驚異の12分間回転――「ハンドスピナー」開発にアツくなる企業の正体

驚異の12分間回転――「ハンドスピナー」開発にアツくなる企業の正体

  • ITmedia NEWS
  • 更新日:2017/09/07
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「デザインは悪くないが、回転時間が2分程度では物足りない」――そんな言葉がきっかけで「ハンドスピナー」の開発に“本気”で取り組んでいる企業がある。

12分間以上回転する「サターンスピナー」。日本精工傘下のNSKマイクロプレシジョンが開発した

ハンドスピナーは、指先で挟んで回転させるシンプルな玩具。国内外を問わず人気が爆発している。一般にハンドスピナーの空転時間は長くても6〜8分程度だが、ある企業が開発した「サターンスピナー」は、いったん回すと12分間以上回転する。「他のモデルに負けないものを本気で作ろう」と研究・開発した一品だ。

価格は1万7280円(税込)。他社製品と比べると高額だが、ネット上では販売開始から1分程で完売。再販するたびに「すぐに売り切れた」といい、これまでに約200個を売り上げた。

そんなサターンスピナーの開発元は、日本精工傘下のNSKマイクロプレシジョン(東京都千代田区)。決して大手玩具メーカーではない。機械の回転部分の動きを滑らかにする「ベアリング」(軸受け)を製造している企業だ。

「開発当初は半信半疑だった。なぜ流行っているのかも分からなかった」――同社の石井俊和社長は振り返る。一見すると、玩具とはあまり縁がなさそうなベアリングメーカーが、ハンドスピナーにアツくなるまでの経緯を聞いた。

「作るからには本気で」

NSKマイクロプレシジョンの“本業”は、外径20ミリ以下のベアリングの製造だ。ベアリングは、機械の回転部分の摩擦を減らし、スムーズに回るよう促すパーツ。同社は、PCのHDDのほか、ドローンのプロペラ、コピー機や自動改札機など、回転部分を持つさまざまな機械向けにベアリングを供給している。

そんな同社がハンドスピナーに目を付けたのは、ヨーヨーの元世界チャンピオンである長谷川貴彦さんの言葉がきっかけだ。「ヨーヨー愛好家が多い米国で、ハンドスピナーが流行し始めている」――ヨーヨー向けベアリングを共同開発してきた長谷川さんが石井社長にそう教えたのは、2017年の初めごろだったという。

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NSKマイクロプレシジョンは約2000種類のベアリングを製造している

「聞いたことがない」と半信半疑の石井社長だったが、「こんなにベアリングが注目される機会はない」と長谷川さんが後押しし、開発が始まった。

石井社長は「開発当初は、単純に日本製のベアリングを使えば、よいハンドスピナーが作れると考えていた」と話す。当時、米国などで出回っていたハンドスピナーは、内部のベアリングの表面がでこぼこだったり、寸法の誤差が大きかったりと粗悪なものが見受けられたという。

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初期の試作品

だが石井社長の試作品に対し、長谷川さんは「デザインは悪くないが、回転時間が2分程度では物足りない」とダメ出し。それなら「ベアリングの専門メーカーが作るからには、他社モデルに負けないものを本気で作ろう」と、10分間以上回転するスピナーを目指すことに決めた。

「ハンドスピナーの評価は主観的。回したときの質感、デザインなど、ユーザーによって求めるものは異なる」と石井社長。ベアリングメーカーがハンドスピナーを作るとなると「他社製品と比べて何を売りにできるか」を考え、回転時間の長さを重視することにしたと話す。

「本業を少し邪魔した」

長く回転させるために必要なのは(1)回転のスムーズさに影響する「トルク」を軽くすること、(2)遠心力を大きくすること。同社が製造するベアリングは約2000種類。その中からハンドスピナーの荷重に耐えられるものはどれか、特にトルクが軽いモデルはどれか――など、選定する作業を続けた。遠心力が大きくなるように、ハンドスピナーの中心部分(ベアリングを収納する部分)を軽く、外輪部分を重くするという調整もしなければならなかった。

開発は急を要した。試作品の研究・開発が本格化したのは4月。そのころには、日本でもハンドスピナーが徐々に話題になり始めていたからだ。

石井社長が注目したのは、日本最大級の玩具展示会「東京おもちゃショー2017」(6月1〜4日、東京ビッグサイト)。「各社がハンドスピナーを出展し、注目を集めるはず。その中に入れないか」とにらみ、開発を急いだ。

「(開発部門には)むちゃを言って作ってもらった。本業を少し邪魔した」と石井社長は苦笑いする。普段はベアリングのみを製造する同社。しかし試作段階では、ハンドスピナーの本体、車軸、外輪も、社内の汎用工作機械を使い、一から削り出した。「(設計段階で)これくらいなら改良前よりは何倍は早く回ると予想は付くが、実際に確認してみないと分からないことがある」

大きくデザインを変えること3回。最終的にスピナー中央部に組み込んだベアリングは、外径が9.525ミリ、HDD向けの特殊モデルという。

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サターンスピナーのパーツ

ベアリングは、2層の輪の間に「転動体」(ボール)が複数入った構造をしている。このボールが小さいほど、ボール1個あたりの接地面積が小さくなるため摩擦を軽減でき、トルクが軽くなる――という仕組みだが、その分だけ荷重に弱くなる。通常のベアリングは7個程度のボールが入っているが、完成した特殊モデルはよりトルクを軽くするために13個のボールを搭載した。

遠心力が大きくなるように、スピナー本体の中心部はアルミ素材で軽く、外輪は真ちゅう製で重く仕上げた。内部のベアリングが荷重に耐えられるよう設計したという。

こうしてようやく完成した「試作 ver.3」は、東京おもちゃショーに出展。そこからさらに2カ月かけ、8月上旬の発売にこぎ着けた。「短い期間で試行錯誤を繰り返したので、デザイン担当者は大変だったと思う」

同社のハンドスピナーは1個ずつ手作りだ。石井社長は「量産となると、単純に組み立てに時間がかかる」と話す。出荷前には、実際に12分以上回るかをチェック。回転しなければ、細部を確認して組み立て直すという。

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1個ずつ手作り

「頭のどこかに残ってほしい」

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NSKマイクロプレシジョンの石井俊和社長

「当社は、B2C(Business to Consumer)の事例はほとんどない。その怖さはあった」――石井社長はそう話す。NSKマイクロプレシジョンがベアリングを提供しているのは、主にメーカー企業。「SNSが普及している時代、いい声も悪い声もすぐに拡散する。一人一人の消費者がお客さまだと考えると(普段とは違う)緊張感はあった」

だが、その心配は杞憂に終わった。販売を委託している「スピンギア」(ヨーヨーの長谷川さんのWebサイト)では、発売から約1分で完売。YouTuberのSEIKINさんも動画で取り上げ、再生数は300万回を突破している(8月28日時点)。

「ベアリングメーカーの本気を感じた」――ネットではそんな声もあり、石井社長は感謝しているという。これまでに約200個を売り上げ、品薄状態の同製品だが、「手作りということもあり大量生産ができず、人件費を考えると採算は取れない」と石井社長。売り上げよりはむしろ、ベアリングを広く知ってもらう機会になればと話す。

石井社長は「ベアリングは外からは見えない回転部分に使われている“縁の下の力持ち”なので、注目されることは多くはない」とも。自動車には約150個使われているなど、身近な存在にもかかわらず「触れる機会は少ない」。ハンドスピナーをきっかけに「どんなメーカーがベアリングを製造しているか」と認知度が向上し、ゆくゆくはシェアの拡大、人材確保につながることを期待している。

「YouTubeを見ている子どもたちは十中八九、ベアリングのことを知らなかったと思う。頭のどこかに残ってほしい」(石井社長)

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