米朝会談直前のシンガポールを包む「3つの熱気」

米朝会談直前のシンガポールを包む「3つの熱気」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2018/06/12
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「世紀の会談」「歴史的な和解」――さまざまに形容されるトランプ大統領と金正恩委員長の米朝首脳会談が、6月12日午前9時から、シンガポールの外島、セントーサ島に建つ高級リゾートホテルのカペラホテルで開かれる。

この原稿は、その前日の11日深夜、シンガポールにあるプレスセンターで書いている。私も、東京から約5000kmも離れた東南アジアの先進都市へやって来た。米中首脳会談の後に読まれる方には、申し訳ないが、なるべく現場の雰囲気が伝わるように心がけて書き進めていく。

DPRK-US Summit

シンガポールは今、三重の意味で、尋常でない熱気に包まれている。

第一に、暑気と湿気だ。夜8時を回って、ようやく気温が摂氏30度まで下がってきた。ここは赤道直下の南国なのだ。

うだるような暑さと蒸すような湿り気は、体力と気力を容赦なく消耗させていく。と同時に、この世のすべての「生業事(なりわいごと)」を、放念したい気にさせる。その意味で、米朝が角突き合わせる首脳会談には、打ってつけの場所かもしれない。逆説的だが、暑さが両者の頭を冷やすのだ。

第二に、世界中から蝟集した記者たちの熱気である。シンガポール政府が急遽、設置したプレスセンターに登録したジャーナリストは、ざっと3000人! 韓国人が450人で一番多く、日本人はそこまではいかないが、二番手の数百人規模。うちNHKだけで、100人前後もいると聞く。

ちなみにプレスセンターの大部屋で、長机の私の正面は、台湾人記者団が占拠している。右隣はインド人たち、左は韓国人たちだ。

頭上では、朝から深夜まで、地元シンガポールのニュース専門チャンネル「アジアTV」が、米朝首脳会談特集を報じ続けている。まるで日本の民放が夏にやる24時間テレビのようで、深夜になった現在、メインの女性キャスターは、化粧もひび割れて、気の毒な相貌と化している。大事な「本番」は、明日だというのに。

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第三に、開催地シンガポールのヤル気である。シンガポール政府のある関係者に言わせると、1965年の建国以来、最大のイベントなのだという。

こちらでは、「トランプ・キム・サミット」と呼ばれている。略して、「TKS」。何だか映画の表題のようだが、正式な英語表記は、「DPRK-US Summit」と、アルファベット順で北朝鮮が先に来る。

シンガポールは、このわずか数時間の首脳会談に、2000万ドルもの特別予算を国庫から捻出した。セントレジスホテルの北朝鮮側の滞在費は、はっきりは言わないが、シンガポール政府が出しているような気がしてならない。とにかく、3000人ものジャーナリストが世界からやってきて、シンガポールを世界に「宣伝」してくれる「天啓」が訪れたと、シンガポールの政府関係者たちはホクホク顔なのだ。

そのため、われわれジャーナリストは、「天使」のような扱いを受けている。一例を示せば、プレスセンター1階のビュッフェで、午前11時から午後9時まで、ミシュラン級のコックが腕を振るった料理が、好きなだけ無料で提供されている。

ウエスタン・スタイルの野菜のバター炒め、韓国風のチャプチェとスパイシー・フライドチキン、イタリアンの貝風パスタ、アメリカンの若鳥のバーベキューソース炒め、マッシュルームにクリームチーズ、マレーシアンのシーフード焼きそば、インディアンのマサラカレー、ベトナミーズのココナツ風ポーク、タイ風のビーフ・グリーンカレー、フレンチのビーフ・ブリスケ、オリエンタルのチキンシチュー、そして地元シンガポールの若鳥ライスやフィッシュカレー……。

今ここに挙げただけでも全体の3分の1くらいで、見渡す限り世界中のごちそうが並んでいるのだ。デザートも15種類くらいある。私はこれまで世界のいろんなプレスセンターに行ったことがあるが、ここまで豪華絢爛な料理を、すべて無料で提供されたのは初めてだ。

ただし、和食はゼロ。私は一応、シンガポールの政府関係者に、「北朝鮮問題で日本はカヤの外に置かれているということですか?」と質問してみた。すると、「う〜ん、和食がおかれていない理由は分かりません」と答えた。

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ごちそう食べ放題で、何だか楽しそうな取材だと羨ましがられるかもしれないが、ジャーナリストの立場から言えば、これほど隔靴掻痒のイベントはない。

私が泊まっている安ホテルから、トランプ大統領が泊まっているシャングリラホテルまでも、金正恩委員長が泊まっているセントレジスホテルまでも、わずか1㎞くらいしか離れていない。だがその「距離感」たるや、まるで地球の裏側を回って4万㎞もあるようなイメージなのだ。

米朝からやって来た「主役」二人は、まさに「近くて遠い存在」だ。

シンガポールは一種の「戦争状態」

そこで、何とかしていくばくかでも「両主役」の「息吹き」を感じたく思い、まずはトランプ大統領が宿泊しているシャングリラ・ホテルへ、足を運んでみた。

ハードロックカフェの巨大な看板を折れて、細長いアンダーソンロードを進むと、最初の検問に引っかかった。銃を抱えたシンガポール軍の軍人たちに、「どこへ行くのだ」と囲まれる。

「この道の先には、トランプ大統領が泊まっているシャングリラ・ホテルしかないだろう」と言いたくなるが、そこは作り笑いを浮かべて、シンガポール政府発行の記者証を翳してみた。すると、すんなり通してくれた。

その後、2つ目、3つ目の検問があり、バリケードが敷かれて車両による自爆テロを防止していた。それでもなぜか、シャングリラ・ホテルの本館まで行けてしまった。

中は意外に、警備が薄いと思ったら、トランプ大統領がいるのは、裏手の鬱蒼と茂る杜の中にあるコテージのようだった。

このように、トランプ大統領には近づけなかったが、アメリカ側の「第2の主役」であるポンぺオ国務長官には、声をかけた。しかも、一度ならず2度もだ。

11日夕方5時半から、マリオット・ホテルで、ポンぺオ国務長官の内々の会見、というより懇談があった。ホワイトハウス付きの気心の知れた記者だけを集めて、ブリーフィングを行ったのだ。

私は一応、トライはしてみたが、あっさり締め出された。そのため、入口で待つことにした。そして待つこと30分ほど、機関銃を捧げた軍人たちが周囲を固めると、黒塗りの車が到着して、中からポンぺオ長官が降りてきた。

私は「ポンぺお長官、会談の準備はうまくいっているんですか?」と声を張り上げて聞いた。するとポンぺお長官は、私の方をチラッと横目で見ただけで、無言で通り過ぎていった。

このブリーフィングは30分弱で終わり、再び出てきた時、「ポンぺオ長官、核放棄は絶対にCVID(完全で検証可能、かつ不可逆的な解体)でないとダメなんですか?」と聞いてみた。すると今度は、片目だけ私の方を見て、そのまま無言で車に乗り込んでいった。

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ポンぺオ長官はなぜ、わざわざ米朝首脳会談前日の夕刻に、親しい記者だけを集めて、このような「小イベント」を行ったのか。それはポンペオ長官が強調していた二つのセリフにはっきり表れている。

「われわれが唯一、受け入れることができるのは、CVIDだけだ」

「北朝鮮が非核化を実現して初めて、金正恩体制の安全保障が与えられる」

ポンぺオ長官は、金正恩委員長がシンガポールに到着したことで、「退路は断たれた」と見て、俄然強気に出だしたのである。

このポンペオ発言に先立つこと数時間前、午前10時から、リッツカールトン・ホテルで、米朝実務者同士の詰めの会談が行われていた。アメリカ側代表はソン・キム駐フィリピン大使で、北朝鮮側代表は、崔善姫外務次官である。

両者は2時間近く談判した後、苦渋の表情を浮かべながら立ち去った。その後、シンガポールで「金正恩委員長がドタキャンして帰国する」との噂が、まことしやかに飛び交った。

そんな北朝鮮側にも近づこうと、トランプ大統領が宿泊しているシャングリラ・ホテルから600mしか離れていないセントレジス・ホテルへと向かった。

だが、こちらの方がよほど厳しかった。ホテルの300mくらい手前からバリケードが敷かれていて、「北朝鮮の宿泊者以外は立ち入り禁止」だという。

ということは、セントレジス・ホテルは、北朝鮮関係者の貸し切り状態なのだ。アメリカ資本のホテルで、北京のセントレジス・ホテルには、昨年11月にトランプ大統領が泊まったというのに、シンガポールでは北朝鮮の「戦線本部」となっている。そして、やはりシンガポール政府が経費を負担しているのだと、踵を返しながら確信した。

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翌日の首脳会談の会場となる、シンガポールの外島、セントーサ島のカペラホテルにも、タクシーを走らせて行ってみた。

タクシー運転手は、「セントーサ島には首脳会談が終わるまで入れない」と言ったが、「タクシー料金を積み増すから」と無理に頼んで向かった。そうしたら、あっさり島に渡る道路を渡れた。その後、島内で迷ったりしたが、何とかカペラホテルの前までたどり着いた。

だが、そこまでだった。再びシンガポール軍によって遮断されてしまった。人口650万くらいの国家で、いったい何人の軍人がいるのか知らないが、きっと総動員されているのだろう。つまりシンガポールにとってみれば、一種の「戦争状態」でもあるのだ。

「握手することが最大の成果」

そんなことを思っていたら、なぜかカペラホテルの前に、一人の美女が、泣きそうな顔をして立ち竦んでいた。聞くと、韓国の某有力紙記者だという。彼女も単身、カペラホテルに侵入を試みて失敗し、シンガポール軍にこっぴどく説教を喰らっているところだったのだ。

私がタクシーに乗せて救い出してあげたら、彼女は車中で饒舌になって、スイスホテル4階に韓国政府がこしらえたという「コリアン・プレスセンター」に案内してくれた。

そこは、不思議な場所だった。「平和、新しいスタート」のキャッチフレーズのもと、600席以上もの記者席が用意されていた。それなのに、来ている韓国人記者は、20人くらいなのだ。

この場所をつぶさに観察しているうちに、私は一つの結論に至った。おそらく文在寅大統領が、このシンガポールに駆けつける気でいたのだ。だから韓国政府は、わざわざこのような巨大な自国専用のプレスセンターを用意したのだ。

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そのコリアン・プレスセンターで、午後4時半から、「青瓦台」(韓国大統領府)の南官杓安保次官の会見が行われた。会見の前に司会者が、奇妙なことを言った。

「南次官は、2度出てきます。一度目は公式会見で、二度目はバックグラウンドの説明です。二度目はオフレコ発言ですから、録音や写真撮影はやめてください」

二度目に何を話してくれるのかと、楽しみにしていたら、ほとんど何も目ぼしい話はないまま、二度にわたる会見は終了してしまった。ちなみに、オープンな会見で言っていたのは、次の通りである。

「昨年、文在寅政権が出帆した時、明日行われる歴史的会談のことなど、想像もしていなかった。新しい未来が明日開かれるのであり、それは大変意義深いものだ。

今この時間も、米朝の下交渉は続いており、明日の会談が終わった時には、よい結果が報告されるものと期待している。

今回の米朝会談は、わが文在寅政権が間を取り持ち、3月8日に発表したものだ。これまで米朝両国の間に立ち、文在寅大統領とトランプ大統領との首脳会談、5回の電話会談、2度の金正恩委員長との南北首脳会談などを経て進めてきたものだ。遠い道のりとなるであろうが、つつがなく進め、世界最後の冷戦を終結させるのだ」

何だか煙に包まれたような会見で、満足できなかった何人かの韓国人記者が、降壇した南次官を囲んで質問を浴びせた。すると温厚そうな初老の韓国高官は、堪忍袋の緒が切れたかのように言った。

「今回の米朝会談は、大きな方向性を示すためのものなんだ! そこのところを、よく理解してもらいたい」

つまりは、明日の米朝首脳会談では、具体的成果は期待しないでほしいと、あらかじめ予防線を張ったのだ。

だが、そんなことは、指摘されるまでもなく、とっくに察しがついている。なぜなら、もし大きな成果があるのだったら、南次長ではなく、文大統領がシンガポールに馳せ参じているに決まっているからだ。文大統領は、13日に控えた統一地方選挙の投票を事前に行って、12日を待ち受けていたほどなのだ。本当は、米朝に韓国も含めて、3ヵ国で会談し、朝鮮戦争の終結宣言を謳いたかったのだ。

だが、理想はウサギのごとく飛び跳ねてゆくが、現実はカメのように鈍い。水面下で米朝が一進一退を繰り広げているうちに、約束の6月12日を迎えてしまった。そこで、米朝の「主役」二人は、周囲の反対を振り切って、シンガポールにやって来たというわけだ。「まあ、握手するだけでも進歩だろう」と思いながら。

もしアメリカがオバマ大統領で、北朝鮮が金正日総書記だったなら、絶対に今回の米朝会談は、実現しなかったろう。もう一人、韓国が文在寅大統領でなかったらなおさらだ。この「3首脳」がピタリ合って、初めて実現したものなのだ。

その意味では、「握手することが最大の成果」というのは、あながち大袈裟な表現ではない。

トランプ大統領が昨年1月に就任してから、国際秩序はにわかに「溶解」を始めている。これまで70年あまりに渡って連綿と続いてきた「理念外交」は後退し、それに代わってトランプ式の「ディール外交」が始まった。この「トランプ台風」に振り回される格好で、国際秩序が「溶解」し始めた。それによって、これまで不可能と思われていたことも、「水位」が下がって可能になった。

その典型例が、今回の米朝首脳会談というわけだ。

漂流する日本の安倍政権

さて、問題は、こうした国際社会の「新現象」から、すっかり取り残されてしまった感がある日本である。

私は、コリアン・プレスセンターで会見を終え、帰ろうとしていた南次官を追いかけ、声をかけてみた。

「南次官は、日本政府の役割を、どのように考えていますか? 米朝会談の後に、日本はどのような役割を果たすべきとお考えですか?」

南次官は、まさか日本人記者が混じっているとは思わなかったようで、やや当惑した表情を浮かべたが、それでもこう述べた。

「まず南北が進み、次に米朝が進んだ。その次は日本が進む番ではないか。日本には、この地域の平和と発展のために、大きな役割を果たしていただきたい」

日本は、何をどう進めたらよいのだろう。安倍晋三政権が最重要課題と言い続けてきた、日本人の拉致問題は、この先、どうなってしまうのだろうか?

冒頭に、シンガポールは今、「3つの熱気」に包まれていると記した。だが、そんな「熱い空間」の中にいる私自身は、すでにすっかり冷めきっているのだ。それはまさに、日本の「立ち位置」が、まったく定まっていないからだ。

そもそも、米朝のトップ同士が1回握手しただけで、70年の「骨肉の争い」が氷解するはずもなく、やはりしばらくは「漂流」することになるだろう。ところが、そんな漂流している北朝鮮をめぐる国際社会から、さらに漂流しているのが日本なのだ。

今回、シンガポールで「主役」でもなく「脇役」ですらない日本は、早急に北朝鮮対策を再考する必要があるだろう。そうしないと、いつまでたってもプレスセンターに和食が並ばないことは確かだ。

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