石原さとみは、日本の女子の生きづらさを映す「鏡」である

石原さとみは、日本の女子の生きづらさを映す「鏡」である

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2018/08/08
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現在、日本テレビの『高嶺の花』に出演している石原さとみ。石原と言えば、多くの男性から「理想の女性」と評され、女性からも「憧れの存在」とみなされる日本を代表する女優だ。

振り返れば、これまで石原は、看護師、刑事、医師といった様々な職業、そして、ドジっ子、奔放な妹キャラ、誰をも魅了する女などなど、いろいろなキャラクターを演じてきた。

本稿では、石原が演じてきた役柄を振り返る。なぜか。石原がドラマのなかで演じたキャラクターや、職場での立ち位置、上司や同僚からの扱われ方の変化は、日本社会における「女性の立場」の変遷に、ピッタリと寄り添っているように私の目には映るからだ。いわば、彼女の役柄は、日本の女子の「鏡」となっている。

大きなことを言ってしまえば、石原の役柄の変化を詳しく見ることで、日本社会における女性像の変化をたどることができるのだ。

石原さとみは、第三形態まで変化する

石原の役は「第一形態」、「第二形態」、「第三形態」に分けられる。簡単にまとめておけば、第一形態は、「明るく健気で、まわりから愛される女の子」、第二形態は「仕事も女性としての魅力も備えたパーフェクトウーマンであることを求められる存在」、第三形態は、「性別に関わりなく能力を最大限発揮し、間違ったことを言われたとき、自尊心を傷つけられたときに反論できる女性」という具合だ。

第一形態から順に見ていこう。

石原が連ドラで初めて社会人を演じたのが、2006年の『Ns'あおい』である。石原演じるヒロイン・美空あおいは、もともとは総合病院の救命救急センターの看護師だったが、ある事件をキッカケに、「再就職処分所」と言われる、いわくつきの病院に異動を命じられてしまう。

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基本的にあおいは、正確に仕事をこなす優秀なキャラクターだ。しかし、作中では、健気、元気、まっすぐ、明るい、という性質がより強調して描かれる。当初は意地悪に見えた先輩ナースが、あおいの明るく健気で正義感に満ちた姿にふれて、態度をあらためるというシーンもある。

しかし、第一形態の頃の特徴として、「男性との関係」においては、こうした健気さや明るさが都合よく利用されてしまうことが多い。どういうことか。

病院の男性医師たちは、当たり前のようにあおいにコーヒーを淹れることを頼み、また別の医師はあいさつがわりにお尻をさわり、レントゲン技師は「肌綺麗だな、内臓も綺麗だろう」と言うなど、ごく自然に、現在であれば「一発アウト」な言動をとる。また患者たちは、「看護師さんは心の手当てもしてくれる優しい女性じゃないと」と、当然のように彼女に感情労働を求める。

もちろん、これらが批判的に表現されているのならいいが、そうではない。あおいは、一瞬怒ったり不満を口にしたりするものの、空気が険悪にならない程度の、ギリギリのラインを保った反応をする。男性に都合のいい、女性の「スルー力」が求められていた時代性がうかがえる。

言い換えれば、「明るく健気」という長所は、ハラスメントに対しても発揮されて当然だという雰囲気がある。女の子は細かいことに目くじらを立てるものではない、職場の空気をそんなことで乱すべきではないという時代だったのだ。

本作は、法を犯してでも人命を救うべきか否かといったテーマを取り扱っていて見どころの多い作品だったが、ジェンダー観に関しては、12年前の感覚をそのまま切り取っている作品であった。

可愛い女は、女に嫌われるという構図

第一形態を象徴する2作目は、2007年の『花嫁とパパ』。同作で石原は、アパレルメーカーの新人OL・宇崎愛子を演じた。

愛子の父親(時任三郎)は過保護で、社会人だというのに門限は7時。会社にまで顔を出すため、愛子は息苦しい環境にいる。そんな環境を抜け出すには、結婚しかないと、同期入社の男性社員(田口淳之介)と交際をスタートさせ、父親とのすったもんだが始まる。

愛子の性格は、前述のあおいとあまり変わらない。とにかく素直でポジティブ、健気な点が強調される。ただ、彼女はあおいとは違って極度のドジっ子だ。上司にお茶をかけてしまうという古典的なシーンもある。

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愛子は、そのポジティブさとドジっ子ぶりゆえ、女性からは嫉妬され、嫌われる。「女性が狭いコミュニティにいると仲が悪くなる」という、男性目線のステレオタイプな構図だ。

さらに、同僚女性たちから嫌われている愛子を可哀相に思った同期入社の彼氏や男性上司が、愛子を守るという展開も気になる。愛子は「男性に救済されるもの」という位置を与えられているわけだ。愛らしい女性は、同性からは多少嫌われはするが、その分、男性からは愛されるという図式が最初からできあがっている。

さて、こうして見てくると、第一形態の頃の作品には共通する視点がありそうだ。それは、「女性にとって仕事ができるかどうかは重要ではない。健気で前向きで、周囲(特に男性)から可愛がられ、和を乱さないことこそが正義」というものではないか。

あおいも愛子も、仕事での能力が注目されることはない。むしろ女性の価値は、「愛されること」「人間関係の潤滑油たること」であり、それは自然にあふれ出るものだという構図が見え隠れしている。

奇しくも2007年前後といえば、エビちゃんブームが終わるか終わらないかの時期。社会を席巻した「愛されOL」というワードが、ドラマのキャラクターにも体現されていたのである。

しかし、第二形態期に入ると状況が変わってくる。

戦略的な「女子力」が求められる第二形態期

2008年の『パズル』という作品から、石原の役は第二形態に入る。

同作で石原が演じるのは、この道10年のベテラン教師・鮎川美沙子。過去、指導した学校では英語の成績が飛躍的に伸びたという実績を持つ有能な人物だ。周囲の人々からは、清楚でおしとやかとみられているが、授業が始まると一変、ドスのきいた声で生徒を脅すという顔も持つ。

第二形態期の石原の役柄は、基本的にキャリアアップしていて、いわゆる「腰掛OL」のようなものではなくなっている(例外もあるが)。2009年の『VOICE[ヴォイス]〜命なき者の声〜』では法医学ゼミに所属する医学生であるし、2010年の『逃亡弁護士 成田誠』では雑誌編集者を演じる。

しかし、石原演じる女性たちが、仕事ができる「だけ」ではないのがポイントだ。

たとえば、『パズル』の美沙子は、一見清楚な見た目だが、実はがめつく傲慢だ。しかし、男性社会で円滑に仕事を進め、問題解決を容易にするため、普段は「可愛い女子」に擬態する。愛らしい声を出し、男性を立て、そして人間関係を円滑にする「女子力」を戦略的に発揮するのだ。

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健気で明るく、常に「天然」で行動していた第一形態と違い、第二形態の石原は、男性を凌駕しないよう意識的に振る舞う。その擬態は視聴者にもわかるようになっている。能力が高いだけではダメ。職場の男性をあるときには欺き、またあるときには精神的なケアにまで気を回さなければならないのである。

言い換えれば、石原の演じる女性たちは、社会進出し、能力を手に入れたはいいものの、第一形態の時代の「女性として愛されなければならない」「周囲の空気を乱してはいけない」という価値観に縛られている。

仕事はできなければならないが、それに加えて、女性としての愛らしさや魅力で職場の潤滑油的役割も期待されるという「パーフェクト」な女性が求められていたのだ(後編で指摘する通り、第三形態の石原の役には、こうした側面が極めて薄い)。

ちなみに、「女子力」という言葉が流行語大賞にノミネートされたのは、このドラマが放送された1年後、2009年のことだった。

仕事も、恋愛も、結婚も、家庭も

第二形態における「パーフェクトを求められてしまう」という特徴は、家庭や結婚にもつきまとう。

2011年の『ブル・ドクター』は、江角マキコ演じる法医学者と、彼女とともに死亡事件の真実を追う警部・釜津田知佳(石原)を中心とした、いわゆるバディものである。

作中の石原は、仕事に対して意欲もあり、いずれは所轄から捜査一課に戻りたいと考えている、いわゆるキャリアだ。

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しかし彼女は、そうした仕事上での達成だけでは満足できない。まだ結婚をしていないことに強いコンプレックスを抱いているのだ。年上で、ブルドーザーのような猪突猛進の性格の相棒(江角)に夫と子供がいるということに、ショックを受けるシーンが描かれる。

結婚をしたいという焦りに付け込まれて、法医学者の恋人(稲垣吾郎)から、都合の良い女として扱われ、破局の危機も訪れる展開もあるが、二人は最終的に元のさやに納まる可能性を見せる。

2018年のドラマであれば、男性に都合よく扱われたら、それを乗り越えて関係を続けるよりも、関係性そのものを終わらせそうな気がする。しかし2011年の本作では、石原演じる知佳は、仕事も女同士の絆も恋も、何一つ欠けることなく最終話を迎える。

仕事ができても、「女性としての基盤(愛されたり、家庭を持ったりすること)」がなければ失格だ――そんなプレッシャーを感じているヒロインに、この時代の女性像を見る思いだ。

ちょうどこの頃、30代の既婚女性のための雑誌『VERY』が、専業主婦からワーキングマザーにターゲットを広げ、それによって新たに注目を集め始めていた。同誌は、「妻であり母であり女である」と、三方向での役割を持っている女性を取り上げることをアイデンティティとし、「基盤のある女性は、強く、優しく、美しい」というキャッチコピーを掲げている。

仕事をして、その上さらに「女性としての基盤」があるということこそが価値であるということだろう。

仕事上の能力+母親のようなケア

続いて、2012年の『リッチマン、プアウーマン』。石原は、東京大学理学部を卒業するも、なかなか内定がもらえず、ひょんなきっかけからIT企業で働くことになるシンデレラウーマン・夏井真琴を演じた。

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注目すべきは、真琴は能力があるにもかかわらず、変わり者のIT社長(小栗旬)の補佐的な役割に甘んじてしまう点だ。ある大きなプロジェクトのキーパーソンである女性事務次官と変わり者IT社長との間を取り持つ潤滑油のような役割で認められ(それ自体は責任のある仕事ではあるが)、IT社長のメンタル面を母親のように支えるという役割も大きい。

やはり、仕事ができる上に、母親的な心理ケアや気遣いをできる「完璧さ」を求められてしまっているのである。

2009年、雑誌『OZplus』が「35歳までに身につけたい女子力」という特集を組み、それ以降、同誌は「女子力」をコンスタントに特集していく。第一弾となる記事には、〈これから紹介する仕事力、結婚力、お金力、出産力、暮らす力の5つの女子力を身につければ、きっと、華やかで明るい、35歳の私を描けるはずです!〉とある。

2009年の「女子力」ブーム以降の数年間は、仕事で高い能力を発揮し、その上で、これまで「女性がやって当たり前」と考えられてきたケア的な役割も忘れてはいけないという圧力が存在していたのだろう。しかし、そのプレッシャーで、女性たちの焦燥、不安、イライラはパンパンに膨れ上がっていたのではないか。

後編では、そんな爆発寸前の女性たちの気持ちを描いた『失恋ショコラティエ』、そして第三形態というべき『アンナチュラル』、そして現在放送中の『高嶺の花』に至る過程を見ていく。

後編へ続く)

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