ロスジェネ正社員の「会社への貸し」が日本企業の復活を阻む理由

ロスジェネ正社員の「会社への貸し」が日本企業の復活を阻む理由

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  • 更新日:2019/08/14
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「新入社員に最大730万円の年収を支払う」と発表したソニー。優秀な人材の海外流出の防止と同社の存続をかけて導入される「起死回生の策」ですが、果たして狙い通りの成果を上げることはできるのでしょうか。世界的エンジニアの中島聡さんが自身のメルマガ『週刊 Life is beautiful』で、その成否を占っています。

日本企業の再生

少し前に、「ソニーが『新卒に年収730万円』、最大のカベは中高年社員の嫉妬!?」という記事を読みました。

「優秀な人材が海外の企業に奪われるのを防ぐため」とのことですが、年収730万円で、高度な技術を身につけた技術者を雇えるかどうかは疑問の多いところです。伸び盛りのベンチャー企業であれば、それに加えて(一攫千金が狙える)ストックオプションももらえるし、開発環境(開発マシン、開発環境など)にも大きな違いがあるし、大きな会社であるデメリット(無駄な会議、時代遅れなカルチャー、最新の技術を理解していない上司など)も最近の若い人たちは良く知っています。

しかし、ソニーのような旧来型の企業が優秀な人材を採用するにあたって、もっとも大きな障害になるのは、「中高年社員の待遇との整合性」だと思います。

これは、記事に書いてある「俺より給料が高いヤツが出てくるのはケシカラン」という単なる気分の話ではなく、日本の企業が従業員と持ってきた特殊な「雇用関係」と密接に関わる話なので簡単ではないのです。

日本企業は、戦後、急激な発展を遂げましたが、それは円がドルに対して安かったこともあるし(1973年までは1ドル=360円に固定されていました)、日本特有の人事制度を利用して人件費を抑えて来たことがあります。

この日本特有の人事制度とは、終身雇用制+年功序列を組み合わせることにより、「若いうちは安月給で我慢していれば、定年まで職は保障されているし、歳とともに給料は上がり、退職金も出る」というものでした。会社が成長しており、年齢構成が上に行くほど人数が少ないピラミッド型であれば、平均給与を低く抑えられる、とても良い人事制度でした。

「サービス残業」のような悪い慣習は、この人事制度が作り出したものです。多少理不尽な要求でも、上司の命令に従って真面目に働いていれば、年齢とともに給料は上がるし、定年まで会社が面倒を見てくれるからです。

そのため、従業員の間に大きな能力の差があっても、それほど待遇に差をつけないのが日本企業の慣習になりました。特に管理職に就く前の若い従業員の待遇にはほとんど差をつけず、管理職になる段階でようやく多少の差をつけるのが一般的です。

企業としての成長が頭打ちになり、次第にピラミッド構造が崩れ始めても、「若いうちは安月給で我慢していれば、歳とともに給料は上がる」という暗黙の了解を守るために、企業は無理矢理役職を作って出世競争に勝ち残れなかった人々を救済しました。日本の大企業には、課長待遇、担当課長、部付課長などちょっと分かりにくい役職の人がたくさんいるのは、それが理由です。

それに加え、本社の昇進競争に負けた人たちに、子会社の役員の立場を数年間与えることにより辞めてもらう、「肩たたき→天下り」という日本特有のシステムまで作ってしまった企業が日本にはたくさんあります。

当然ですが、そんなことをすれば、頭でっかちで人件費の高い企業になってしまいますが、終身雇用・年功序列を前提に入社した人たちとの約束を守る限りは、そうなる運命だったのです。特に日本の会社の場合、経営陣が取締役も兼任しているため、経営陣が、自分の天下り先確保のために子会社を作ってしまうような「会社の私物化」も、一部の企業では行われていました。

2000年を少し過ぎた頃に、ソニーやパナソニックなどの平均年齢が40歳を超えてしまったことが話題になりましたが、これはバブルの崩壊により新卒の採用を絞り込んで、年齢構成が大きく変わってしまったためです。

米国の会社であれば、そんな時には大量にリストラ(=解雇)をして一旦会社をスリムな形にしますが、解雇規制のために、それが出来ないのが日本の大企業です。日本の失われた10年が20年になってしまった原因の一つはそこにあると言って良いと思います。

そんな日本企業の悩みを解決するために小泉政権(2001年~2006年)が導入したのが、労働者派遣法の規制緩和です。解雇できない正社員の代わりに、派遣社員を雇うことにより、リストラを容易にしたのです(この派遣法の改定が、日本に「正社員」と「非正規雇用者(派遣社員、フリーター)」という社会的階層構造を作り、「大学卒業時に正社員になれたかどうか」が一生を決めてしまうような、閉塞的な社会を作り出してしまったことは、皆さんご存知の通りです)。

そんな中で、急速に存在感を増してきたのが、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に代表される、「グローバルIT企業」です。

当初は(90年代から2000年代の前半)、MicrosoftやIntelのように、IT企業はIT業界の中だけでビジネスをしていたので、他の業界への影響はほとんどありませんでした。

しかし、2000年代の後半から、Amazonが小売と流通、Appleが家電と音楽、GoogleとFacebookがメディアと広告、Netflixが放送、eTradeが証券、Teslaが自動車のように、ソフトウェアを武器にした企業が他業種へと進出し始めると状況は大きく変わりました。

この変化に関しては、2011年にMarc Andressenが書いた「Why Software Is Eating the World」にとても分かりやすく書かれています。90年代から始まった情報革命は、産業革命に匹敵する、産業構造の全体に大きな変化をもたらす革命なのです。

つまり、電気やエンジンの発明により、あらゆる産業が大きく変化したのと同様に、コンピューターとインターネットは、すべての産業に大きな変化をもたらすのです。

にも関わらず、日本では、今年になってようやくパソコンが経団連の事務所に導入されることが報道されたことが分かるように、信じがたいほど周回遅れなのです。経団連に属する企業の経営陣たちは、Marc Andressenのメモの意味を理解するどころか、彼のメモの存在すら知らない人が大半だと思います。

これからの時代、ソフトウェアのことが理解できていない人は経営者として失格ですが、ソフトウェアの理解どころか、スマホやパソコンもまともに使えない人たちが、未だに経営陣として、お抱え運転手つきで会社に来て、取締役まで兼任してしまうというコーポレート・ガバナンスの壊れた状態で、偉そうな顔をしているのが日本の経団連の現状なのです。

さらに問題なのは、その下の40代の人たちです。彼らは人事上は、「若い頃に安月給でサービス残業までして懸命に働いた貸しを会社に返してもらう立場」にありますが、子供の頃からパソコンやスマホを触って育ったわけでもない彼らは、実際のところは会社にとっては「お荷物」になりつつあります。

幸か不幸か、日本には解雇規制があるため、どんなにお荷物であっても首を切ることは出来ません。希望退職を募っても、それで自ら進んで退職する人は「転職先が簡単に見つかる人」や「自分でビジネスを始めるガッツのある人」だけなので、結果として「使えない人」ばかりが残るようになってしまいます。

上に紹介したソニーの新しい人事制度は、これからの時代に必要な優秀な若い人を採用するには必須な人事制度ではあるのですが、「会社に貸しがある」40代の人たちにとっては、とっても不公平な制度に見えるのは当然です。

分かりやすく言えば、日本の企業の多くは、「若い頃に安月給でサービス残業までして懸命に働いてくれた」人たちに対する帳簿に乗らない莫大な「債務」があるのです(退職給付債務とは別の債務です)。

契約書があるわけではないので、具体的な数字をはじき出すのは簡単ではありませんが、ソニーのように従業員10万人、平均年齢40歳超の会社の場合、40歳以上の従業員(5万人)への債務を仮に2,000万円ととして計算するとちょうど1兆円の債務となります。

ソフトウェアが勝負の鍵を握る社会において勝ち抜いて行くには、人事制度の変更だけでなく、大きな痛みを伴うリストラも必須です。しかし、希望退職を募っただけでは本当に辞めて欲しい人は辞めてくれないし、そんな人たちに限って新しい人事制度には猛反対でしょうから、とても難しい采配が必要なのです。

image by:StreetVJ/ Shutterstock.com

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