「ThinkPadの父」に聞く、現在過去そして未来 その3

「ThinkPadの父」に聞く、現在過去そして未来 その3

  • マイナビニュース
  • 更新日:2017/11/15
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●もうバッテリにはマジックはない

ThinkPadが2017年の10月5日で25周年を迎えた。今回はそれを記念して日本IBM時代からThinkPad開発に携わり、「ThinkPadの父」とも呼ばれる内藤在正氏(現レノボ・ジャパン取締役副社長研究開発担当。以下敬称略)のインタビューをお届けする。

無線技術や入力デバイスといったさまざまな技術的観点から、これまでの歩みとこれからの「PCの行く末」を語ってもらった。第3回はノートPCを語るときに外せないバッテリの進化、ThinkPadがこだわり続けるカーボンファイバーなどの素材、そしてデザインについて聞いた。

○これからのバッテリはどうなる?

――バッテリについてはどうでしょう。ThinkPadはリチウムイオンが広く普及する前から採用していましたよね

内藤:バッテリは、ニッケル水素からリチウムイオンに変わり、方式や構造を変えながら毎年数%程度容量が増えていきました。形状が乾電池のような円筒形からリチウムイオンポリマーでレトルトパックみたいになり、ある程度自由な形状になった。これによりバッテリを薄くすることが可能で、非常に大きな変化といえるでしょう。使い方も変化してきて、安全規格などとの関係で電池の電圧は段々と上がってきました(注1)。

※注1:電力が一定ならバッテリの電圧を上げると、充電時の電流を下げることができる

これからの展開ですが、残念ながら、いますぐバッテリの容量が大幅に上がるような技術はないというのが現状です。シリコンアノードなどの「革新的」といわれる技術はあるのですが、まだ実用化されていません。シリコンは、リチウムを大量に吸うのでバッテリ素材としてはいいのですが、逆にそれによって自身の構造を壊してしまうという問題があり、なかなか実用化できないでいます。

かなり長い間、この問題に業界で取り組んでいるようですが、なかなかブレークスルーができない。他の技術も同様で、現在は既存の技術で700ワット/リットルぐらいのところからあまり大きく動いていない状態にあります。

そのため、かつてのようにバッテリの進化により容量が増加し、デバイスの動作時間が延びていくという楽な道はすでになくなっていて、これからは地道に電力を削減する、地道に電力を使わないコンポーネントを開発していくというのが、一番効果的だと思います。こういうとバッテリ関連の方に怒られるかもしれませんが、PCを作る側から見ると、もうバッテリにはマジックはない、というのが現状です。

○同じコンポーネントでもインテグレーションで差が

――ただ、PCの場合、地道に努力するといっても、多くのコンポーネントやCPUは、それぞれの専業メーカーがあって、セットメーカーは、どこも同じものを使って組み立てているので、工夫の余地があまりないのではありませんか?

内藤:例えば、CPUの消費電力が下がってきたといいますが、実際にはそうではありません。使わない時の電力を小さく、動作するときにはできるかぎり高速にして短時間で処理を終了させることができるようになったので、長い時間でみると平均的な消費電力が小さく見えるということです。つまり、動いている時にはそれなりに電力を消費するわけです。

ところが、高速で動かすためには、そこで発生する熱を効率的に放熱させる必要がある。逆にいうと、放熱効率が低いと、高い性能で動作させることができなくなってしまいます。

そして、薄く、軽くしようとしたとき、放熱が一番の問題で、ここがセットメーカーによって差が出る部分です。軽く、薄くしようとすると、筐体に金属を使うことで、放熱に生かそうとします。しかし、金属で全体をつつんでしまうと、今度は無線アンテナを配置するところがなくなってしまう。そういう意味では、同じチップを使っていたとしてもインテグレーションの勝負になると思っています。

○もう交換式バッテリに戻ることはない

――最近では消費電力が下がってきたためか、バッテリの容量が以前ほど大きくないような方向性を感じます

内藤:それは、ノートPC全体が、「軽い」という方向にシフトしてきたからです。軽量化するには、かなりの体積を占めるバッテリを小さくしておく必要があるからです。

例えば、音声入力のためにマイクを増やしたい、通信のためにLTEを搭載したいと、詰め込むものは増える一方で、丈夫にしてほしいという要求もある。要素の陣取り合戦は終わっていません。

コンポーネントは部品メーカーの努力である程度小さくできますが、すべてカスタムの部品を作るわけにも行かないので、段階的にしか小さくなりません。セットメーカーが小さくできるところはメイン基板しかないのです。

携帯電話に使われているような実装技術や多層の基板を使えば小型化は可能です。しかし、携帯電話用とPC用では、メイン基板を組み立てるための製造装置が違っているので、製造ラインから作り替える必要があります。これからはノートPCでも、携帯電話やスマートフォンと同様の製造ラインを使って、メイン基板を小さくしていくことになるでしょう。

そうなると、これまで以上に熱的な密度があがっていくことになります。これをどうやって「散らして」いくのだと。これは経験がものをいう世界になります。

――かつて、ノートPCのバッテリは、かならず交換できるようになっていましたが、最近では、交換できない内蔵バッテリが主流です。ですが、交換できることで動作時間を延ばすことができなくなっています。これは、今後も変わらない方向なのでしょうか?

内藤:バッテリが交換式だった最大の理由は、交換できないとバッテリが「ヘタ」って、使えなくなってしまったからです。ある意味かつてのバッテリは「消耗品」でした。しかし、バッテリ技術の進歩で、本体の寿命と同程度になってきた。具体的には充電サイクルが増えてきたので、PC本体の平均的な利用期間の間は交換する必要がなくなってきたのです。

もう1つは、バッテリを交換式にする場合には、そういう機構を持つ筐体を作らねばならないということです。それは、重量の増加につながり、薄くしにくくなる原因でもあります。現在のバッテリ性能を考えると、内蔵バッテリのほうがトータルでいいものができるのです。もう交換式バッテリに戻ることはないでしょう。

●ファンクション イコール ビューティフル

○ノートPCの形状や使われる素材のこれから

――ThinkPadでは、新素材を率先して採用したり、筐体の頑丈さに早くから着目していた製品です。また、キーボードが飛びだすThinkPad 701C、タブレットデジタイザと合体しているTransNoteなど、ユニークなものがありました。ノートPCにおいてフォームファクタや素材はどう変わっていくのでしょうか

内藤:形状が大きく変化するとしたら、ドラスティックに変化することになるでしょう。ですが、変化の前は現在の延長線上に居続けることになると考えられます。

筐体の素材に関していえば、実は素材そのものよりも、加工技術の進歩に依存する部分が大きいのです。マグネシウムだと素材のままでは利用できないので「塗装」が必要になりますが、塗料を塗るのではなく、エッチングのような方法で処理するという加工技術もあります。素材と加工技術の組合せでみると、いろいろな可能性があるでしょう。

多くのメーカーが金属素材を採用していますが、当社はどちらかというと金属素材に頼らないできたメーカーです。たぶん、一番カーボンファイバーを使ってきたメーカーでしょう。金属にも良さがありますが、カーボンファイバーには「軽さ」という強みがあります。とはいえ、マグネシウムにしても、カーボンファイバーにしても、「伝導性」のある素材なので、相変わらずアンテナ配置の問題は残っています。

また、触ったときの感触では、金属は冷たく感じます。これはカーボンファイバーにはない特性です。われわれは、ものを考えるときに「ラショナル」(理性的な)と「エモーショナル」(感情的な)の両方を考慮します。

例えば、移動手段を効率だけで考えると電車やバス、タクシーということになりますが、格好いいスポーツカーが欲しいという人もいます。「かっこよさ」のようなエモーショナルな要素を考慮しながら、重さや軽さといったところに影響が及ばないようにする、そのバランスをどうやって取るのかが非常に難しい問題です。

○「ファンクション イコール ビューティフル」

――製品が格好いいかどうかは、見れば分かることではありますが、抽象的すぎて、いざ作ることを考えると、具体的にどうすればいいのかが分かりません。ThinkPadには、「格好良さ」の「定義」や「基準」はあるのでしょうか?

内藤:われわれは「ファンクション(機能) イコール ビューティフル(美しさ)」だと思っています。リチャード・サッパー(注2)の下で、ThinkPadのデザインに長いこと関わってきたデビッド・ヒル(注3)は、最初に私に虎の後姿の写真を見せて、「自然界には、理由なくてできているものはない」といいました。つまり、「デザインというのはファンクション」なんだと。

※注2:Richard Sapper (1932-2015)。1980年からIBMのprincipal industrial design consultantに、そしてThinkPadビジネスがLenovoに売却されたあとも、2005年までThinkPadのデザインコンサルタントを務めた

※注3:David Hill。2017年6月までレノボ社副社長、 Chief Design Officer & Distinguished Designerを務める。25周年記念モデルであるThinkPad 25は彼のデザインによる

現在のThinkPadのデザイン責任者ブライアン・レオナルド(注4)も、「美しいものが使い勝手が悪いということは絶対あってはならない」といっています。「美しいもの イコール 使い勝手がいいもの」でなければならないと。

※注4:退任したHill氏の後任としてレノボ社PCs & Smart Devices business groupのデザイン担当副社長を務める

「アピアランス」、つまりデザインの基本方式はこうだというのは、デザイン責任者からトップダウンで降りてきて、そのラインは必ず守られます。それを受けて具体的な筐体を考えるデザイナーが細部を考えるわけです。

とはいえ、デザイナーがこの部分を尖らせたいと言っても、尖らせれば、尖らせるほど、そこにはものが入らなくなります。あるいは、デザイナーが金属を使いたいといっても、アンテナ部分を金属で覆うわけにはいきません。ここは、常にデザインとエンジニアリングが衝突する部分です。これを繰り返しながら、ThinkPadはできあがっていきます。

われわれとしては、デザインが美しいだけのものを作るというつもりはありません。あるいは、美しさだけが先行しすぎているのはThinkPadではないのです。ただ、そこに行き着くのは簡単ではありません。

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