PPAPの元ネタは荒井注!?「昭和の爆笑ギャグ」プレイバック

PPAPの元ネタは荒井注!?「昭和の爆笑ギャグ」プレイバック

  • 日刊大衆
  • 更新日:2016/12/01
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PPAPの元ネタは荒井注!?「昭和の爆笑ギャグ」プレイバック

若い頃、涙を流して笑った名作ギャグ。今でも、あのフレーズを聞けば、青春の日々がよみがえってくる!

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2016年初冬、最も熱いギャグは、ピコ太郎の「ペンパイナッポーアッポーペン(PPAP)」だろう。ガラの悪そうな金ピカの衣装でリズムネタを披露するその正体は、お笑い芸人・古坂大魔王だ。独特の雰囲気が漂う動画がネットで拡散された結果、日本はおろか、世界に羽ばたく大スターになった。

とはいえ、お笑い界にはこんな声も。「ピコ太郎はザ・ドリフターズの荒井注の、“ジス・イズ・ア・ペン!”を元ネタにしている説があるんです」(お笑い番組放送作家)

先人の遺産にオリジナルの創意工夫を加えた結果、爆笑ギャグが生まれたというのだ。そこで今回は、温故知新をキーワードに、今や生では拝めない伝説の爆笑王を大特集。昭和の伝説的ギャグとともに、読者諸兄も自身の青春時代を思い起こしていただきたい。

まずは、昭和の三大喜劇人と呼ばれたのが、エノケン、ロッパ、キンゴロー。体技の榎本健一、声帯模写の古川ロッパ、新作落語の柳家金語楼の3人は、戦前から戦後にかけて大人気を博したが、当時の演芸の中心は舞台だったため、今となってはわずかに残された映像などで、その全盛期の芸を推測するしかない。

戦後復興が進んだ昭和20年代にギャグの先陣を切ったのはトニー谷。怪しい英語を散りばめたキャラクターに大衆は釘づけとなった。「レディース・アンド・ジェントルマーン、アンド・おとっつぁん・おっかさん!」が持ちギャグ。「トニーをヒントに、赤塚不二夫は漫画『おそ松くん』のイヤミを生み出しました」(演芸プロデューサー)

言葉遣いの珍妙さが大ウケしたといえば伴淳三郎、山形訛りの「アジャーにして、パーでございます」を略した「アジャパー」が流行語となった。

戦後を代表する大物喜劇人といえば森繁久彌とフランキー堺。両人とも定番ギャグを持たなかったが、森繁の映画『社長シリーズ』で、森繁社長と名コンビを成したのが、課長役の三木のり平。「パァーッといきましょう」がおなじみだった。

この頃、寄席で誕生した「お笑いモンスター」が、1958年(昭和33年)に真打昇進した初代林家三平だ。小噺の合間に「どーもスミマセン」「もう大変なんすから」とギャグを挟んで爆笑を取り、受けなかったら“このネタのどこが面白いかと言いますと……”と笑いが起こるまでギャグをたたみかける。

「おそらく、三平兄(あに)さんは昭和が生んだ最大のお笑い芸人。兄さんが出ると客席が、いつも爆笑で揺れてました」(ベテラン噺家)

同時期に人気を博したのが三遊亭歌奴(現・円歌)。三平と同じく、古典落語にとらわれず、新作落語『授業中』での「山のアナアナ」で爆笑を誘った。

59年にコントでブレイクしたのは脱線トリオの由利徹、八波むと志、南利明。由利の「チンチロリンのカックン」は、「オシャマンベ」と並ぶヒットに。

寄席や演芸場から人気者が誕生する一方、ジャズ畑からもスターが現れる。61年に『スーダラ節』が大ヒット。スターダムに駆け上がったのが、ハナ肇とクレージーキャッツ。

日本テレビのバラエティ番組『シャボン玉ホリデー』では、植木等の「お呼びでない?お呼びでない……こりゃまた失礼いたしました!」がお茶の間に炸裂した。谷啓は「ガチョーン」「ハラホロヒレハレ」など、ミュージシャンならではの擬音ギャグを量産。リーダーのハナ肇も、『巨泉×前武のゲバゲバ90分』(日本テレビ)でヒッピーに扮しての「アッと驚くタメゴローッ」が大当たりとなるなど、スタジオ狭しと大暴れ。

昭和文化研究家のミゾロギ・ダイスケ氏が説明する。「クレージーは、音楽や映画のヒット作を連発し、それが後年、CDやDVD化されました。当時を知らない世代のファンも多いんです」

さらに『シャボン玉~』では、名物コント「キントト映画」にて、なべおさみ扮する監督が助監督の安田伸を「ヤスダーッ!」と叫んでメガホンで引っぱたくギャグを忘れちゃなるまい。

また、構成作家から出演者に転じた青島幸男が「青島だァ!」と見得を切るのも革命的だった。「まだテレビ制作が暗中模索の時代、裏方が画面に露出するのは斬新でした。青島さんは放送作家、タレント、俳優としてだけではなく、映画監督、小説家としても評価され、国会議員、都知事にもなった。不世出のマルチ人間と言えるでしょう」(ミゾロギ氏)

当時、日曜の夜は6時から『シャボン玉ホリデー』を、6時半からが関西発のコメディ『てなもんや三度笠』(朝日放送)を見るのがお笑い好きの常識。藤田まことの決め台詞「オレがこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー」、「耳の穴から手ェつっこんで奥歯ガタガタいわしたろか」が全国区になり、財津一郎はエキセントリックなハイトーンで「ヒッジョーにキビシィー!」と叫んで人気者になった。白木みのるなど喜劇人相手に、役者陣が芸人と拮抗するギャグを放っていたのだ。

一方、63年スタートの『大正テレビ寄席』(NET)には人気芸人が続々登場。司会の牧伸二はウクレレ片手に時事漫談で笑わせ、「♪あ~あんあ、やんなっちゃった、あ~んあんあおどろいた」と歌った。獅子てんや・瀬戸わんやは「ピッピッピーヨコちゃんじゃ、アヒルじゃガァガァ」を何度も繰り返し爆笑を取った。

てんぷくトリオの三波伸介は「びっくりしたなぁ、もう!」。横山ノック、フック(青芝フック)、パンチ(上岡龍太郎)の漫画トリオは「パンパカパーン、今週のハイライト」。唐草模様の風呂敷を背負った栃木訛りの東京ぼん太は「夢もチボーもない」と、“田舎っぺキャラ”が大ウケした。

「最近では、つぶやきシロー、U字工事などもいますが、いつの時代も訛りがウリの人気芸人が出てきます。もっとも、“頑張れ、強いぞ、ぼくらのなまか ~”の東八郎さんも訛ってましたが、あれはキャラ。東京・浅草の出身です(笑)」(演芸プロデューサー)

同じく浅草芸人で、走ってドツいて飛び蹴り連発、テレビのフレームに収まりきらない動きで、昭和40年代に全国区となったのがコント55号。萩本欽一は「なんでそうなるの!」と“欽ちゃんジャンプ”し、坂上二郎は両手を飛行機に見立てて「飛びます! 飛びます!」で、お茶の間を爆笑の渦に巻き込んだ。

「野球拳で人気を呼んだ『裏番組をブッ飛ばせ!!』(69年、日本テレビ)は低俗だと叩かれましたが、文字通り裏番組のNHK大河『天と地と』を猛追する番組に」(ミゾロギ氏)

一方、テレビドラマを経て、69年に映画第1作がお目見えしたのが渥美清の『男はつらいよ』。「それを言っちゃあおしまいよ」など、シリーズを重ねるたびに、寅さん語録が日本中に浸透した。「シリーズの終わり頃はすっかりいい人になってしまいましたが、1作目を今、見直すと、寅さんが意外とワルなのでビックリします(笑)」(映画評論家)

のちに最高視聴率50.5%を記録するお化け番組『8時だョ!全員集合』(TBS)のスタートも69年。生まれたギャグは数知れない。加藤茶の「カトちゃんペッ!」「やったぜカトちゃん」「ちょっとだけよ、あんたも好きねぇ~」。志村けんの「イッチョメイッチョメ、ワーオ!」(『東村山音頭』)、「カーラース、なぜ鳴くの~カラスの勝手でしょ~」ほか、もはや多すぎて紹介しきれない。

また、冒頭でも触れたドリフの旧メンバー・荒井注による「なんだバカヤロウ!」は、まさに逆ギレ系ギャグの草分けだった。リーダーのいかりや長介は『ドリフ大爆笑』(フジテレビ)での決め台詞「ダメだこりゃ」が代名詞だ。

この時期、てんぷくトリオの一員だった伊東四朗が、植木等の付き人だった小松政夫とのコンビで頭角を現す。皮切りは75年スタート『笑って笑って60分』(TBS)から。伊東の「ニン!」と、小松の「ズンズンズンズン、小松の親分さん」でお茶の間の人気者になったが、さらに『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』(NET)では、伊東率いる電線軍団が『電線音頭』を熱唱してヒット。続く小松が『しらけ鳥音頭』を歌い、さらなるヒットを飛ばした。

演芸界からは、アフロヘアの松鶴家千とせが「わかるかなぁ~、わかんねぇだろうナ」。夫婦漫才の春日三球・照代が「地下鉄はどっから入れたんでしょうねえ、それ考えるとまた眠れなくなっちゃう」。星セント・ルイスが「田園調布に家が建つ」で売れっ子に。

そして1980年、空前の漫才ブームが到来。B&Bの「もみじまんじゅう~」。ツービートの「コマネチ」。横山やすし・西川きよしの「メガネ、メガネ」、爆笑女王の今いくよ・くるよの「どやさ」など、テレビは漫才だらけになった。

その漫才ブームから誕生した『オレたちひょうきん族』(フジ)でヒットギャグを連発したのは明石家さんま。「さんま師匠の“アホちゃいまんねん、パーでんねん”のフレーズは、月亭八方師匠の実の息子・月亭八光さんが小学生だった当時に言っていたのを、さんま師匠が5000円で買い上げて使ったという伝説があります」(前出の放送作家)

そして時代はバブルに突入。82年に『笑っていいとも!』(フジ)スタート。なんでもOKの浮かれた気分を広めるかのようにタモリは「いいとも!」を定着させた。所ジョージの「す・ご・い・で・す・ネッ」と片岡鶴太郎の「プッツン」は流行語にも選ばれた。

とんねるずの石橋貴明は87年スタートの『ねるとん紅鯨団』(フジ)で、「大、ドンデン返し!」と絶叫。そしてギャグの申し子・志村けんが「だいじょうぶだぁ」と発したあたりで昭和は幕を降ろした。「後世に“ウケ”継がれるギャグの遺産が、昭和の時代には満ちあふれていたと言えます」(放送作家)

現代社会に蔓延する閉塞感を打破するためにも、平成の爆笑王に期待したい!

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