日本郵政が「正社員待遇引き下げ」というパンドラの箱を開けた事情

日本郵政が「正社員待遇引き下げ」というパンドラの箱を開けた事情

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2018/05/16
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日本郵政グループが、非正規社員の待遇を向上させるため、正社員の待遇を引き下げるという、前段未聞の決断を行った。これまで正社員の待遇は一種の聖域とされてきたが、とうとうパンドラの箱が開いてしまった。

この話は決して日本郵政特有のものではなく、日本の企業社会そのものに由来している。企業の基本構造が変わらない限り、非正規社員の待遇を改善する代わりに、正社員の待遇を引き下げる動きは拡大していくだろう。

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前代未聞の決断

日本郵政グループは今年4月、約5000人の正社員が受け取っている住宅手当を段階的に廃止するとともに、非正規社員に対して、これまで認められていなかった一部手当を支給する方針を打ち出した。

従来の企業社会では、正社員と非正規社員の間には、身分格差といわれるほどの待遇差があり、これを是正するため、同一労働、同一賃金に関する議論が行われてきた。

だがこの議論は、基本的に非正規社員の待遇向上が大前提となっており、正社員の方の待遇を引き下げるという概念は存在していなかった。その意味で今回の決断は、一種のコペルニクス的転回といってよいだろう。

今回の決定が、春闘の労使交渉の延長線上にあるという点も非常に興味深い。

当初、組合側は非正規社員の待遇向上を要求していた。だが、会社側は非正規社員の待遇向上を受け入れる代わりに正社員の待遇引き下げを提案。組合側もこれを了承した。正社員の待遇維持に必死になっていた従来の労働組合では考えられない決断であり、会社が直面する現実について組合側も認識していることが分かる。

もっとも今回の決断には、日本郵便の契約社員が正社員との待遇格差是正を求めて起こした訴訟が大きく関係している。一審判決では原告側が一部勝訴しており、日本郵政グループには対応を急がざるを得ないという切迫した事情があった。

だが、非正規社員の待遇を改善し、その代わりに正社員の待遇を引き下げるという動きは、決して一過性のものではない。これは日本の企業社会が持つ基本的な構造に由来するものであり、今後、この動きは徐々に各社にひろがっていく可能性が高い。

では、なぜ日本企業は、今後、正社員の待遇を引き下げなければならないのだろうか。

企業が重視するのは総人件費

多くのサラリーマンは自分が受け取る給料の額しか見ていないが、企業の経営者や人事部門は全く異なる視点を持っている。それは企業の総人件費という概念である。

企業は事業で得た付加価値(会計的には売上総利益)の中から、人件費や広告宣伝費などを捻出し、残りを利益として計上する。人件費や広告宣伝費は「販売及び一般管理費(いわゆる販管費)」という費目になっているが、販管費に占める人件費の割合は高く、日本全体では約5割となっている。

企業の経営者は、社員の年収がいくらなのかについてはあまり関心を示さない。重要なのは総人件費と、これが販管費に占める割合である。

過去5年間で日本企業全体の総人件費は3.2%増加したが、同じ期間で従業員の平均給与はほとんど変わっていない。つまり、従業員単体で見れば、ほとんど昇給が行われていないものの、従業員の数は増えており、企業が負担する総人件費は増大していることになる。

日本企業が従業員の数を増やしているのは、国内独特の雇用慣行が大きく影響している。

日本では原則として従業員の解雇はできない。だが事業環境の変化は以前より早くなっており、各企業は業態転換に追われている。諸外国の企業であれば、不要となった部門を閉鎖し、当該部門の従業員を解雇する代わりに、新しいスキルを持った社員を新規に雇用するだろう。

日本企業はそれができないため、既存社員の配置転換で業態転換に対応せざるを得ない。だが新事業のノウハウは社内に存在しないことが多いので、ある程度は外部から社員を雇わざるを得ない。

新規事業を実施するたびに社員の数が増えていくので、総人件費も同時に増えていく。企業は何らかの形で社員の待遇を引き下げなければ、コストの増加をカバーできない仕組みになっているのだ。

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非正規にシワ寄せするのはもう限界

これまでは、下請けに対して値引きを強要したり、コストの安い非正規社員への切り替えを進めることで何とか人件費の増大をカバーしてきた。だがこうしたやり方もそろそろ限界に達しつつある。この状態に追い打ちをかけたのが、空前の人手不足によるパートやアルバイトの賃金上昇である。

企業の現場では、アルバイトやパートなど多数の非正規社員が業務を回しており、彼等抜きでは、日常的なオペレーションもままならない状況となっている。

アルバイトやパートの賃金は、正社員とは異なり市場メカニズムで決定されるので、企業が恣意的にコントロールすることはできない。このところ大都市圏のアルバイト、パートの時給が大きく上昇しており、企業の利益を圧迫している。

人手不足が今後も継続することはほぼ確実であり、もはや正社員の待遇を引き下げるしか利益拡大の余地がなくなっているのだ。

では、企業には利益を多少犠牲にしてでも、正社員、非正規社員ともに待遇を向上させるという選択肢はないのだろうか。

先ほど、企業の総人件費は増大していると述べたが、一方で、企業が計上する利益はそれを上回るペースで増加している。過去5年間で日本企業が稼ぎ出した当期純利益は約2倍に増えており、この利益を正社員の待遇改善に回すことは理論的には不可能ではない。

もうひとつの大きな課題

だが日本の市場環境はこれを許さない状況となっている。安倍政権はコーポレートガバナンス改革を推進しており、企業に対して、より多くの利益を株主に還元するよう求めている。

コーポレートガバナンス改革には、株主を軽視してきた日本の資本市場を諸外国並みに改革しようという目的があるのだが、実はそれ以上に大きな理由がある。

それは公的年金の維持である。

日本の公的年金は、高齢者に給付する年金の額が、現役世代から徴収する保険料収入を大きく上回っており、慢性的な赤字となっている。安倍政権が公的年金の運用を安全第一の国債中心から、株式を中心としたリスク運用に切り替えたのは、積立金の運用益で年金財政の赤字を補填するためでもある。

すでに日本の上場企業における筆頭株主は、公的年金か日銀という状況になっており、企業に利益を還元するよう強く求めているのは、いわゆる資本家ではなく、公的年金を通じた私たち自身なのである。

つまり、企業が利益を減らしてしまうと、株主(公的年金)への配当が減って年金が危なくなり、企業が利益を重視すれば、従業員の待遇を下げなければならないという、完全な板挟み状態となっている。

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もし日本で解雇規制を撤廃し、ドイツのように企業が自由に解雇できるようにすれば、正社員の数が減る代わりに、賃金も大幅にアップするだろう(ドイツは解雇が自由な代わりに、失業者への支援が手厚い)。

だが現時点において日本社会がこうした決断を行う可能性はゼロに近く、このまま現状が維持されるのであれば、正社員の待遇を引き下げるしか対処する方法はない。

個人に残された選択肢としては、副業による収入アップということになるだろう。だが副業の世界は完全な自由競争であり、どれだけ稼げるのかは、人によってかなりの差がある。

終身雇用という形で市場メカニズムから逃れることができても、結局は副業で市場メカニズムにさらされてしまう可能性が高い。

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