中村憲剛から小林悠へ。抱き合う新旧キャプテンだけが知る大切なもの

中村憲剛から小林悠へ。抱き合う新旧キャプテンだけが知る大切なもの

  • Sportiva
  • 更新日:2017/12/05

逆転でのJ1初優勝が決まり、等々力陸上競技場が歓喜に包まれると、川崎フロンターレひと筋でプレーし、今季で15年目を迎えるMF中村憲剛は、両手で顔を覆い泣き崩れた。今シーズン、その中村からキャプテンを引き継いだFW小林悠は、仰向けに倒れ込み、喜びを噛みしめていた。しばらくすると、ふたりは、まるで歓喜の輪をかき分けるかのように互いを探し出し、強く強く、抱き合った。

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J1初優勝を喜び合う中村憲剛と小林悠

衝動ともとれるその行動を、小林はこう振り返る。

「自分が泣きすぎて、いろいろな選手に乗っかられて、わけがわからなかったんですけど、『憲剛さんどこだ! 憲剛さんどこだ!』って探したんですよね。だから目が合った瞬間に、ふたりで『うわぁ、ありがとう』って。憲剛さんと抱き合えて、泣き合えて、一生忘れられないですね」

中村に同じことを聞けば、こう答える。

「たぶん、僕と悠にしかわからない関係がありますからね。僕はあいつが(フロンターレに)加入したときから知っていますし、成長してきた姿も見ている。今年キャプテンになって、苦しみながらも最終的に殻を破った姿も見ているので、僕は僕で思っているところもあるし、あいつはあいつで今までやってきたことも含めて感じていたと思います」

中村からバトンを受け取る形で、今季よりキャプテンに就任した小林はシーズン序盤、その責任感の強さゆえ、チームをどう引っ張っていくべきかを模索して悩んでいた。

「今までは自分の仕事に集中すればいいと思っていたんですけど、やっぱりチーム内外のことというか、いろいろなことがあって、チームが勝つためにどうすればいいのかを考えすぎていた時期がありました。(今季から)オニさん(鬼木達監督)になって、攻守の切り替えとかも言われるようになったことで、まずは自分がそれを率先しなければと思いました。ただ、そこでパワーを使うようになると、得点のところで力を出せなくなってしまうこともあった」

結果的に21勝9分4敗の成績でJ1王者に輝いた川崎Fだが、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)を並行して戦っていたシーズン序盤は苦しんだ。チームとしての歯車が噛み合わず、ACLも含めて4試合引き分けが続き、ストライカーである自身の得点も伸びない小林は苦しみ、もがいていた。その思い詰めた表情は、話しかけることすらはばかられるほどだった。

その小林を俯瞰しつつも、まるで包み込むように見守っていたのが中村だった。あれはたしか4月下旬だったが、中村と小林について話をする機会があった。すると中村は、こんなことを言っていたのだ。

「本人はどう思っているかわからないですけど、少し気負っているような感じはありますよね。もう少し、楽しんでプレーできればいいと思うんですけどね。ただ、今の悠にそれを言っても、なかなか難しいとも思うんです。意外と(自分の話を)聞くかもしれないですけど、今、話しても、ちょっと背負い込みすぎていると思うから」

直接、それを本人に伝えないのは、決して突き放していたからではない。本人に余裕がなければ、アドバイスをしたとしても、決して心には響かない。中村自身もキャプテンとしての重責を痛いほど知っているからこそ、静観していたのである。だから、中村はこうも言っていた。

「1トップで、エースストライカーで、かつキャプテンになって、両方をやらなきゃいけないというのはありますけど、そこは別に今までどおりでいいんですよね。キャプテンになったからといって、がんばりすぎる必要はないし、そこに目が行きすぎる必要もない。自分のフィニッシュワークのところで、もっとリラックスしてもらえたらと思う。ただ、その難しさもわかりますし、感じもするので」

小林がその苦しみから抜けるキッカケとなったのは、奇しくも6月中旬に行なった本誌のインタビューだったという。同席していたカメラマンと、「得点することで引っ張っていくキャプテンがいてもいいのではないか」と話したことで、彼はキャプテンという責任を背負うのではなく、ストライカーとして得点を決めることで、チームを牽引していく覚悟を決めた。

中村は、小林が自ら苦しみから抜け出すことを待ってもいたし、それこそが小林にとっても、そしてチームにとっても重要だということを悟ってもいた。

「悠にとって一番の解決は、おそらくゴールですよね。1本決めれば、きっと楽になるはず。キャプテンになって結果が出ない時期が続けば、余計に悔しいと思いますけど、それでも前向きになっている。きっと、これは悠が成長する糧(かて)になると思いますよ。ただ、ここで助けるのは僕ではなく、年齢が下の選手たちだとも思うんですよね。それを誰がやるのか。そうならないと、チームは強くならないし、成長もしない」

おそらく中村には、はっきりと小林が殻を破った瞬間が、チームが成長していく様(さま)が、わかったことだろう。そして、優勝後の小林の発言に戻れば、まさにこう語っていた。

「自分が得点を決めることがチームを引っ張ることだなって思いましたし、後ろには(MF谷口)彰悟、(MF大島)僚太、それに憲剛さんがいてくれる。チームをまとめることは後ろに任せて、自分は得点を獲ることだけを考えようと思ってから、うまく回り始めたと思います」

キャプテンの小林だけでなく、チームとしても苦しんでいた時期を抜けると、谷口がチームを鼓舞し、大島も声を出してバランスを計るなど、各々に自覚が芽生え、成長していた。その小林も、キッカケとなったインタビューが掲載された6月28日以降、3試合で5ゴールと得点を重ね、最終的にはキャリアハイの23得点で得点王になり、チームはJ1初優勝を成し遂げた。

1年間、左腕にキャプテンマークを巻き、その重みを痛感したからこそ、小林は中村への思いをこう言葉にした。

「僕らはいいときのフロンターレを知っているので、前半戦にうまくいかなかったときには、ふたりでお風呂に入りながら、どうしたらもっとチームがよくなるかを相談してきた。やっぱり、僕にとって一番の相談役は憲剛さんですし、一番、憲剛さんの気持ちがわかるのも自分だと思っていたので、そういう試行錯誤をして、この優勝があると思う。

僕も背負ってきたものはありますけど、フロンターレには、憲剛さんにしかわからないところもあるとは思いますし、そういう……何て言うんだろうな、フロンターレらしさって言うんですかね。選手のなかにそれを広めていくことも難しさがあったと思いますし、本当に憲剛さんがいたから、成し遂げられた優勝だったと思います」

川崎FのJ1初優勝が決まったとき、ふたりが抱き合い、「ありがとう」と交わした言葉には、彼らにしかわからない幾つもの思いが込められていた。

◆小林悠が苦しみから抜けるキッカケになった本誌インタビュー前編

◆小林悠が苦しみから抜けるキッカケになった本誌インタビュー後編

◆強いチームから勝てるチームへ。フロンターレ「黄金時代」への第一歩

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