“ヒットマン”ブレット・ハートの怒り――フミ斎藤のプロレス読本#065【WWEマニア・ツアー編エピソード5】

“ヒットマン”ブレット・ハートの怒り――フミ斎藤のプロレス読本#065【WWEマニア・ツアー編エピソード5】

  • 日刊SPA!
  • 更新日:2017/08/11
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『フミ斎藤のプロレス読本』#065WWEマニア・ツアー編エピソード5は、日本公演最終日の札幌でのワンシーンから。横浜、名古屋、大阪、札幌の観客動員が予想を大きく下回ったことをブレット・ハートは自分の責任ではないか、と考えていた(写真はWWEプロレスゲーム“マニア・ツアー”アクレイムジャパン社のパッケージ・ジャケットより)

199X年

名古屋、大阪での試合を終えたWWEスーパースターズは、大阪空港からANA771便に乗って次の遠征先の札幌へ向かった。名古屋レインボーホールも大阪城ホールも客席はガラガラだった。

横浜は惨敗、名古屋も大阪も閑古鳥とあって選手グループ、エージェントの顔には不安の色がみえはじめた。“マニア・ツアー”は札幌・月寒グリーンドーム公演を残すのみ。日本のあとはグアム、ハワイ、そしてアメリカ西海岸エリアでのツアーが待っている。

札幌では1日のオフが入った。ショーン・ウォルトマンとバンバン・ビガロは札幌市内に住んでいる友だちを訪ね、ほかのレスラーたちはショッピングや映画を観に出かけた。

ツアーに参加したただひとりの女子プロレスラー、アランドラ・ブレイズはホテルのレストランのいちばん隅のほうの席にひとりでポツンと座って食事をしていた。

アランドラ・ブレイズなんて聞き慣れないリングネームよりも、日本ではメドゥーサといったほうがよっぽどわかりやすい。5年まえに全日本女子プロレスの専属外国人選手として来日し、2年間、トーキョーに住んでジャパニーズ・スタイルの女子プロレスを学んだ。

アメリカに帰ったあとは、WWEのライバル団体WCWやイーストコーストのインディペンデント団体のリングで活動し、それからWWEと契約した。

WWEに入ったとたん、メドゥーサのリングネームはアランドラ・ブレイズに変わり、気がつくと世界統一女子王者ということになっていた。

アメリカでは女子プロレスというジャンルの認知度はきわめて低い。“男子レスラー”の前座として1試合だけラインナップされる女子プロレスのカードはほとんどの場合、“箸休め”のアトラクションとしてレイアウトされている。日本のような女子プロレスの団体はないし、選手の絶対数が少ない。

いくらWWEでチャンピオンになったといっても、これといったライバルがいない。メドゥーサは、今回の日本ツアーでは古巣・全日本女子プロレスからゲスト出場のブル中野、井上京子、長谷川咲恵らと闘った。

久しぶりにいい汗をかいたメドゥーサの顔は、ずいぶんすっきりしている。

「わたし、ジャパニーズ・ガールズをニューヨークに呼ぶからね。ブルは行きたいといっているし、あとはオフィスにオーケーを出してもらうだけ。ね、いい考えだと思わない?」

メドゥーサは、きつねうどんをすすりながらこれからの作戦をしゃべりまくった。だれかとはなしがしたくてしたくてしようがないという感じだった。本日のランチ・スペシャル“きつねうどん&ミニ親子丼コーヒー付”のセットが妙にエキゾチックなものにみえた。

「このツアーはお客さんが全然入ってないけど、わたしはこれからも日本に来るからね。ひとりになったって来るからね。11月には東京ドームに出るからね」

これだけの大所帯で世界じゅうをツアーしているというのに、メドゥーサはどこか孤独だ。いくら「アメリカの女子プロレスを変えることがマイ・ライフワークなのだ」と叫んでも、だれも耳を貸してくれない。

メドゥーサは、日本と自分とがリンクするところが女子プロレスWomen’s wrestlingの未来を決定するサムシングなのだ、ととらえていた。
☆               ☆

激しい怒りを抱えていたのはメドゥーサだけではなかった。“ヒットマン”ブレット・ハートもまた、やり場のない憤りを感じていた。

ツアー最終日の月寒グリーンドーム公演は、またしても興行的には失敗に終わった。横浜、名古屋、大阪、札幌の4都市のなかで観客動員は最低だった。

札幌公演のメインイベントは、ブレット対ヨコヅナのWWE世界ヘビー級選手権。大相撲でいえば“千秋楽・結びの一番”というやつである。

この顔合わせはニューヨーク・ニューヨークのドル箱カードで、WWEが年にいちど開催するスーパーイベント“レッスルマニア”では2年連続でメインイベントにラインナップされたほどのグレートの高いタイトルマッチである。

ブレットは、日常的に1万人、2万人の大観衆のまえで試合をすることに慣れている。そして、メジャーリーグWWEの世界チャンピオンこそがプロレス界の頂点なのだという意識を強く持っている。

“マニア・ツアー”がうまくいかなかった責任は自分にあるのではないか。ブレットは真剣に悩んだ。

きまじめはブレットは、子分の“キッド”ウォルトマンを連れて午前2時過ぎにビガロの部屋を訪問した。非公式の緊急ミーティングを開くためだ。

日本のマーケット事情については、だれよりもビガロが詳しいにちがいないという判断からだ。ブレットにしてみれば納得いかないことだらけだった。

すっかりリラックス・モードのビガロは、スウェットシャツに短パン姿でビールをラッパ飲みしていた。CDプレーヤーにミニ・スピーカーをつなげ、ボリュームをいっぱいに上げて、きょう買ってきたばかりだという“ピーター・フランプトン・ライブ”を聴いていた。

「このアルバム、中坊のころよく聴いたなあ。あ、ビール飲む?」

どうもビジネスのはなしができるような雰囲気ではない。ビガロは大好きな曲だという“ショー・ミー・ザ・ウェイShow Me The Way”を何度も何度もリピートでかけつづけた。

ブレットとビガロはつい3日まえ、チャンピオンベルトを賭けて闘ったばかりだ。おたがいにプロレスラーとしては尊敬し合っているから、試合が終わればちゃんとシェイクハンドができる関係だ。

でも、ビガロはちょっとばかりベロンベロンになり過ぎていた。

「なあ、ビールいるか? 冷蔵庫に入ってるから勝手にとってくれ」

ビガロがまたピーター・フランプトンのはなしをはじめた。風呂あがりのビールですっかり気持ちよくなったビガロは饒舌になっていた。

生まれたばかりの次男コールテンのこと。愛車ハーレー・ダビッドソンのこと。10代のころ“入隊”していたバイカー・ギャングのこと。ハワイで再会できるかもしれない、いちどだけ会ったことのあるきれいな黒髪の女性のこと……。

友だちとおしゃべりをしながら、自然にストレスを抜いていくスキルはプロレスラーとしてのひとつの資質、あるいは才能なのかもしれない。

「じゃあ、ビールもらうよ」

いつのまにか、ブレットもすっかりリラックスしていた。ビガロのはなしを聞いているうちに、なんだか元気になってきた。

「あしたの朝、何時だっけ?」

「6時半、ロビーに集合」とビガロが答えた。

「洗面用具をトイレに忘れていっちゃう人が多いので注意」

いちばん年下のショーンがしめくくった。やわらかい沈黙を、なつかしい音楽がやさしく包みこんだ。

翌朝、総勢40人の大家族は、札幌・千歳空港から名古屋経由でグアムへ飛んだ。ビーチ・サンダルは、向こうに着いてから買うつもりらしい。

※文中敬称略

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

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