フランス人がフライパンを熱いうちに絶対洗わない理由

フランス人がフライパンを熱いうちに絶対洗わない理由

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2019/05/15
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20代で渡仏し、20年住んだのちに家族で帰国、現在は日本在住のエッセイスト、吉村葉子さん。2007年に刊行し、文庫だけで37万部を超えたベストセラー『お金がなくても平気なフランス人、お金があっても不安な日本人』からオンラインで初めて記事を紹介する第6回。

結婚は他人同士が一緒になること。わからないことが多いのはもちろんで、それが国を超えるとなおさらだ。吉村さんの友人である日本人女性が、新婚ホヤホヤのフランス人夫と言い争いをしたという。もう理解し合えない、別れるしかないとまで思い詰めるも、その理由を紐解いてみると、そこにはフランス人の「もったいない精神」が根底にあった。

吉村葉子さんの今までの記事はこちらから。

ある日本人女性と フランス人男性の食い違い

日本人のY子とルイは新婚ほやほやの日仏カップル。ところがある土曜の午後、Y子が血相変えて私の家にやってきた。穏やかなはずのルイのほうから、この日に限ってY子に喧嘩をしかけてきたという。

東京でOLをしていたY子は、単調な生活に嫌気がさし一念発起。大学を卒業し、アパレル関係の会社に勤めて10年目にして彼女は、パリ留学を決意した。

パリで生活するようになって一年足らずで、Y子はリセで物理の先生をしているムッシュ・マルタンと出会った。日本人仲間が主催した日仏文化交流のための合コンの場でのことである。パリ生まれ、フェミニストでハンサムなムッシュ・マルタンとY子のフォール・イン・ラブに、そう時間はかからなかった。

相思相愛の二人のはずだけに、ギリシャへの新婚旅行から戻ってすぐの彼らのトラブルに、私はただ唖然。とはいえ流行語になった成田離婚のフランス版、さしずめシャルル・ド・ゴール離婚もあるのかと、実は興味津々。私の顔をみるやY子は、ものすごい剣幕でまくしたてた。

「もう我慢できない、私のすることにルイはいちいち文句いうのだから」

原因は「フライパン」

マルタンは姓で名前はルイ。ムッシュ・マルタンは有名な王様と同じルイという名前なのである。

犬も食わないという夫婦喧嘩の原因を、同じ日本人のよしみで私は聞いた。すると案の定、ことの発端はあまりにも小さな出来事だった。出来事というよりは、彼女のしたことがムッシュ・マルタンの気に障ってしまった。Y子が家を飛び出すほど、なにが優しい彼をそこまで怒らせたのか。

「マルシェから帰ってすぐ、ルイがおなかすいたというから、私たちはデジュネ(昼食)のしたくをはじめたの。ギリシャ旅行ではあまり美味しいものを食べなかったから、お肉屋さんで骨付きのステーキを買ったんです。ルイがサラダの用意をするというから、私はジャガイモの皮をむいてゆでた。サラダを先に食べ、ジャガイモがゆで上がる時間をみはからって私がステーキを焼いたのよ。フライパンにバターを溶かし、焼き過ぎないようにア・ポアンに。

お皿にステーキを移し、フライパンは熱いうちに洗ったほうがいいと思って蛇口をひねったら、ルイが私を怒鳴ったんです。バカ! だって。Mais non(メ・ノン)! といって、フライパンを私からひったくったのよ、信じられます?

冗談じゃないわ。肉を焼いたフライパンは熱いうちに洗っておかないと、油が固まってしまうのを知らないくせに、怒りたいのは私のほうよ」

そういってY子は、憤懣やるかたなしといった風に肩をいからせた。

しなびたレタスも捨てない

そこまで聞いた時点で私は、この勝負はルイが勝ったと、Y子に負けをいいわたした。ムッシュ・マルタンはどうして、怒ったわけを彼女に詳しく説明しなかったのだろうか。食べ物の恨みが怖いのは、洋の東西を問わない。まして相手はグルメでグルマンな、フランス人なのだから。

フランス料理はソースが命。肉を焼いたフライパンにこびりついた焼き焦げが、抜群に美味しいソースに早変わりする。焼けたステーキ肉を取り出した後の熱々フライパンに、飲み残しのワインをジュッと注ぐだけで、ピュアーな肉汁ソースができあがる。それをステーキや、付け合わせの野菜やパスタにかける。肉の旨味が凝縮したソースが残っているフライパンをこともあろうに洗おうとしたのだから、Y子も罪なことをしたものだ。

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美味しいステーキを焼いたフライパンそのものが、ご馳走の材料なのだ Photo by iStock

フライパンに残ったソースの一件で大騒ぎしたら、この先が思いやられる。Y子にむかって私は、知っている限りこの手のフランス的な習慣を挙げてみた。

ステーキだけでなく、鶏肉や魚も、それを焼いたフライパンに残った焼き焦げは、どれも素晴らしいソースにしあがる。また、野菜のゆで汁を捨てない人も多い。ほかの野菜やパスタを、残っている野菜のゆで汁でゆでる。そうすれば野菜やパスタに、ゆで汁に溶けている野菜のエキスが移るというわけだ。食べきらなかったサラダ・ボールに残ったレタスも、まず捨てない。ドレッシングがからまり、クテッとしおれてしまったレタスもまた、それなりに味がしみていて美味しいと彼らはいう。

多くのフランス人は食べ物だけでなく、まずモノを捨てない。お皿を洗うのに、水道の水を流しっぱなしにしていて、お姑さんに叱られた日本女性も多い。一度使ったラップ類やペーパータオルを再利用する人もいるといったら、彼女は目をまるくして驚いた。

しばらくして気分が落ち着いたらしく、彼女はそんなフランス人が大好きだといった。日本人ももっとモノを大切にするべきだと力説し、Y子は嬉々として帰っていった。

残り野菜が次々ご御馳走になる

パリのスーパーの冷蔵コーナーに、プラスチック容器入りサラダ類が売られるようになった。かといって、ほかにめぼしいお惣菜があるわけではない。もともとフランスにはシャルキュトリーと呼ばれる、家庭では作れないハムや腸詰類などの豚肉加工品ばかりをあつかう専門店がある。だが、お袋の味を代表するお惣菜はどこにも売られていない。ついでにいうと、私たちが思い浮かべるお袋の味のことをフランスではキュイジーヌ・グラン・メール。キュイジーヌはクッキング、グラン・メールはおばあちゃんだから、つまりおばあちゃんの味という。

パリにもいくつかの有名デパートがある。各国からの観光客に受けそうな、贈答用のかわいい缶入りのビスケットやフォアグラ、紅茶、缶詰などを売るエピスリーという高級食品コーナーが人気とはいえ、わんさの人で盛り上がるデパ地下のお惣菜コーナーの存在自体がないのである。

それではだれが、プラスチック容器入りのできあいサラダを買うのか。夕方それを買うのは、一人暮らしの、栄養のバランスに敏感な女性たちに限られる。

家に帰れば家族がいる主婦たちは、プラスチック容器入りのサラダには手を出さない。持ち帰ってそのまま食べられるできあいのサラダの値段が、あまりにも高すぎるからだ。フランス人の経済観念からすれば、それだけのお金を出してまで買う価値がないのである。

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家族全員分のサラダをパックで買うより、野菜をそれぞれ買ってオリーブオイルとレモン、塩コショウで味付け。それでぐっと安く美味しい一品になる Photo by iStock

プラスチック容器入りサラダ一つを買う金額で、レタスと数個のトマト、キュウリが買える。それだけの野菜を買えば、なん食分ものサラダができる。残ったクズ野菜が、美味しいポタージュにもなるからだ。

そもそもフランスには、2000年より前まで市販のサラダ・ドレッシングがなかった。最近でこそスーパーの陳列棚のすみにわずかばかり並んでいるが、どれも不評。

泳いでも渡れるドーバー海峡をこえただけで、英仏の食文化はかなりちがい、早い時期からイギリスには既製のドレッシングがあった。パリに住んでいたころ私は、イギリスにいくたびにロンドンの食品売り場で、なん種類ものドレッシングを買ってきては試したものである。残念ながら、美味しい市販のドレッシングにはお目にかからなかった。

キッチンにあるオイルと、ワイン・ヴィネガーに塩と胡椒を入れただけの、素朴なドレッシングのほうがずっと美味しかった。マスタードを加えれば、温野菜、魚や肉にも通用する、抜群に美味しいソースになる。東京に帰ってきてからもわが家の冷蔵庫に、既製のドレッシングが入っていたことはない。

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日本が大好きだから、そしてフランスも大好きだから、そのいい所を思う存分真似したら、もっと幸せになるんじゃない? 底抜けに明るく優しく、かつ鋭い視点をもつ吉村葉子さんが20年間のフランス生活を振り返ってまとめたエッセイ集。考え方ひとつで不幸だと思っていたことも幸せになるし、人生は楽しくなる! その中から厳選したエッセイを特別に今後も限定公開予定。お楽しみに!

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