金正日も三代世襲に否定的だった。ではなぜ...

金正日も三代世襲に否定的だった。ではなぜ...

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  • 更新日:2017/11/30

なぜ、北朝鮮は日本に対して、威嚇行動をとり続けているのか? そもそも北朝鮮はなぜ、この様な国家になったのか? 中ロ情勢に精通する歴史家、田中健之氏が「周辺」から北朝鮮の本質を考察していく。新刊『北朝鮮の終幕』より10回にわたってお届けしたい。〈シリーズ!脱中国を図る北朝鮮④〉【前回記事:中国は「金正男擁立計画」を進めていた!

中国派の粛清によって確立した金正恩体制

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健康状態を害していた最晩年(2011年5月)に撮影された金正日

中国派である叔父の張成沢と異母兄の金正男氏を、相次いで粛清した金正恩
は、政権の座に就いて六年目にして、ようやく権力を継承しました。

ここで簡単に金正恩の権力継承の推移を振り返ってみることにしましょう。

2011(平成23)年12月17日、金正日が逝去しました。

それを受けて同月19日、朝鮮中央放送は金正日の訃報を宣告、この中で金
正恩の事を「卓越した領導者」と呼称しました。

また、12月24日付の朝鮮労働党の機関紙『労働新聞』は、「最高司令官」「将軍」と金正恩を呼称しています。この日はちょうど、金正日が朝鮮人
民軍最高司令官に就任した記念日でした。

これを受けて、翌日の朝鮮中央通信は金正恩のことを、「革命武力の最高指
導者」、または、「不世出の先軍統帥者」とも呼称し、彼が父親の金正日の政
治的後継者であるという事を内外に示したのです。

同年12月29日に平壌で挙行された、金正日の中央追悼大会の席上、朝鮮労働党の序列第二位で、対外的には元首の役割を果している金永南最高人民会議常任委員長は、追悼の辞の中で、「権力の継承問題は完全に解決した」と述べ、「党・軍・人民の最高指導者」だとして金正恩のことを呼称し、その権力継承を公式に宣言しました。

それを受けて、翌日に開催された朝鮮労働党中央委員会政治局会議の席上において、金正恩が亡父金正日の後任として、朝鮮人民軍最高司令官に推戴され同職に就任しました。

続いて、2012(平成24)年4月11日に開催された、第4回朝鮮労働党代表者大会において金正恩は、最高職として新たに設置された第一書記に推戴されて就任し、併せて政治局常務委員、中央軍事委員会委員長にも就任しています。また同月13日に開かれた、第12期最高人民会議第5回会議の席上で金正恩は、国防委員会第一委員長の座にも就きました。

本来、金正恩は、金正日の逝去によって空席となっていた総書記と国防委員長を継承するはずであったのですが、同氏は、「それらの席は、金正日氏が永久に就任すべく地位だ」として、それらのポストに就任しなかったため、新たに設けられた最高職に就任したのです。

三代世襲を「物笑いの対象」

このようにして金正恩は、正式に党・国家・軍の三権を握る最高指導者にな
りました。

同年7月17日、党中央委員会などの決定によって金正恩は、朝鮮民主主義
人民共和国元帥の称号を授与されました。

その一方で金正男氏は当時、父親の金正日氏の後継問題について『東京新聞』の五味洋治記者の取材に対して、三代世襲を「物笑いの対象」とまで批判しています。

その上で同氏は、世襲は「社会主義理念にも符号しない」として、「世襲のため、北朝鮮は国力が落ちてしまうとの懸念がある」と断言しています。もっとも金正日自身も、三代世襲には最も否定的で、「息子には権力を継がせない」と繰り返し述べていたと言います。

それにも関わらず、三男の金正恩が権力を継承したのは、北朝鮮の特徴的な内部的な要因があったと、金正男氏は述べています。

(『北朝鮮の終幕』より構成)

〈シリーズ!脱中国を図る北朝鮮⑤は2日後に配信します。〉

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