独立したい?したくない? カタルーニャ現地人のホンネを聞いてみた

独立したい?したくない? カタルーニャ現地人のホンネを聞いてみた

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/11/14
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10月30日、21時開始のナイトゲームだった。スペイン、カタルーニャ自治州のバルセロナ県。中心部からは少し離れたRCDEスタジアムでは、エスパニョール対ベティスという1部リーグのゲームのキックオフが迫っていた。

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当日のRCDEスタジアム(筆者撮影)

「カタルーニャ独立問題に関し、クラブは中立を守る。スポーツに政治を介入させない」

エスパニョールはカタルーニャでFCバルセロナ(以下、バルサ)に次ぐ大きなクラブだが、そう声明を発表している。この一戦を前に、スタジアムではスペイン国旗が靡くのも、カタルーニャ国旗が靡くのも認めていない。結果、チーム旗以外の旗が並び立つことはなかった。

カタルーニャ州(バルセロナ県の他、タラゴナ、ジェイダ、ジローナの4県で構成される)は、スペインからの独立問題に揺れる。しかし、なにも全員が独立を望んでいるわけではない。現地を訪れると、その現実が垣間見えた――。

バルサとマドリーの確執

今や世界的なニュースになっている「スペイン、カタルーニャの独立問題」。その深部が縮図として浮き出ている場所がある。それは、サッカースタジアムにある風景だ。

例えば、世界的サッカークラブであるバルサはカタルーニャのクラブとしてアイデンティティを守ってきた。1930年代の市民戦争後、スペインはフランコ将軍の独裁政治体制となり、カタルーニャは言語や文化行事を禁止され、弾圧されている。

その最中、唯一溜飲を下げられたのが、バルサがフランコお膝元のレアル・マドリーに勝つ瞬間だった。これが「mes que un club」(カタルーニャ語で「サッカークラブ以上の存在」)と言われる所以だ。

1970年代に独立政権は倒れ、カタルーニャは自治を求められたものの、バルサ対マドリーの構造は今も色濃く残り、カンプ・ノウスタジアム(バルサのホームスタジアム)ではカタルーニャ人の憎悪が渦巻く。例えばバルサからマドリーに移籍した英雄ルイス・フィーゴには空き瓶や小銭だけでなく、子豚の頭までがピッチで投げつけられた。フィーゴはポルトガル人だが、「売国奴」同然の扱いだった。

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移籍後のフィーゴ(Photo by gettyimages)

日本人には捉えにくい感覚だろうが、スペインは一つの国ではない。国の中に複数の国を抱えている。カタルーニャだけでなく、バスク、ガリシア、それに一部バレンシアも、独自の文化、言語を持つ。自治政府として国内に収まっているが、それぞれの町の標識には、スペイン語と各地域の言語の両方が表記。バルセロナの地下鉄アナウンスはカタルーニャ語だし、現地の人はカタルーニャ語での会話が基本となっている。

カタルーニャは限りなく国に近いが、国ではない。その縮図はカンプ・ノウスタジアムで目にすることができるだろう。

「カタルーニャの独立は、18才の息子が家を出て行く、と言っているのに似ている。スペインは父親として、息子と対話の席に着くべきだ。息子がそれでも出ていくとしても」

バルサの選手で、スペイン代表でもあるジェラール・ピケ(バルセロナ県出身)は独立問題をこう喩えている。婉曲的な言い方だが、多くのカタルーニャ人が「自分たちはカタルーニャ人で、スペイン人ではない」と力説する。独裁政権時代、親戚や友人が拷問を与えられたケースも多く、その恨みも燻っている。

「独立したほうが暮らしは良くなる」

筆者は10年ほど前、5年間バルセロナの中心部で生活した。その時住んでいたアパートメントの、カタルーニャ人の大家は生々しく、知り合いが痛めつけられた様子を語った。外国人と話すとき以外、彼はスペイン語を話さない。「カタルーニャ共和国」の誕生を強く望んでいたのだ。

「物価が高くなっているのに、給料は一向に上がらない。水道代まで上がっているのに」

バルセロナから南に電車で1時間ほど下ったタラゴナでは、タクシー運転手のマルクさんがぼやいていた。

「ひどい暮らし。これはスペインの行政の不始末だよ。きっと、偉い人間がお金を懐に入れているのさ。カタルーニャは独立したほうが生活は良くなる」

二人の娘がいるというマルクさんは、ハンドルを叩いた。

カタルーニャが急進的に独立に動いている背景としては、2000年代の不動産バブル崩壊から立ち直れていない経済状況がある。国に納める税金に比べ、公共投資などの配分が少ない。これに不満が高まる一方、汚職にまみれた州与党が崩壊。政治的混乱の中でナショナリズム的勢力が強くなった。

「少数派のナショナリスト政党『CUP』が政治混乱につけ込み、独立を煽ったの。選挙連合を組んで、独立推進派のプチデモンを推したのよ。それで一気に独立の勢いがついたの」

カタルーニャとスペインの境にあるジェイダ県出身の大学職員、アナさんは顔をしかめて説明した。

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カルラス・プチデモン州首相(Photo by getty images)

カルラス・プチデモンは州首相に選ばれた途端、電撃的な行動に出ている。独立を問う住民投票を行い、さらには独立宣言までやってのけた。スペイン政府から憲法155条の適用で州自治権を一部停止され、反乱罪で首相として解任されるも、プチデモンはベルギーに拠点を移して盛んに活動を続けている。

スペイン政府は政治犯としてプチデモンの逮捕状を出し、その関係は修復できないところまできている。

沈黙していたバルサが…

もっとも、カタルーニャ州内を実際訪れても、日本で報道されているほどの深刻な混乱はない。公共機関は機能していたし、バルセロナ中心部は観光客で溢れていた。いつもと変わらないカタルーニャがあった。

しかし、どこかそわそわとした気配も感じられた。

「爺さんの時代にカタルーニャに移民で暮らすようになり、ここで結婚している。その孫の自分はカタルーニャ人だと思っているし、それに誇りもある。でも、独立する必要があるのか、やり方が正しいのか」

日曜日の地下鉄、独立反対派のデモに参加するという求職中の若者、ジョルディはもどかしげに言った。カタルーニャでは、移民の二世、三世も少なくない。彼の後ろには、スペイン国旗を体に巻き付けたり、スペイン代表ユニフォームを着た人々が続いた。

「独立なんて戯言だ!」

彼らは叫び、構内に消えていった。すでにカタルーニャにある大手企業や銀行が移転を表明。独立が進めば、更にその流れは加速するはずだ。

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スペイン国旗を体に巻いた人々(筆者撮影)

「(独立したら)経済的に今よりもずっと苦しくなる。『カタルーニャ共和国としてEUに入る』と言うが、そんな簡単にはいかない。企業も出ていって、どうやって国を保つのだ」

独立反対派の公務員、ジョアンさん(47歳)は冷静に疑問を呈した。すべてのカタルーニャ人が怨恨意識に苛まれているわけではない。内実は半数近くが独立に反対、もしくは中立的な立場を取っているのだ。

バルセロナ市内でのデモも、独立賛成派、独立反対派が交互に実施している。それぞれが立場を尊重し、衝突を回避。ぎりぎり民主的なイメージを保てている。

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現地のユニクロはいつも通りの賑わいだった(筆者撮影)

ただ、スペイン政府が強権を振りかざしたことで、カタルーニャ人の反発は増しつつある。住民投票では住民が警察に暴力を振るわれ、独立推進派の議員たちが「反乱罪」で刑務所に入れられた。それは、弾圧された時代を思い出させるのだろう。

「独立はいつか果たすべきだと思うわ。ただ、民主的に移行すべきよ。独立の流れは止まらないはずだけど、無理矢理にお互いが引き離そうとすると、血を見ることになるわ」

独立賛成派だが、やり方には反対と言う教師のエマさんは、将来を憂えた。今や落としどころを見つけるのが困難な状況になりつつある。カタルーニャは分断の危機に晒されている(スペイン政府は12月21日に、カタルーニャ州議会の選挙を実施予定)。

縮図であるサッカースタジアムはその混乱の余波を受ける。冒頭の通り、エスパニョールは中立を表明するなど、政治的な圧力を受けることを回避したいのはどこのクラブも同じだ。しかし、先日、沈黙を守っていたバルサが、公式SNSで「逮捕議員の解放」を求めた。カンプ・ノウスタジアムでも「Libertad(自由)」の大合唱が起こった。状況はますます混迷を深めそうだ。

もし独立した場合、カタルーニャのサッカークラブはリーガエスパニョーラを離脱する。その経済的損失は、計り知れない。それはカタルーニャの未来の縮図とも言われるが……。

(つづく)

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