ストラスブール残留の36歳川島永嗣 複数年契約の快挙を勝ち取った「ぶれない生き様」

ストラスブール残留の36歳川島永嗣 複数年契約の快挙を勝ち取った「ぶれない生き様」

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  • 更新日:2019/08/06
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昨シーズンの公式戦出場がわずか1試合だったGK川島永嗣が、リーグ・アンのRCストラスブールとの契約を2年間延長した。外国人選手枠が「3」と定められたフランスで、大ベテランの域に達した36歳の日本人ゴールキーパーが複数年契約を結んだのは快挙と言っていい。

守護神を担った昨夏のワールドカップ・ロシア大会以来、約1年ぶりに日の丸を背負った先のコパ・アメリカで何度も演じられたビッグセーブと、最後尾からチームメイトたちを鼓舞する雄々しい存在感の源泉となり、ストラスブール側に契約延長へ決意させた川島のぶれない生き様と、胸中に抱き続ける果てしなき夢を追った。

前向きに受け止めた第3ゴールキーパーの立場

逆の立場から、選手の側ではなくクラブの側から考えてみれば、川島永嗣が結んだ契約の価値がより鮮明に伝わってくる。リーグ・アンのRCストラスブールと、新たに2年契約が結ばれたことがクラブの公式ツイッター上で発表されたのは、ヨーロッパ時間の7月22日だった。

ヨーロッパ5大リーグのひとつ、フランスのリーグ・アンには外国人選手枠が存在する。EU(欧州連合)とEFTA(欧州自由貿易連合)に加盟するヨーロッパ諸国の、そしてコトヌー協定に調印したアフリカ諸国の国籍を有する選手以外では、登録および出場が最大3人までと定められている。

長丁場のシーズンを戦い抜くために、外国人選手枠に対しては各クラブともさまざまな考えを巡らせる。そして、ストラスブールは貴重な枠のひとつを、昨シーズンの公式戦出場が1試合だった36歳の日本人ゴールキーパーに、それも複数年契約を用意して行使することを決めた。

ビッグネームと呼ばれる一部の選手を除けば、ヨーロッパサッカー界では30歳という年齢を境に、周囲からの見られ方が一変するという。たとえば今年3月に30歳になった香川真司は、ボルシア・ドルトムント(ドイツ)から出場機会を求めて、今年1月にベシクタシュJK(トルコ)へ期限付き移籍した昨シーズンを「非常に苦しかった」と振り返ったことがある。

「やはり30歳というのは、ヨーロッパでは特にシビアになる。年齢のことも含めて、いままでに経験したことのない、いろいろな現実を見せられました」

3月に36歳になった川島も年齢だけを見られて、さまざまな視線を浴びせられてきたことは想像に難くない。だからこそ、ストラスブールから契約延長の打診を受け、一度は契約満了を迎えてフリーの立場となりながらも、最終的に2年契約を結んだ交渉の軌跡は快挙と言っていい。

ワールドカップ・ロシア大会を戦い終えた後の昨年8月末に、川島はストラスブールへ1年契約で加入した。リールセSKとスタンダール・リエージュ(ともにベルギー)、ダンディー・ユナイテッド(スコットランド)、FCメス(フランス)に次ぐヨーロッパで5チーム目。よほどの緊急事態が発生しなければまず出場機会が訪れない、第3ゴールキーパーの立場を努めて前向きに受け止めた。

ストラスブールはベルギー代表のマッツ・セルスを正守護神に、元U-21フランス代表のビングル・カマラをセカンドキーパーにすえた。27歳のセルスはリーグ・アンで、22歳のカマラはフランスリーグカップでゴールマウスを守り、後者の大会でストラスブールは頂点に立っている。

川島が第3ゴールキーパーを経験するのは、実は初めてではない。2016年8月に加入したメスで、そして約4か月間のブランクをへて同年10月に復帰した日本代表で、プレー以外の役割を託された。当時の日本代表を率いていたヴァイッド・ハリルホジッチ監督は、メスで出場機会を失っていた川島をあえて復帰させた理由を、聞き慣れない「メンタルプレーヤー」という言葉に帰結させた。

「永嗣は発言力も経験もあるリーダーの一人であり、チームにいいスピリットももたらせてくれる。厳しい戦いにおいて、グループにおける永嗣の存在感が必要になってくる。第3ゴールキーパーをメンタルプレーヤーとして扱うのは、各国の代表チームでよく見られる。永嗣にはその役割を担ってほしい」

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Robert Cianflone / Getty Images

無所属の困難からも逃げることなく立ち向かう

もっとも、出番が訪れない可能性が大きい、精神的にも極めて厳しい状況下においても、川島のモチベーションは萎えなかった。たとえばメス時代には十代の若手たちとともに、リザーブリーグでプレーする時間の方が多かった。当時の心境を、こんな言葉で表したことがある。

「ベンチ入りのメンバーにも入れていないので、その意味では自分にとっては難しい状況ではある。ただ、こうなる状況を承知のうえで契約しているので。ヨーロッパのなかでも大きなリーグでのチャレンジですし、日本人のゴールキーパーとしてどこまでできるのかを、日々突き詰めていきたい」

川島は2001シーズンに当時J2の大宮アルディージャでプロのキャリアをスタートさせ、2004シーズンに名古屋グランパス、2007シーズンには川崎フロンターレへ移籍した。Jリーグの舞台で経験を積みながら、27歳となる2010年夏のヨーロッパ挑戦へ向けて周到な準備を進めてきた。

たとえば語学。アルディージャ時代に英語とイタリア語を習得し、いまではポルトガル語、スペイン語、オランダ語に加えてフランス語も流暢に操る。ゴールキーパーは指示を介して味方と連携を図る。海外でプレーするうえで、語学の習得は必要最低限の要素でもあった。

日本代表のゴールキーパーとして歴代最多の116試合に出場した、レジェンドの川口能活もかつてはヨーロッパの厚い壁の前にはね返された。サッカー界で最高峰となる舞台で日本人ゴールキーパーがプレーする価値を、川島はこんな言葉で表現したことがある。

「ヨーロッパでは、ゴールキーパーの役割や存在感がもともと大きい。そのなかで外国人のキーパーがプレーしていくためには、ヨーロッパ人よりもいい部分やプラスアルファを出さなければいけないし、プレーの面でもメンタルの面でも日本にいたときよりも強さや厳しさを求められると思っている」

スタンダール・リエージュの3年目となった2014-15シーズンの序盤でレギュラーを剥奪され、ダンディー・ユナイテッド入りするまでに約5か月間の無所属状態も経験した。メスやストラスブールでも味わわされた苦難の時期に、川島は逃げることなく立ち向かってきた。

「自分が計画した通りにいかないのが人生であり、サッカーだと思う。自分のなかでは意味があって挑戦しているし、不遇な時期があったからこそ成長できると信じているので」

真摯な姿勢は、必ず報いられる

サッカーに対して貫いてきた真摯な姿勢は、必ず報いられる。たとえば日本代表では2017年3月、アウェイで行われた難敵UAE(アラブ首長国連邦)とのワールドカップ・アジア最終予選の大一番で、精彩を欠いていた西川周作(浦和レッズ)に代わって先発を言い渡された。

メンタルプレーヤーからの突然の昇格ながら、川島は最後尾で大きな存在感を発揮。あわや同点という大ピンチでビッグセーブを見せるなど2-0の快勝に大きく貢献して、3大会連続で挑むワールドカップとなるロシア大会での守護神拝命へ向けて雄々しく復活した。

それでも計り知れないほど大きなプレッシャーと、メスで試合に出ていない不安とも戦っていたのだろう。UAE戦後に更新されたオフィシャルブログで、川島は敵地のスタジアムのロッカールームで、人目をはばからずに号泣した事実をこんな言葉とともに明かしている。

「多分、この涙は死ぬまで忘れない涙だと思います」(原文のまま)

直後にメスでもレギュラーへ緊急昇格し、リーグ・アン残留に貢献した。ストラスブールに移ってからは「時間とエネルギーもあったので」と週に一度、マーケティングとファイナンスの講義を受け、自分自身を多角的に見る時間と機会を作りながら日々の練習に打ち込んできた。

「昨シーズンは試合に関われない時間の方が多かったので、パフォーマンス的に何かを得られたかと言えば別に何もない。ただ、自分のなかにおいて、サッカーに対する高みに挑戦したいという情熱はまったく変わらないし、次に向かっていくうえで気持ちも充電できたし、体のコンディションもよりよくなってきている。その意味では、昨シーズンはいい時間になったと思っている」

長谷部との変わらぬ盟友関係

昨シーズンが終盤に差しかかった5月2日に、川島はドイツへ足を運んでいる。日本代表で長く一緒に戦ってきた盟友、長谷部誠がリベロとして眩い存在感を放っているアイントラハト・フランクフルトが臨んだ、強豪チェルシーとのUEFAヨーロッパリーグ準決勝第1戦を応援するためだ。

いまも忘れない2010年5月30日。ワールドカップ・南アフリカ大会の開幕直前に、オーストリア・グラーツで行われたイングランド代表との国際親善試合で、当時の日本代表を率いていた岡田武史監督は低空飛行が続いていたチームにカンフル剤を打った。

故障の影響もあって精彩を欠いていた司令塔の中村俊輔を先発メンバーから外し、システムも[4-2-3-1]から[4-1-4-1]に変更。ゲームキャプテンをDF中澤佑二から長谷部へ、ゴールキーパーを楢崎正剛から川島へと代えた荒療治が、下馬評を覆してのベスト16進出への呼び水となった。

そして、南アフリカ大会後に正式にキャプテンを拝命した長谷部と、ヨーロッパ組の仲間入りを果たした川島はその後も日の丸を背負いながら太く、強い絆を育んでいく。昨夏のロシア大会後に長谷部が表明した日本代表からの引退も、直前に長谷部から川島へ個人的に伝えられていた。

チェルシー戦の翌日に川島と長谷部のインスタグラムへ投稿された文面を見れば、日本代表やヨーロッパでの戦いを介して、2人が共有してきた喜怒哀楽ぶりが伝わってくる。

「昨日は絶好調おじいちゃんにいいものを見せてもらいました!」

ひとつ年下の長谷部を川島が「おじいちゃん」といじれば、長谷部は1-1で引き分けた試合後に川島と会ったことを明かしながらこう綴っている。

「#久しぶりだったけど #久しぶりの感覚が無いのは何故だろう #あいも変わらず元気でした」

培ってきた濃密な経験を東京オリンピック世代へ

そして、3週間後の現地時間5月24日に、川島はピッチの上でも元気な姿を見せる。ハリルホジッチ監督に率いられるFCナントとのリーグ・アン最終節。先発してストラスブールでの初出場を果たした川島は1-0の痺れる勝利に貢献して、シーズンを通して積み重ねてきた努力の跡を証明した。

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Eddy Lemaistre / Getty Images

ロシア大会以来となる復帰を果たした日本代表でも、変わらぬ存在感を放った。東京オリンピック世代を中心とする編成で臨んだコパ・アメリカ。初戦で4失点を喫した19歳の大迫敬介(サンフレッチェ広島)に代わってゴールマウスに立った川島は、ウルグアイ、エクアドル両代表と引き分け、決勝トーナメント進出へあと一歩と迫った若き代表を最後尾から鼓舞し続けた。

チームを率いる森保一監督からはプレーだけでなく、培ってきた濃密な経験を東京オリンピック世代へ伝える役割も期待された。もっとも、ただ単に言葉を並べるだけでは意味がない。大迫や22歳の小島亨介(大分トリニータ)と、ポジションを争うことが何よりも重要だと川島は力を込めている。

「いままでやってきたすべてを、自分自身がゴール前で見せることが一番だと思う。日本代表という場所に呼ばれている以上は、まずは自分が選手としてアピールすることは変わらない。そのうえで自分が経験してきたことを、周囲へのプラスアルファに変えていければいいのかな、と」

どんな状況に対しても常にポジティブに向き合ってきたからこそ、急に出番が訪れても動じないし、いつも通りの力を発揮することができる。チームにとってこれほど頼もしい存在はいないし、その一挙手一投足は若手選手たちにとっての最高の羅針盤となる。ぶれない生き様に魅せられたからこそ、ストラスブールも3つしかない外国人枠のひとつを迷うことなく川島に託した。

今夏にはJ1のヴィッセル神戸が、川島の獲得に動いたと報じられた。それでも、ヨーロッパで10シーズン目となる挑戦を決意した意義はどこにあるのか。川島はオフィシャルブログで「今までも、これからも葛藤し続けながら答えを見つけていく事なのかもしれません」と綴っている。

「何より挑戦する事が目的ではなく、1%の可能がある限り、事を成す、ことが目的だということ。今までも周りから見れば無謀な挑戦をしてきたかもしれません。そしてまた、無謀な挑戦をしようとしています(笑)。でも1%の可能を自分の手から手放す事は僕にはできません」(原文のまま)

文中で言及された「可能」とは、ヨーロッパの舞台でゴールキーパーとして成功を収めるという初志であり、もっともっと高いレベルでプレーするという夢が対象となる。その過程で日本代表に招集されれば、もちろん気持ちも新たにポジション争いに加わる。

今年1月に権田修一がサガン鳥栖からポルティモネンセSCへ、今夏にはシュミット・ダニエルがベガルタ仙台からシントトロイデンVVへ移籍。日本代表に名前を連ねたゴールキーパーが海外へ挑むなかで、先駆者である川島ははるか前を、日本人にとって未踏の領域を全力で突っ走っていく。

連載:THE TRUTH

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