピーディーに返せ』。抱え込んだうえに出来が悪いとなると最悪。途中経過の報告も含めてスピーディーに返す。課題を与えたほうは、返事を待っているもの。できるなら、リニアぐらい速いといいかもしれませんね(笑)」

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北海道・大沼でJR九州の青柳俊彦社長(右)とテニスを楽しむ柘植氏(左)。健康に気を使い、どこに行ってもスポーツを欠かさない。ウォーキングが日課で、ウエアラブル端末を装着して運動量の記録もする。

文/編集部

※記事内のデータ等については取材時のものです。

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